2.
奇跡は高校1年の文化祭で起きた。
サトルのクラスは綿菓子やタピオカなどのスイーツ屋台を開くことになっていたが、店舗の設営が大幅に遅れていたのだ。
なんとか間に合わせるため設営班は放課後夜遅くまで作業をしていた。やがて一人減り、二人減り、結局最後まで作業をしていたのはこの出し物の発案者であるミサと、特に何でもないサトルであった。
サトルが残った理由は部活もバイトも何もない自由人だったことだけではなかった。これは非モテ属性の男子にとって人生で幾度もないチャンスのひとつだ。しかしチャンスとは単にチャンスであって結果が約束されたものではない。人生で最初の大勝負。これに打って出るかどうか、そこが運命の分かれ道だ。
勇気を振り絞り、崖から飛び降りたサトルは勝利を掴み取った。もはやタピオカ屋などどうでもよかった。
彼女のいる世界といない世界。
今までと同じ住所に暮らし、同じ高校に通っていても、そこはもう違う世界なのである。
あの日あのとき、人生のレールが切り替わったのだ。光の射す方とそうでない方。そうでない方が別に悪いというワケではない。もともと自分がいたのはそっちだ。
しかし、光のレールに乗ってしまった今、この先の人生がまぶしくてしかたがないのだ。
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恋する気持ちとは裏腹に、ふたりが共有できる時間は多くなかった。
学校では軽く挨拶をするくらいで、会話のチャンスは思ったほどないのだ。学校帰りにファーストフードやコンビニで話す時間もたかが知れている。他の友達との時間だっておろそかにできない。
そんな日々がしばらく続いた後、ミサがある秘策を持ってきた。
「こんばんわー」
ミサはウルフカットの黒髪に紫のカラーが入ったバリバリロックスタイルでサトルに手を振った。ライダースジャケットのトゲトゲがきらりと光る。
「どーも!」
レスラーパンツにリングシューズ、プロレスのマスクをかぶった上半身裸のサトルが右手を上げてそれに応えた。
『つながれ! アニマルタウン オンライン』
どうぶつのキャラクターが住む町に人間であるプレーヤーが訪れて気ままな暮らしを楽しむ。こんなゲームが子供から大人まで空前の大ブームとなっていた。プレーヤーが住む家の模様替えをしたり、服を着替えて、現実とは異なるライフスタイルを満喫するのだ。
このゲームの中でミサはパンクロッカーの姿に、サトルはプロレスラーのマスクをかぶって暮らしていた。
アニマルタウンはオンラインゲームである。それぞれがゲーム機をネットにつなげれば、自分の部屋にいながらどうぶつの町で会うことができてしまうのだ。
ふたりが会うのはもっぱら夜であった。1日の用事をさっさと済ませ、風呂に入って歯も磨いたら、あとは好きなだけ一緒にいられる。
「あー、オレ中間テストマジヤバかったわ〜」
「なんかテスト返されたとき震えてたよね」
「そ、そうだ、海を見にいこう!」
「・・・」
プロレスラーのサトルとパンクロッカーのミサはゲームの中では二頭身の可愛いキャラクターの姿になっている。ふたりは指のないまん丸な手と手をピタリとくっつけて、どうぶつたちが寝静まった夜の町をゆっくりと歩いていた。
橋を渡り、森を抜けて、海の見える丘へ上がると、遠くから静かな波音が聞こえる。どうぶつの町のはずれにあるお気に入りの場所だ。
ここで眠くなるまで他愛もない会話をするだけ。それで十分幸せだった。
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