13:竜の御目通り~後編~

 『グゥルルルルルルルル!!!』


 黒い飛竜のその唸りだけで、何が原因かはわからないが怒っているというのは誰が聞いても把握できた。他の飛竜たちは、黒い飛竜の怒りを買わないようにか、邪魔にならないように『竜の祭壇』の隅の方にいた。飛んで逃げていっても不思議はなかったのだが、その場には留まろうとしているようだった。ユージィンは指示をだした。


 「候補者たちをただちに中に避難させろ!」


 「はっ!!!」


 「念のため、臨戦態勢をとっておいてくれ。僕はイールで出る。」


 「だ、団長お一人では危なくありませんか?私もご一緒しますが。」


 ライモンドも竜騎士だ。ユージィンと同じく、飛竜を待機させていた。


 「いや、とりあえず僕とイールで抑えておく。ただ余波は行くと思うから、監視員らはそれらに備えておくように、伝達してくれ。あと、ライモンドには別の事を頼みたい。恐らく近くに僕の姪っ子は来ているはずだから、君は迎えに行ってくれ。」


 「セレスティア・ローエングリンですか?」


 なぜ、こんな時に遅刻をしている候補者を?とライモンドは一瞬怪訝には思ったが、上官であるユージィンは今まで意味のないことはしないことを知っているので、きっと何か考えがあるのだろうと直ぐに思い至った。


 「なるべく早くにね。」


 「わかりました。」

 

  ライモンドは掛けていた眼鏡の位置を直し、飛竜に乗ってセレスティアを探しにいった。ユージィンは、黒い大柄な飛竜に目を向けた。その金色の目は怒りに満ちていた。


 「イールの懸念していた通りになったな。まぁ、リカバリーできる内容だし、ある意味膿みを出すには調度いい機会だから問題はない。」


 黒い竜は、お目当てのモノがないことがわかった。わかった途端に怒りが込み上げてきた。


 『グゥアアアアアアア!!!!』


 ものすごい咆哮が響き渡った。怒った黒い竜はまずは自身の長い尻尾で、『竜の祭壇』の観客席をなぎ倒し破壊した。一瞬にして観客先の大部分が使い物にならなくなってしまった。ユージィンは前代未聞の『竜の御目通り』となってしまったな、とは思ったが深刻には捉えていなかった。イールに跨り、


 「あーさらに怒ってるねぇ。取り合えず、『竜の祭壇』以外に被害が出ないようにしようか。時間稼ぎをしないとね。さてと、イール行こうか。」


 『キュルル!』


 イールは心得た!ばりに返事をした。






 その頃、セレスティアは、


 「不味いわ!!早く急がなくっちゃ!!」


 セレスティアは、自ら馬車の御者をして、今まさしく『竜の祭壇』に急いでいた。


  少し時間を遡ると、_____

  

 途中道が違うことに気付いたセレスティアは、まさか意図的にされていたとは微塵にも思っていなかったらしく、


 「御者さん、戻ってください!道が間違っていますよ!」


と、馬車の小窓から御者にお願いしたのだが、実は金を積まれている御者は、素直にいう事を聞く訳もなく


 「大丈夫ですよ、あっしに任せてください!」


と、いけしゃあしゃあと、そ知らぬふりでまだ本来の道筋から離れようとしていた。


 セレスティアは、何度か竜の祭壇へは行ったことがあったので、さすがにこの辺りの道順が違うことに気付いていた。それに妙な胸騒ぎもあった。


(ダメだわ、きっとこの人勘違いしちゃってるね。だけどこれ以上遅れるわけにはいかないし、こうなったら!!)


 セレスティアは、強硬手段にでた。


 「ごめんなさい。」


 「へっ?」


 セレスティアは、馬車から身体を乗り出して、身軽に御者のところまで行くと、御者の後ろ首に手刀をかました。その一撃に御者は「かはっ」とそのまま気絶してしまった。


 そして素早く手綱を取り、そのまま御者の横に座りなおして、自ら馬車を操縦し始めた。


(早く早く!こんなことで失格になんてなったら、悔やんでも悔やみきれない!急がないと!)


 セレスティアは、必死で試験会場の『竜の祭壇』まで急いでいた。



  




 この黒い飛竜はある人物を見ていた。


 「グゥルルルルルル!!!」


 「ひっ!」


 (見られている!この飛竜は俺を見ている!!)黒い飛竜は一瞬だけ飛び立ち、ある人物の前に躍り出た。


「あれれ?引き付けようとしたのに、全然こっちの挑発に乗らないね?うーん思った以上に賢いんだな。ちょっと不味いな・・・」


 ユージィンは自身を囮にしようとしたのだが、黒い飛竜は挑発には乗らなかった。それどころか、ある特定の人物に目を付けているようだった。


「グゥアアアアアアア!!!!」


 咆哮したかと思うと、憎悪のこもった目で、その人物に対してまるで「お前だな!!」と言わんばかりの眼差しを向け、その人物に襲いかかった。


「ひぃいいいいいいい!!!」

 

 狙われた人物は恐怖のあまり動けず、そして黒い飛竜の大きな口で噛みつかれそうになったその瞬間、


 「ダメよ!!!」


 その声に合わせて、黒い竜はピタリと動きを止めた。


 そこには、遅れることやっと到着したセレスティアの姿があった。


 「ダメよ、貴方はそんなことはしてはいけない。お願い大人しくなって。」


 セレスティアは、黒い飛竜にそう呼びかけ、更に近づいていった。


 すると、さっきの咆哮が嘘のように、スンとその黒竜は大人しくなった。セレスティアが近づいていくと、ライモンドは慌てて、


 「いけない!興奮している飛竜に近づくのは!」


 「ライモンド、大丈夫だ。」


 しかしユージィンがそれを制した。


 黒い飛竜はゆっくりとセレスティアに向かい合い、首を下げ、セレスティアの匂いをスンスンと嗅いでいた。自分の声で大人しくなった飛竜に、そして何ともいえない温かい感覚が心の奥から湧き出ているのを、この黒い飛竜を見た時から感じていた。それは自分だけではなく、この飛竜も同じように感じてくれていると、セレスティアには確信があった。


 「ま、まさか・・・」


 ライモンドやその他の候補者、監視役達も驚きの目でその様子を見ていた。


 「いい子ね。貴方は・・・きっと私に会いに来てくれたのよね?なのに私いなかったから腹が立って暴れちゃったんでしょう?」


 『ギャウ!ギャウ!』


 先ほどの怒りに満ちた咆哮ではなく、明らかに甘えてるような、そんな鳴き声だった。


 「ごめんね、遅れてしまって。私はセレスティア・ローエングリンよ。よろしくね。」


 そうしてセレスティアは、黒い飛竜を頬を撫でてやった。


 『ギュ~』


 先ほどまで大暴れしていた飛竜は、彼女の一声で大人しくなり、先ほどとは打って変わって従順な姿勢を見せていた。首を下げて彼女に撫でられているその姿はなんとも神々しい光景であった。


 「まさか、こんな瞬間に立ち会えるなんて・・・」


 ライモンドは信じられないといったばりに、その光景に目を離せなかった。しかしそれは他の者も同様であった。


 「ふふ、なかなか刺激的な『竜の御目通り』だったね。」


 ユージィンの言葉から、取り合えず一段落したことは、その場にいた者が全員理解していた。そしてこの瞬間、王国初の女竜騎士が誕生したのだ。

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