第4話 女子会
そこから2人で今のチーム状況についての思いの丈を交互に叶野に話し、気がつけば一時間は経過していた。
「もう8時前ね。折角だからこのままご飯食べに行かない?」
「まだ残業があるので、すみません」
「くにちゃん、それを無くすためにわたしが動いてるんだから、今日はもう仕事は終わり。仕事ってメリハリつけないとつぶれちゃうからね」
「分かりました。じゃあ今日はご一緒させてください」
「相馬くんは?」
「……すみません、俺は帰れるならちょっとでも早く家に帰りたいです。すみません」
「それは残念。じゃあくにちゃん2人で行こうか。一階のロビーで待ち合わせね」
3人で行く流れになると思っていたが、まさかの叶野との二人っきりの飲み会に緊張は増す。ただ、聞きたかったことが聞けるかもしれないという期待はあった。
「一汰つきあい悪い~」
再び下りの階段で一汰に文句を言う。
「悪い。嫁が悪阻でストレスMAXなんだわ」
「環奈が? 2人目できてたんだ」
「どうせなら一気に産休取った方が戻りやすいってな」
言い訳がましく一汰は言うが、一汰が胸の大きな嫁に夢中なことも知っている。
一汰は同期と結婚をしていて、その嫁である環奈からは時々立夏の元にもメールは来ていた。何だかんだ愚痴は言っているものの、2人ができたということは、プライベートは充実しているようで何よりだった。
「お待たせしました」
「じゃあ何食べに行く? くにちゃんお酒飲めないからごはん系の方がいいかな?」
「叶野さんの好きなところでかまいませんよ。叶野さんお酒好きですし、少しは飲めるようになったので」
新人の頃、全く立夏がお酒を飲めなかったことを叶野は知っているので今更隠すことはないが、それでも社会人になれば飲み会の場に出ることもあり、多少は鍛えられていた。
「じゃあ居酒屋行こうか。折角女の子と一緒だからちょっとお洒落目のところで」
なんとなく7月に叶野が社内に戻ってから、見た目が変わったことで話しかけづらい雰囲気があり、12月の今までほとんど会話をすることはなかった。だが、改めて話をして見ると昔の叶野と変わってはいないことに気づく。
歩いて数分の雑居ビルの3階にあるこぢんまりとした店に入り、一番奥のカウンターに並んで座る。
叶野はビールで、立夏はチューハイを頼み、まずは乾杯をする。
「お疲れ様です」
ありきたりの乾杯のかけ声に声が被る。
「くにちゃんが大きくなってくれて、わたしは嬉しいよ」
「大きくなってって、一ミリも背は伸びでませんし、体重もそこまで変わっていないはずです」
「そうじゃなくてSEとして成長したなって。プログラム分かりませんって泣きながらキーボード打ってた頃を思うとね」
「その節はお世話になりました」
「当たり前のことをしたんだから、そういうのはいいの。でもくにちゃんが辞めないで今も続けてくれているのは、素直に嬉しいかな」
IT業界は一般的に離職率が高い。新人は一定数ついていけずに脱落する人もいるが、それ以降もある程度手に職がつけば同業種での転職が難しくなく、同期の中でも既に別の会社に転職してした人もいる。
立夏は心が挫けかけてしまったことはあったものの、そこまで今の会社を離れたいと思っていないのは、あまり深く考え込まない性格のせいかもしれなかった。
「私は、目の前のことをこなすのにいつも精一杯で、そんなこと考える余裕もなかったです。叶野さんはあるんですか?」
「辞めてやる-って思ったことは、誰だって一度や二度はあると思うな。まあ、たまたま次に進むチャンスを貰えたから、今までやってきたかな。でも同期で結構仲良かった友達が辞めた時は、流石にちょっと辛かったけどね」
「会社で話ができる女性って大事ですよね。男の人と話をするのも仕事をするのも別に苦しくないんですけど、たまに女子同士でしかできない話をしたくなるんですよね」
「じゃあ今日は女子会ってことにしようか。まあわたしはちょっと年いってるけど」
「そんなことないですよ。叶野さんが戻ってきた時は髪をばっさり切られていたので、びっくりしましたけど、やっぱり叶野さんは素敵な女性だなって思いました」
