第1話 プロジェクト開始
メールに添付された体制図を開き、その最上段の名前に立夏は思わず口元を押さえる。
立夏が参画することになった複合社での共同開発プロジェクトは、2年がかりの大プロジェクトで立夏が所属する部署の中でも期待されていた。
そのプロジェクトに立夏も入るように上司に指示を受けたのが先月で、今月から作業を開始することになっていた。
これから顧客の要望を聞き出して、システム化を検討する要件定義というフェーズに入るため、プロジェクトメンバー数は今は控えめだった。
ピークには100人体制になるらしく、立夏も数人のチームのリーダーになる予定だと上司には言われていた。
今までの立夏は、作業者として自分に与えられた仕事をこなすことで手一杯だった。そんな自分にリーダーなんて役割が務まるのか、という不安が先に浮かんだ。
その不安を緩めたのが体制図のほぼ一番上の存在だった。
年ははっきり覚えていないが三十代のはずで、立夏が新人の頃にフォロー担当としてお世話になった先輩だった。二年目までは立夏と同じ場所で仕事をしていたが、客先常駐になってからは会う機会に恵まれなかった。
「叶野さん、プロジェクトマネージャーなんだ。すごい」
新人の頃、分からないことだらけで、毎日涙目の立夏を根気強く指導してくれたのが叶野だった。
その後立夏も新人のフォローに入ったことはあったが、叶野のようにできていたかと聞かれれば自信はない。
数年前の過去へ思いを馳せていた立夏の目に、ふとメールの末尾の文字が目に留まる。
7/1 9:10 第3会議室 集合
時計は既に9:08を指していた。
やばいと、手元のノートとペンだけを取り慌てて立夏は会議室に向かった。
第3会議室は中規模の会議室で15名くらいが定員だった。
そこには既にスーツ姿の存在で埋め尽くされていた。基本男性はスーツ、女性はラフすぎない格好でという決まりがあるが、スーツばかりとなると男性が大半のプロジェクトということだろう。
一番心やすい同期の
「久しぶり」
「国仲もこのプロジェクト入るんだな」
「そう、長いプロジェクトなんだよね。そんなプロジェクトついていけるのかな」
一年目はまず戦力にならず手を引っ張るだけ。
二年目からはなんとかプログラムコードを自分で書けるようになったものの、既存システムの保守業務や小規模な改修プロジェクトばかりだった。
つまり、今回のような新規の大規模開発に加わるのは初めてだった。
「まあ何とかなるんじゃね?」
軽い口調の一汰は悠長にもスマホをいじっている。流行りの位置ゲームっぽい画面が開かれており、相変わらずだなと立夏はプロジェクターで投影されている資料を眺める。
「始めます」
その声は聞き覚えのある声で、会議室の一番先頭に座っている女性が立ち上がる。
「今回プロジェクトマネージャを務めることになった叶野です。本日は内部のキックオフということで、お集まりいただきありがとうございます。
事前に資料を送付させていただきましたが、このプロジェクトはA社との合同で行い、主機能となる3つのサブシステムを我が社で開発し、残る2つのサブシステムの開発をA社が行います。二社開発でやりづらい部分も出てくると思いますが、逆に言えば我が社の技術力をアピールするチャンスでもありますので、ご協力をお願いします」
挨拶をして頭を下げた存在は間違いなく叶野の声だったが、立夏の覚えている存在とは全くの別人に見えた。
「髪切ったんだ、叶野さん」
立夏の知る叶野はセミロングで、癖毛から来るのだろう緩やかなウェーブが魅力的だった。だが、今目の前でプロジェクトの体制の話をしているのショートヘアのパンツスーツを着こなした存在だった。
似合っていないわけではないが、女性的なイメージが強かった存在が、髪を切ったことで中性的に見え、別人になったかのように立夏には思えて仕方なかった。
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