第8話 Shining Star

「くにちゃん、ここからちょっと車で走ったところに星が綺麗に見える所があるらしいんだけど、行ってみない?」


「はい……って、駄目です。叶野さん、お酒入ってる」


「えー」


「駄目です」


しょげた様に可哀想には思うが、免許を持っていないとはいえ、流石にそれは看過はできない。


「ちょっとキャンプ場の外れまで歩いてみませんか? ここはキャンプ場の灯りでいまいちかもしれませんけど、もう少し暗い場所なら良く見えそうですから」


その妥協案に何とか叶野を乗らせ、ハンドライトだけを持って二人でキャンプ場を突っ切って行く。

キャンプ場の入り口を出て少し先に小さな湖があったはず、という叶野の記憶を頼りに数百メートル道路を歩くと、確かに湖があった。


湖に沿って歩き少し歩き、拓けた場所に揃って腰を下ろす。


「すごい満天の星ですよ、叶野さん。全部これが自分のものだって自慢したくなっちゃいます」


思わず寝転がり空を見上げてしまう。それ程の星の数だった。


「いつも住んでる場所でだって本来はこれだけの星が輝いているはずなのに、見えないのよね」


「空気がそれだけ汚れているってことですよね」


「そうね。見えるはずのものを見えなくしてまで、人は何を追っているんだろうって、時々思うことがあるの」


「そうですね」


「システム開発もそう。これは人のためになるものなのか、人を人でなくすためのものか、時々わからなくなることがあるわ」


「はい」


人がやっていることを自動化すればいずれ人はいらなくなる。そうなれば人は何をするのだろうかと自分でも思うことがあった。

人は人でなければできないことをすればいい、クリエイティブなことをすればいいと言われても、万人ができるわけではない。


できる先輩でもそういうことを考えるのかと、立夏も何故か安堵を感じていた。


「でも、働いている時の叶野さんはすごく素敵です。無理だと思うけど、私も叶野さんみたいになれればなって思ってます」


「ありがとう。ほんと、そう言って貰えて、あの時辞めなくてよかったなって思ってるわ」


あの時って? と立夏は身を起こして隣に座る叶野に尋ねる。


「…………前に髪切った理由少し話したでしょう? あれね、客先の課長のことなんだ。女のくせに何が分かるんだって平然と言う人でね、そのくせわたしの体をじろじろ見る人だったんだ」


「だ、大丈夫だったんですか?」


「あの時はだいぶ参った。もう会社を辞めようかって思っていたところに、くにちゃんからのヘルプメールが来て、この子の為に辞められないって思いとどまったかな」


確かに叶野が突然いなくなって、混乱して何度か相談メールを送った記憶は立夏にはあった。


自嘲気味に笑う叶野の姿。そんな弱い姿に初めて触れて、溜まらずに今度は立夏が叶野の背を抱きしめた。


「ありがとう。もう大丈夫よ。吹っ切れようって思って始めたキャンプに、こんなにはまるとは思ってなかったけどね。髪切ったのが良かったのかな、何か強い自分を作れるようになった」


「叶野さんは変わってません。見た目は確かに雰囲気変わりましたけど、いつだって優しくて頼りになる先輩です」


「ありがとう。今日はくにちゃんをキャンプに誘って良かった」


「叶野さん」


抱きついたままの叶野の背から叶野の名を呼ぶ。


「なに?」


「辛かったら言ってください。あまり役に立たないかもしれないけど、愚痴ぐらい聞きますから」


「ありがと」


それは乾いた笑みに聞こえた。期待していない、頼りない、そんな風に思われているのかもしれないと、悔しさが出る。


「本気で言ってますよ。私は叶野さんにいっぱい救われているから、何かあったら駆けつけます。何があっても叶野さんを優先させます」


叶野は立夏の束縛を柔らかな手で退けると、再び隣に座り立夏に顔を近づける。


「そういうのは一番大事な人にとっておかないとだめだよ」


「……」


「じゃあ、くにちゃんが恋人になってくれるなら、頼りにするよ」


からかいが含まれている口調であるとは分かっていたが、それを立夏は真に受け止める。


「それは叶野さんが私とつき合ってもいいと思ってるってことですか?」


「ちょっと落ち着こう、くにちゃん」


「言い出したの叶野さんですよ」


「それはくにちゃんが変に私に負い目を感じていそうだからで」


「感じてません。最近叶野さんといると、なんでこの人には誰も傍にいないんだろう。こんなに素敵な人なのに、おかしいってずっと思ってました」


「それはわたしがもてないからよ」


「叶野さんがそういうことに積極的じゃないのはもう分かってます。でも、それなら私が傍にいたいって思ってます。

なんかずっともやもやしてましたけど、今日ではっきりわかりました。私は叶野さんが大好きです。ずっと隣にいさせて欲しいです」


「くにちゃん……」


「気持ち悪かったらごめんなさい」


だが返ってきたのは嗚咽だった。


手を目元にやって叶野が泣いている。臆病がちに伸ばした指先で、叶野の体が小さく震えているのは感じ取れた。


「叶野さん、ごめんなさい」


また謝ってしまったと思うが、やはり他の言葉が出ない。


「そうじゃ、な……」


言いたいことは分からない。でも、こうするのが正解な気がして、立夏は正面から叶野を抱き締める。それに縋るように叶野も立夏の背に腕を回して、立夏の肩に顎を乗せたまま泣き続けた。


「……落ち着きましたか?」


「くにちゃん」


まだその声は震えていたが、涙はようやく止まったようだった。


「なんですか」


「怖くないの?」


何を聞かれているか一瞬わからなかったが、すぐに仮定が立つ。


「不安がゼロなわけじゃないです。でも、叶野さんともっと一緒に時間を過ごしたいって思いの方がもっともっと強いです」


「仕事はともかく、プライベートは全然駄目な人間だよ、わたし」


「そういうのも楽しいなって思ってます」


「くにちゃんとつきあったら駄目になる自信あるんだけど」


「いいですよ。私が全部受け止めます」


「くにちゃんなのに、なんでそんなにかっこいいの」


「叶野さんが育てたからじゃないですか?」


国仲立夏の社会人になってからの物のとらえ方、考えは大部分が叶野維花の影響を受けていると言っても過言ではないだろう。


「本当にわたしの恋人になってくれる?」


「そう言いましたよ私」


ようやく立夏の体から身を起こした叶野と、視線を合わせる。湖面に映された月がそれを助けるかのように灯りを供給してくれる。


「立夏ちゃん、大好き」


まさかの名前呼びに心臓が飛び上がる。その隙を狙うかのように、叶野の唇が立夏のそれに触れた。


「ずるい、私も呼んでいいですか? 維花さんって」


「うん。知っていたんだ、わたしの名前」


「知ってますよ、体制図にフルネームで書いてますし」


「もう……そういうことここで言わない。今そこに戻りたくない」


「私もです」


見つめ合って互いに顔を近づけ、もう一度唇を重ね合わせた。

立夏にとって女性とそんなことをしたのは初めてだった。でも嫌悪は全くなかった。触れたいと思っていた人に触れられた歓びが全身を駆け巡り、愛しい人の体に腕を回した。

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