86:もうひとりの獣人

 その頃、セレスティアは仕事で王都に来ていた。書類を提出する仕事だったので、飛竜のカイエルには乗ってきてはおらず、乗馬で来ていた。


 (よし、書類は役所に提出したし、あとは支部に帰るだけだけど…せっかくここまで来たから何か買ってお土産にでもしようかな?)そんなことを思いながら、買うならお菓子がいいだろうと、セレスティアは店を物色していたが、ふと騒がしい声がちょうどセレスティアの位置からは死角になっている路地から聞こえた。何事かと思い、セレスティアはそちらに向かった。


 「すみません!すみません!わざとじゃないんです!許してください。」


 「あぁ?ねぇちゃん、謝ってすむくらいなら憲兵なんざいらないんだぜ?」

 

 「あぁ、いってぇ、腕が骨折しちまったかなー」


 路地に入ると、後姿からでもわかる如何にも柄の悪い男3人組が一人の小柄な女性に絡んでいた。


 「ほら、こいつもこう言ってる、どうしてくれるんだ、あぁ?」


 「そ、そんな・・・ど、どうしたら・・・」


 女性はフードを被っていて、よく顔は見えなかったが、眼鏡をしているのはわかった。


 「ん?よく見たら、あんた可愛い顔してるな?金じゃなくてもあんたが付き合ってくれたら、「何をやっている?」!」


 すかさず、セレスティアは小柄な女性を庇うように背にし、男達との間に割って入った。


 「なんだぁ、この女(あま)邪魔すんじゃ・・げ!その制服は!」

 

 男はセレスティアの声はもろに女性だったことから、女であることは瞬時にわかったが、セレスティアの着ている黒の軍服を見て竜騎士であることもわかったのだ。


 「お、おい不味いぞ!竜騎士だ。」

 「しかも今噂になっている、女竜騎士じゃねぇか!まさかこんな街中でいるとは・・・」

 「う、び、美人だ!」


 男たちは、セレスティアが現れたことによって、自分達の立場が一気に形勢不利になったことを悟った。そして小柄な女性がてっきりセレスティアに助けを求めると思ったが、


 「違うんです!」

 

 「え?」


 「わ、私が悪いんです。私がボーっとしてたから、うっかりこの人にぶつかっちゃって・・・それで骨折させたみたいなんです!だから私が悪いんです!どうしようまさかそんな大怪我をさせてしまうなんて!!」


 女性はそういうと、眼鏡の奥の大きな瞳に涙をいっぱいに溜めてそれはハラハラと零れていった。


 「ご、ごめんなさい!本当にごめんなさい!」


 小柄な女性の反応は男たちが思っていたソレとは全く違った。小柄な女性は自分がぶつかって、男の腕が折れたと本当に思い込んでいるようで、心底謝罪をしていたのだ。だが、当のぶつけられたという男はどうみてもいかついガタイでぶつかった女性の2倍はあろう屈強な体格の男だ。逆ならわかるが、どう見ても小柄な女性がぶつかったくらいで骨折したとは思えなかったし、実際痛がっていた様子も白々しい物であった。しかし小柄な女性は男の嘘を信じてしまっているようで、セレスティアは怪訝な目を男たちに向け、


 「・・・ふーん骨折ねぇ。」


 「えーと・・・その・・・」   


 男たちは、自分達の嘘がセレスティアにはバレているのは、明白であったことから、目が泳ぎ冷や汗が止まらなかった。

 

 「ご婦人の話はよくわかった。では貴公の骨折したという腕を見せてもらおうか?」


 セレスティアは無表情で、男たちに折れたと主張している腕を差し出せと言った。


 「い、いや気のせいだったようで・・・」


 「気のせい?あれだけ絡んでいたのにか?」


 セレスティアはジロリと睨んだ。セレスティアはクールな美人系なだけあって迫力があった。

 

 「く、くっそう!竜騎士がなんだ!たかが女一人!!」「あ、ば、バカ!やめっ!」


 仲間の一人がやけくそになってセレスティアに殴りかかった。だが、あっけなくセレスティアに避けられてしまい、当たらなかった拳は空を切り、その瞬間セレスティアの手刀が男の後ろ首に当てられた。


 「がっ・・・はっ!」


 男は殴った勢いのままの体制でそのまま地面に倒れてしまった。


 「う、わぁああああ!!」「ばか、だから止めろって!」


 残った二人の内もう一人も剣を抜いて、セレスティアに襲い掛かってきた。だが、セレスティアにしてみれば、チンピラの剣技など、彼女の敵ではなかったのだ。下ろしてきた剣先を避けた瞬間に、男の剣を持っている柄の手に今度は拳を振り下ろした。男は痛さのあまり剣を手放し前のめりになったところを、セレスティアの足は男の頭上にあり、それはそのまま男の頭に振り下ろされた。


 「あがっ!!」


 剣を抜いた男もあっけなく地面に横たわった。


 「貴公はどうする?」


 セレスティアは残った男に振り向いて問うたが、先程から止めていた男だったので、とっくに戦意喪失しているのはわかっていた。


 「す、すみません~もうしませんから!許してください!」


 残った男は地面に額をこするつける勢いで、謝っていた。


 騒ぎを聞きつけ、憲兵がやってきた。誰かが通報してくれたようだ。その後は、セレスティアも憲兵に事情を話し、あとは憲兵の管轄であることからお任せした。


 「あ、あのありがとうございました!」


 絡まれていた小柄な女性が、セレスティアにお礼を言いに来た。


 「この辺りは本来は比較的治安はいい方なんですが、たまにああいう輩もいますので、出来れば、人通りの少ない道ではなく、大通りを使うようにしてくださいね。」


 セレスティアはやんわりとこれからのことを注意した。


 「あ、あの、お、お名前を教えていただけませんか?」


 「え?」


 「あ~ごめんなさい!自分が名乗っていないのに、失礼でしたね!私はエメリーネ・オルタと言います。実は、」


 エメリーネは被っていたフードを脱ぐった。そこには、


 「私はシェスティラン共和国から来た、獣人の兎族になります。」

 

 頭から、赤茶色の毛の長い特徴のある耳が生えていた。

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