第3話 エンドレス

要件定義フェーズが終わると、プロジェクトは本格的な開発フェーズに入った。


プロジェクト開発の流れとして基本設計、詳細設計、プログラム開発、結合テスト、システムテスト、ユーザテスト(※会社によって呼称の違いはあります)の流れになり、これらを経て本番リリースに辿りつく。


基本設計は11月から3月までで、このフェーズに入った途端急激に忙しさは増した。開発メンバーは新たに増えたものの作業が終わらないのだ。


具体的に言うと、お客さまとの打ち合わせで今回作成する機能の合意できず、何度もリテイクを繰り返す状態に陥り、当然ながら進捗状況にも遅れが生じていた。


プロジェクトリーダからの指示は残業と休日出勤でリカバリーしろというだけで、立夏のいる顧客チームの空気は日々重くなるばかりだった。


そんな中、チャットに新たな個別のメンションが届いたことに立夏は気づく。



@kuninaka くにちゃん、今少し時間ある?



そのメッセージにどきりとした。立夏をくにちゃんと呼ぶのは叶野だけで、それは間違いなく叶野から来たものだった。

ちゃんづけで呼びたいのに長い姓で呼びにくいと言われ、名字の前だけとってくにちゃんとなったのは、今の部門に配属になって2日目のことだった。


思わず一番遠いプロジェクト席を確認してしまうが、そこには叶野の姿はなく、出先からメッセージを送っているのかもしれないと少し肩を落とした。


システム開発系の会社は基本的に女性が少ない。全くいないわけではないが、2割もいればいい方だろう。今のプロジェクトにも数人はいるものの、別チームのメンバーで話しかけづらさはあった。

久しぶりに叶野と直接会話ができるかと心が一瞬弾んだが、忙しく走り回っていることは知っていた。



@kanou はい。大丈夫です。

@kuninaka ちょっと173会議室まで来てくれない? そこにいるから

@kanou わかりました。すぐに伺います。



どうやら社内にはいたらしく、指定された小会議室に向かうためノートとペンだけを持って立ち上がる。フロアを二つ上がり、指定された会議室を軽くノックすると叶野のどうぞという声が返ってくる。


「失礼します」


6人まで入る会議室で、モバイルパソコンを開いて叶野は仕事をしていたようだった。隣の席にバッグがあるところを見ると客先から戻ってきて、すぐにこの部屋に入ったのだろう。


「最近ずっと残業してるでしょう?」


向かいの席に緊張しながら座ると、ふわりと微笑んだ叶野から質問が来る。髪はばっさり切ってしまったが、その笑顔は昔と変わらなく優しいと立夏の心は心拍を早くする。


昔は毎日会って指導を受けていた先輩なのに、数年会わなかったせいか、どうしても緊張をしてしまう。


「はい。すみません」


「謝らなくていいよ。別に責めてないから。ちょっと顧客チームの状況を聞きたいなと思って。報告は聞いているけど、くにちゃんの率直な意見が聞きたくって」


それだけで叶野が今の顧客チームの状況を気にしていることがわかる。


「あまり良くないです。お客さまのレビューで新たな要望が発生するが続いていて、基本設計が全然終わっていません」


「そっかぁ。わたしも忙しくて顧客レビューまで入れてなかったのは反省だな。佐納さんもいつまでも常駐気分でやられたら困るんだけどな」


システム開発をする上で、お客さま先に常駐して、そこで開発をするというケースも多々ある。

その場合はいつまでに何をつくるかという契約というよりは、今月必要な作業をしますという契約になる。そうなると終わりを気にする必要はなく、今回のような要望も受け入れることもよくあることだった。


常駐が長い佐納には、スケジュールを守る感覚がないということを叶野は指摘していた。


「すみません」


「だからくにちゃんは謝らなくていいって。悪いのはプロジェクトリーダの佐納さん。どうするかなぁ」


一回り近く上だろう存在を、ばっさり悪だと言い切ってしまう叶野は昔と変わらず頼もしい。そして女性だが格好いい先輩だった。


「叶野さん、一汰じゃなかった……相馬くんも呼んでいいですか? 相馬くんもずっとこのままじゃ駄目だって言ってたんです。叶野さんに相馬くんの話も聞いて欲しいです」


いいわよ。と頷いた叶野の返事に、ダッシュで呼んで来ますと再びフロアを降り、更に一汰に声を掛けてからまた二階分駆け上がる。


「そんなに急がなくていいのに」


目を細めてくすりと笑う叶野に立夏は再び謝りを口にした。

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