21.戦士語り継がれる

21.戦士語り継がれる


これは旅の記録。


魔王討伐に出発し、数ヶ月がたったある日の出来事。


「……うるさいなぁ」


ギシギシ


隣の部屋から家具を揺らすような音が聞こえる。


同室のマホは耐えかねた様子で声を上げた。


「カーシィ、消音の魔法を使ってよ」


「今日は魔力切れです」


嘘である。


魔力は残っているが馬鹿みたいなことに魔力を使いたくない。


ギシギシ


隣の部屋から肉と肉がぶつかる音が聞こえる。


「はぁ、他の宿泊施設が満員なんてついてないなぁ」


気持ちは分かる。


だが、何度も同じセリフを吐かれるコッチの身にもなってほしい。


「……爆破しよっかな」


マホがぼそりと呟いた。


本気である。


仕方ない、消音の魔法を使おう


「……」


カーシィがそう思った時


シン、と隣の部屋が静かになった。


夜の静けさが部屋に広がる。


マホは水をかけられた炎のようにシュンと静かになると


ベッドに横になった。


気楽なものである。


数分待った後、カーシィはカバンから注射器を取り出した。


これから隣の勇者とセッシがいる部屋に行かなければならない。


ギシギシ


音が再開する。


今日も一度では終わらないらしい。


カーシィは一度ため息をつくと消音の魔法を使った。



俺を称える歓声が聞こえる。


右手に握られた魔王の首


羨望の眼差しを向ける国民


感謝の言葉を送る国王


国王が俺に手を差し出す


……俺はその手を


「……」


セッシが目を覚ますとそこは城の一室だった。


勇者に国王の城まで運ばれて来たらしい。


セッシは起き上がると枕元に置かれた水を飲み干す。


「戦士様、お目覚めになられたのですね」


使用人の声。


「勇者様は別室でお休みになられています」


「……これは?」


セッシはテーブルに置かれた紙を拾い上げた。


「お二人が魔王を討伐したという事で国民の多くが城門に集まっています」


紙には『勇者、魔王を討つ』という文字が大きく書かれている。


「もうしばらくした後、国王陛下から報酬の授与がはじまります」


「下がっていいぞ」


セッシが言うと使用人の男は部屋を退出した。


どういうつもりだ。


セッシは口元に手をやり勇者の考えを推測した。


「……」


考えられるのは観衆の前でセッシの罪を暴露すること。


勇者の口から出た言葉であれば例え証拠がなくとも全員が信じるだろう。


逃げるべきだろうか


幸いセッシは拘束されていない。


荷物も全てベッドの脇に置かれている。


「……クソ」


気を失う直前、勇者に言われた言葉を思い出した。


ここで逃げ出せばセッシは弁解の機会を失う。


そうなれば一生に後ろを指を刺される人生である。


セッシの夢は自分の人生を世に残すこと。


まだ挽回のチャンスはあるかもしれない。


「……俺はまだ負けてない」


荷物から小型撮影機を取り出すと


部屋を飛び出した。



「これより報酬の授与を行う」


大臣の声が響いた。


城のバルコニー


国王、大臣、勇者、セッシ、数名の騎士


そして、城の敷地を埋め尽くす無数の国民。


「その前にワシから一言だけ話をさせてもらおうと思う」


国王が一歩前へ出る。


「勇者の旅は長く辛いものだったはずだ」


セッシはチラリと勇者の様子をうかがった。


「仲間である魔法使いと賢者を失った勇者の傷心は測り知れない」


勇者はセッシの視線に気づく様子もなく階下の国民を見つめている。


「しかし、勇者は挫けなかった。諦めずに前進を続け魔王を討伐した」


緩む口元を隠しながらセッシは神妙な顔を維持した。


「今ここに勇者の活躍を讃え、平和が取り戻されたことを宣言する」


割れんばかりの歓声が響いた


大陸中に響くほどの喜びの声


雄叫びを上げる男


感極まり泣き出す女


駆け回る子供


「……」


セッシは冷たい眼で観衆を見つめた後、手元のスイッチを押した。


映写機が光を放つ。


観衆が息を飲むのが分かった。


振り上げた拳をゆっくりと下ろす男


青ざめる女


親に眼をフサがれる子供


セッシには国民が息を飲むが分かった。


セッシが準備したのはカーシィが用意した映像。


勇者が追放される一連の映像だけではなく


勇者が貧しい村からモンスターの討伐代金を請求している映像もある。


ユーキお前の負けだ


俺は今日、戦士から勇者に生まれ変わる。


城下町には俺の銅像が立ち


吟遊詩人は俺のウタを唄い


俺の話を元に俺の本が俺の為に出版される


俺の伝説は未来永劫語り継がれる。


ポンと


セッシの肩を誰かが叩く。


振り返るとそこには大臣がいた。


大臣は眼を細めてセッシを見た後、小さく首を横に降った。


何かがおかしい


国王も騎士も、国民全員がセッシを見ていた。


何が起きてる


違うだろ


お前らが見るのは


侮蔑の眼を向けるのは俺ではなくユーキのはずだ


セッシはたまらず映写機が映し出す映像を確認した。


「……な」


映写機が映し出すのは


マホの遺品を悪態を付きながら売りさばくセッシの姿


違う


アエロプラノで果物屋の女を殴り飛ばすセッシの姿


何かの間違いだ


そして、嫌がる武闘家を無理やり陵辱するセッシの姿


こんなのは間違っている


「どういう事だ」


「説明しろ」


国民の困惑は軽蔑へと姿を変え、セッシを激しく追及しはじめた。


その声は大陸中に響くほどの大音量だったが、……ふと静かになった。


勇者が手を国民に突き出し声を押し止めたのだ。


弁解してくれるのかもしれない。


この仕打はあまりに酷い。


セッシは期待の眼を勇者に向けた。


「俺は戦士の強さを尊敬している。だが、その性格には難がある。仲間を見殺しにし、気に入らない相手は殴りつけ、貧しい人々から金銭を騙し取る」


勇者はそこで間をあけ、セッシに向き直った。


「セッシ、その顔を二度とオレに見せないでもらえるか」


その言葉は的確にセッシのミゾオチを打ち抜いた。


詰み


挽回は不可能


人生で二度目の敗北は


一度目の苦痛をはるかに上回った。


後ろ指を刺される人生


その未来はすぐソコまで迫っていた。


「……ならば、いっそ」


セッシは手傷を負った獣を思わせる足取りでバルコニーの手すりへと近づく。


「……!」


しかし、身を乗り出そうとすると力が入らない。


死を選ぶ勇気が自分には無いというのだろうか


狼狽するセッシの耳元で勇者が囁いた。


「お前に施した洗脳は『逃げない事』と『悪行を行わない事』の二つだ」


「……洗脳?」


「自殺は当然、『悪行を行わない事』に抵触する行為だ」


勇者は小型撮影機のデータを地面に落とすと踏み潰した。。


……死ねない


ならば、一生


このまま、……ずっと


「マホへの復讐は3日、カーシィへの復讐は一生、そしてセッシ、お前への復讐は人類史が続く限り永遠に続く」


勇者はバルコニーでの話を書き留めている書紀係の役人を指差した。


国の公文書は厳重に保管される。


1000年先の未来で自分の名前を指差して笑う人間を想像してセッシは青ざめた。


勇者はセッシに微笑む。


「よかったな、お前の悪行は語り継がれる」

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