3.

サトルは浮かれていた。光の射すレールを行く高校生は浮かれているものなのだ。

「じゃあね」

学校帰り、二人の行く道が分かれるところでいつも控えめに手を振り、それぞれの帰路につく。

サトルはちらちらと振り替えるが、ミサの方はちらり、くらいだ。浮かれ具合の差であろうか。

今日もくるりと首をひねったサトルの目に入ったのは、猛スピードでミサに近づくバイクとスマホを出そうとカバンを開けているミサの姿であった。


「ミサっ!!」


思わず名前を呼んでしまった。反射的にミサはサトルの方に顔を向けてしまった。

「うしろっ!」

必死の形相でミサに駆け寄るサトル。バイクに気がつき身を縮めるミサ。





光の射すレールに終わりがあるなど、サトルは想像したことがなかった。

今の自分はどこにいるのだろうか? 光の射さない方のレールか? それともトンネル? いや、崖にでも落ちたか? 

あの瞬間の光景はうまく思い出せない。


病室のベッドに横たわるミサはただ眠っているだけのようだった。外傷はかすり傷程度。ただ、転んだときに頭を打ってしまったのだという。


「ミサ。 

 何の夢見てるんだ?

 学校でみんな待ってるぞ。

 明日は寝坊すんなよ」






ミサの病室に通って1週間が経ったが、状況は何も変わらなかった。

「おはよう」

ミサにかけるはじめの言葉はいつも決まっていた。目が覚めて最初に言う言葉だからだ。

しかし、学校帰りに病院へ寄ると外はもう夕方になっていた。


学校から病院は自転車で飛ばせば10分。昼休みに学校を抜け出して往復できる距離だ。

自宅から高校までは電車で通学していたサトルだったが、学校に近い駐輪場を借りてそこに病院通い専用の自転車を置いた。ただ「おはよう」を言いに行くために。

理屈ではない。そうしなければサトルの気がおさまらかなっただけだ。

そんな生活が半年続いた。




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サトルの部屋にある小さなテレビは深夜のプロレス番組を流していた。しかし、彼はベッドに横になり天井を見つめている。

半年前は毎晩のようにこの部屋からオンラインでつながってミサと会っていたのだ。

会うと言っても、二頭身でただおしゃべりをするだけだが、楽しかった。ミサは楽しかっただろうか? プロレスの話が多すぎたかもしれない。


どうぶつの町で暮らすプレーヤーは、それぞれ自分の家を持つことができる。

サトルの家の中にはステージがあり、マイクと照明とミラーボール、そしてデカいスピーカーを置いてライブハウスのようになっていた。

パンクロッカーのミサを招いてライブのまねごとをするのだ。


一方ミサの家には、なんとプロレスのリングが設置されていた。

放送席の長机にはマイクとゴング、そしてたくさんのパイプ椅子。なかなかの完成度にサトルも大きくうなずく。

「パイプ椅子はポイント高いな」

「え? なんで?」

「なんでって、これで殴ったりするんだよ」

「うわー、ひどい」

「でもさあ、このリングはちょっと・・・」

「何? どこが?」

「こっちが赤コーナーだろ? で、こっちも赤コーナーになってる」

「え? ダメなの?」

「男用 女用とかじゃないから!」


半年前に交わした会話を思い出したサトルは、深夜のプロレス番組を消して、ゲーム機を取り出した。

ふたりの町に戻るのはあの日以来だ。

自宅の前に立つマスクをかぶったプロレスラーはミサの家までとぼとぼと歩き始めた。

どうぶつたちの姿は見えない。現実世界と同じくこっちの町も深夜なのだ。みんな家で寝ている時間である。

ひとりで歩くどうぶつの町がこんなに静かだとは知らなかった。いつもミサといっしょだったからだ。

自分の足音だけを聞きながら、ミサの自宅の前にたどりついた。そっと玄関を開けて中に入ると、あの赤コーナーしかないプロレスのリングが見える。部屋の隅にはベッドが置いてあったが、そこには誰もいなかった。

パンクロッカーのキャラクターはミサがオンラインでないとこの町には不在となる。つまりミサが病院のベッドにいる間、その分身はこの町のどこにもいないのだ。

結局そのことを再確認し、寂しさが増すだけであった。

サトルはため息をついて、ミサの自宅を出た。


「え?」


家の玄関を出たところにパンクロックの衣装を来たキャラクターがこちらを向いて立っていた。ミサとまったく同じ姿だ。


「誰なんだ? まさか・・・」


ゆっくり歩いてそのキャラの前でAボタンを押した。


<ひさしぶりだね>

ゲームの画面にはそのキャラクターの話した言葉が吹き出しで表示されている。

これは何なんだ? たまたまそういうキャラがゲームに出てきただけなのか?


サトルは文字を入力して、そのキャラクターに話しかけてみた。

<ミサなのか?>

<そうだよ>

サトルの問いかけに対する返事が吹き出しに表示された。


ミサ本人なのか?

いや、そんなハズがあるワケない。

もしミサが回復したなら、こんな回りくどいことせずに電話してくるだろう。

サプライズ? そんな悪趣味なマネをするわけがないっ!


誰かがミサのデータをハッキングして操作してるのか?

それとも 神様かなんかがオレのためにファンタジックな奇蹟を起こした?

どっちでもいい、もうやめてくれ・・・。


サトルはゲームのコントローラーを置いて、両手で顔をふさいだ。

ミサの回復を微塵も疑わずに半年保ってきた気持ちが踏みにじられたようだった。

こんなの 耐えられない・・・。

そのままヒザを曲げてベッドにうずくまった。

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