19.元仲間魔王城を攻略する

19.元仲間魔王城を攻略する


ユーキの事が好きなのかもしれない。


セッシがそう考えるきっかけになったのは


ユーキを追放した夜に酒場でカーシィが放った言葉。


「あの男に愛を感じる人間なんているとは思えません」


果たしてそうだろうか。


数秒後、疑問を感じたことにセッシは驚いた。


何年も前からユーキに辛く当たってきたのは自分自身なのだ。


ならば、あの時感じた疑問の正体は何なのか


セッシはずっと考えていた。



魔王城一階。


フロア全体を埋め尽くす上位モンスター。


魔王軍幹部の称号を与えられている個体も何匹かいる。


武闘家、僧侶の疲労は魔王城を目指す旅で既に限界に達していた。


「セッシさん!ここでは魔法が使えません」


「ああ、分かってる」


カーシィから聞いた事があった。


被術者の魔力機構に強制的に『星の直径の長さに対する円周の長さの比』を計算させることで、使用できる魔法のメモリをゼロにする術。


その術が一階全体に施されている。


「ッチ」


セッシの耐魔力の鎧は回復魔法を含めた全ての魔法を無効化する。


国王が勇者に与えた物をセッシが奪い取ったのだ。


しかし、敵は物理攻撃に絞ってダメージを与えてくる。


明らかに分が悪い。


「……」


セッシは僧侶を蹴り飛ばした。


呆気に取られる武闘家の手を引き階段を上ると、剣を振り上げ階段を破壊する。


これで時間を稼げる。


見るとモンスターが僧侶の体を生きたまま引き裂いていた。



セッシは幼い頃から勇者の冒険譚が好きだった。


強く


挫けず


決して負けない


男の中の男。


いつかは自分も勇者になるものだと信じて疑わなかった。


しかし、勇者は努力してなれるものではない。


まだ幼かったセッシは現実に打ちのめされた。


そんなセッシの耳にある情報が届く。


同じ村のユーキが勇者であるという話だ。


どんな少年なのだろうか


きっと自分より大きく、勇敢で、知恵が回る少年に違いない。


しかし、ユーキはセッシの予想に反して


平均的な体型で


外で遊ぶよりも屋内で遊ぶことを好み


誰かの指示を待ってから行動する普通の少年だった。


どうしてコイツが勇者なんだ。


そう疑問に思いながらも


セッシは年上として、他の友人と同じようにユーキを扱った。



魔王城二階。


正方形の広い部屋。


部屋の中央に描かれた魔法陣以外は何もない。


奥の部屋へ続くトビラも


上階に進む階段も。


魔法陣以外は何も存在しなかった。


「どうして、あんなことを!」


掴みかかる武闘家をセッシは投げ飛ばした。


ガコン


大きな音と共に二人が入ったトビラが封鎖される。


これで外には出られなくなった。


続けざまに仕掛けが作動し、左右の壁が中央に向けて移動を開始した。


1分後には二人共、壁に挟まれて潰されてしまうだろう。


魔法陣の近くに投げ飛ばされた武闘家が声を上げた。


「お前はここまでだ!ここで潰されて死ね」


言葉と共に魔法陣に踏み込んだ。


まばゆい光が武闘家を包み込んだあと


武闘家は部屋から姿を消した。



「何だ。ここは一体どこだ」


セッシが左の壁を確認すると人間の後頭部が壁に埋まっている。


声は武闘家のモノだ。


転移魔法陣の作動ミス。


何も知らない人間であればそう解釈するだろう


しかし、歴代勇者の冒険譚を暗記しているセッシには見当がついた。


「罠だな」


冒険譚には魔王城に挑む勇者達を阻む罠として似たようなものが紹介されていた。


「……フン」


セッシは鼻で笑うと振り返り、剣で入り口を塞ぐ仕掛けを破壊する。


「どこだ!いるんだろ!助けてくれ」


叫ぶ武闘家を無視し部屋を出る。


ブチッ


と音を立てて武闘家の後頭部が潰れる音がした。


轟音と共に武闘家を潰した壁が元の位置に戻っていく。


壁が元の位置に戻った時には部屋の奥にトビラが現れていた。


魔法陣が武闘家の血を吸い本来の効果を発揮したのだろう。


「……」


セッシは一人、次の部屋に進んだ。



「殺したら動物が可愛そうだよ」


セッシはユーキを突き飛ばした。


少年達の間で当時、流行していた小さな哺乳類を壁に叩きつけて殺す遊び


一緒に遊んでいたユーキが少年達の遊びをトガめたのだ。


血気盛んな少年たちにとって軽い喧嘩は日常茶飯事。


きっと、この後ケンカになる。


そう感じたセッシは身構えた。


勇者であるユーキとのケンカ。


初めてケンカで負けることになるかもしれない。


しかし、いつまで経ってもユーキは立ち上がらない。


どうしたのだろうとユーキを見ると顔を醜く歪め、涙を流している。


「は?」


セッシには信じられなかった。


勇者が押されて泣くなんて。


「ちょっとアンタ達何やってるの!」


少女の強気な声。


ナジミだ。


取り巻きの少年達は虫を散らしたように逃げ出した。


取り残されたセッシにナジミが説教をぶつける。


しかしその声はセッシには届いていなかった。


勇者なのに泣き、女に助けられる。


失望と同時に興奮がこみ上げてくる。


自分が描いたヒエラルキーの頂点である勇者。


その勇者が目の前で泣いている。


泣かしたのはセッシ本人。


ヒエラルキーの頂点が入れ替わるのが分かった。


ああ、興奮する。


神聖なモノにドロを塗る行為に


畏敬の念を抱いていた対象を凌辱する行為に


セッシは膨らんだ自分の股間を隠そうともせずユーキに近づくと、彼の頭を優しく撫でた。


コレは自分のモノである。


叩けば叩くほど快感を生む魔法の宝箱。


セッシは微笑みながらユーキに手を差し出す。


少しずつ


少しずつ


虫の足を一本ずつ引き抜くように、丁寧にユーキを破壊しよう。


いつか事故にみせかけて母親を殺すのもいいかもしれない。


どこにでもいるガキ大将のセッシ。


彼の精神がこの日、静かに歪んだ。



ユーキの事が好きなのか。


セッシの出した答えはこうだ。


確かに愛情を感じている。


ただし


人に対して向ける愛情ではなく


物や家畜に向ける愛情。


「……」


豪奢なトビラの前。


マホが作った秘蔵のポーションを一気に飲み込む。


旅の中で負った傷


精神的な疲労


その全てが嘘のように消えてなくなった。


「……恐らくこの先に魔王がいる」


セッシは目をつむるとコレまでの旅を思い出した。


マホの顔


カーシィの顔


僧侶の顔


武闘家の顔


「どいつも、こいつも俺の足を引っ張りやがって」


唯一消えないのはユーキの顔


それを振り払うようにセッシは魔王がいる部屋のトビラを開いた。


全体的に暗い色調。


悪趣味なインテリア。


生き物が死んだような鼻につく悪臭。


そして


魔王の死体。


「遅かったじゃないか……セッシ」


ユーキは魔王の首を床に投げ捨てた。

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