「それはありがとう。最近そういう言葉って女の子に言われた方が嬉しいわ」
「どうしてですか?」
「…………それはちょっとくにちゃんには話せないかな。大人の事情ってやつ」
「私だって十分大人ですよ。もうアラサーですから。じゃあ、髪を切った理由を教えてください。似合ってたのに」
「結局そこに行くか……」
がっくりと項垂れた様の意図がわからずに立夏は首を傾げる。
「まあこれからくにちゃんもそういうことあるかもしれないし、教えておくかな。髪を切ったのは男性からの誘いを極力減らしたかったから。
普通のつきあいならいいんだけど、立場が上になると会社でも上の人とのつきあいもあるし、お客さんとのつきあいも出てくるでしょ。そういう場でややこしいことになるのが嫌だなって思ってね。全員が全員ってわけじゃないけど、たまにいるのよね、自分は偉いから何してもいいって思ってる人」
「だっ、誰ですか? 部長とか?」
思わず浮かんだのは所属する部門長で、五十代前半のもちろん妻帯者だった。
「それは部長が可哀想よ。それはないから」
はっきりと否定されて立夏は胸を撫で下ろす。
「つき合っている方とかいないんですか?」
何を聞いているんだろうかと思いながら、興味本位で聞いてしまう。
「そっちももういいかなって感じがしてる。これはさっきのとは切り離して考えて欲しいんだけど、三十五にもなるとなんか一人で生活もしていけてるし、ダンナがいても手が掛かるだけだしってどうでもよくなるのよね」
それは立夏も少しだが心理が分かった。エンジニア職は男女で賃金差は基本的にない。
せいぜい家族手当があるかないか程度の違いががあったとしても、許容できる範囲だった。会社によっては時間外手当が支払われないブラックな所もあるが、幸い今の会社は業界の平均程度には貰えていると思っている。
「でも、くにちゃんはそういうこと考えるのまだ早いと思うからね。子供が欲しいなら三十代前半には結婚した方がいいに違いないから。今はつきあってる人いないの?」
「今はいません」
「相馬くんは?」
「一汰は既婚者です。同期と結婚して、奥さん悪阻だからって飛んで帰りました」
「そうなんだ」
「叶野さんって同業種の人とつき合ったことあるんですか?」
「ないよ。同じ職場で働いていたら、普通にできる自信ないから」
クールビューティという言葉がぴったりの普段の叶野の姿からすると、それは少し驚きだった。
「叶野さんって仕事に対して真面目ですよね」
「そうかな。責任を負ってる分考えることはあるけど、何かもうバランスの取り方を考えられる気がしない年になったってことかしらね」
「まだ三十五で美人なのにもったいないですよ」
「休みの日は一人でキャンプがマイブームなのに?」
少し意外な趣味に思えた。だが、立夏にある叶野のイメージは髪の長い頃の叶野で、今の叶野の外見だけで見るとはまっている気がした。
「格好いいですね。一人でって怖くないんですか?」
「最低限の安全は確保してるから大丈夫よ」
「キャンプってどこがいいんですか?」
「うーん、まあ非日常を味わえるかな。後は何でも自分でしないといけない所が案外楽しくって、最近忙しくてなかなか行けないから、通販で買ったキャンプ道具だけが溜まって行ってる」
「私は一回も行ったことないんです。親があまりそういうところに興味なかったみたいで」
「じゃあ一回行ってみる? 車で行くからくにちゃん一人くらいなら一緒に連れていけるよ」
「本当ですか? 良かったら誘ってください」
キャンプ自体というよりも、キャンプでの叶野はどういう姿なのだろうかというところに興味があった。
結局その日は女子会のノリのままお開きになり、連絡先が変わっていないことだけ確認して駅で解散する。
支払いはこういう時くらいは先輩面させて、という叶野に押し負けて奢ってもらう形になり、翌朝叶野の席にお礼代わりに缶コーヒーとチョコを届けておいた。
どちらもこれがないとストレス解消にならない、と以前叶野が言っていたものだ。誰が置いたか分からなくても叶野は食べてくれるだろう。
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