第6話 初めてのキャンプ

3月中に向けて怒濤の中間納品があり、流石にその時ばかりは夜遅くまで残業したが、それが終わって久々の開放感と達成感を立夏は感じていた。

絶対に終わらないと思った基本設計が終わった。次フェーズへの持ち越しも叶野のお陰で最低限に抑えられ、何とかなるのではないかという感触も出ていた。立夏は仕事で次に進むことが初めて楽しいと感じていた。


そんな中、少し寒いかもしれないけれど桜が見頃だろうから、と叶野からキャンプに誘われる。

中間納品が終わった後ということで2人で併せて有給休暇を取り、朝から待ち合わせ駅のロータリーで叶野が迎えに来てくれるのを待つ。


家まで行くと言ったが、中間の駅にしようと押し負けてこのロータリーで待つことになった。平日ということもあり、叶野を待つ間にバスに次々学生が乗り込んで行くのを眺める。


平日に仕事もしていなさそうな格好で、駄目な大人に見えているだろう、かと立夏は思いながら目を泳がせていると、立夏を呼ぶ声が届く。


「くにちゃんー」


もう一度声のした方をしっかり見ると、大きなバンの隣にその存在を見つける。ただ、普段のパンツスーツ姿とは全く違う雰囲気に息を呑んだ。



かっこよすぎじゃないかな、叶野さん。



ジーンズにスニーカーに白いシャツというごくありふれた格好なのに、それが地の綺麗さを引き立たせている。



この人本当に一人でキャンプ行って大丈夫なのかな。



多少無防備過ぎる気がしなくもない。


と少しばかり立夏の心配が立つ。


足早に駆け寄ると、その大きなバンが叶野が乗ってきた車だったようで、後ろのハッチを開けて荷物を積むように指示されて息を呑んだ。


「叶野さんってガチだったんですね」


後部座席には本来であれば人が座るはずの座席が一つもなく、片面にはハンドメイドを思わせる棚が並び、キャンプ道具が詰まっている。


「そうかな。こんなのまだまだだよ。もっと上の人一杯いるから」


そういうのは求めてません、と口から出そうになるが立夏はぐっと呑み込んだ。叶野にはいったいいくつ顔があるのだろうかと思っていたが、また今日はそれに一つが加わった。


「この棚も叶野さんが作ったんですか?」


「そこは流石に業者さんにお願いして作ってもらったやつ。一人でキャンプに行って、テントを張ることもあるけど、いまいち不安だなという時はこうしておけば、この横で寝られるでしょう?」


確かにキャンプでテントに寝ないといけないルールはない。この車は大きいのでキャンプ道具の部分を除いても細身の人であれば二人程寝られなくはない。


「元彼が好きではまったとかですか?」


「それは違うかな。じゃあとりあえず出発して、道中その話はするよ」


「はい。よろしくお願いします」


深く頭を下げて立夏は定員二名の車の助手席に乗り込んだ。





叶野の運転する車がロータリーを出て、迷うことなく道を進んでいく。


背は160センチ半ばくらいとはいえ、細身の女性が大きな車を難なく動かせるのは、すごいなと立夏は単純にその姿に関心をしていた。

体力も体格も車の運転に関係はないが、運転免許も持たない立夏にとっては、何もかもが想像の範疇外でしかない。


「これ、叶野さんの車なんですよね?」


「そう。恋人できなくて当然でしょう?」


「関係あるんですか?」


「男の人からすると、こんなごつい車に乗ってる女は嫌かなとは思うけど」


「それでも叶野さんは私にとっては素敵な先輩ですよ」


「ありがとう。くにちゃん。高速乗るから寝ててもいいからね」


鼻歌交じりに運転をする叶野は、どうやら運転も好きなタイプらしい。道中叶野がキャンプにはまるきっかけを聞いたり、道の駅で遊んだりしながら目的のキャンプ場に14時前には辿り着いた。


山の斜面を利用して段差をつけたキャンプスペースが点在する一角が、本日のキャンプ場所だった。

町営のキャンプ場で申し込みをして場所代を支払うと、手伝ってと言われるまま指定された物を石段を登って目的の場所に運んで行く。


「はい、OK。やっぱり二人だと往復回数違うな~」


「叶野さんは基本ソロキャンプなんですか?」


「そう。だって独りになりたくてキャンプに行くから」


「すみません」


「なんで今謝ったの?」


「今日は同席してしまったので」


「今日はわたしが誘ったんだから気にしない。それにさ、桜って綺麗だから独りで見るの勿体なくない?」


そう言って叶野はテントを張るスペースの上まで伸びた桜の枝を見上げる。人気スポットで平日でもなければなかなか取れない、と言っていたのも頷ける素晴らしい花だった。


「なんかこういう花見もいいですね。都会にいると、花見って人混みの中で人を見てるか花を見てるかわからないですけど、ここは花を楽しめる気がします」


「でしょ? ちゃっとテント設営しちゃって、折角だから花見で一杯やろう」


それに頷いて立夏は再び腰をあげた。

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