18.勇者良心が消滅する(下)

18.勇者良心が消滅する(下)


覚悟を決めたとはいえ緊張する。


俺はナジミの家の前を行ったり来たりした。


スー、ハー


と、深呼吸をする。


オレはナジミの彼氏なのだ。


堂々と振る舞えばいい。


オレはトビラの取っ手を掴んだ。


「今日は帰りましょう」


ザンシの声がする。


今までで一番の声量に頭痛がした。


「ようやく覚悟を決めたんだ。帰るわけがないだろ」


オレは言うとトビラを開いた。


「……」


留守だったのか中に人はいない。


ランプの光が薄暗い室内を照らしている。


ワンルーム。


散らかった部屋。


そして


虫。


害虫。


5匹の害虫が部屋にいた。


4匹のオスと1匹のメス。


仲睦まじく交尾中だったらしく一匹のメスにオスが群がっている。


オレは魔法で4匹のオスを壁に吹き飛ばし固定した。


呆然としているメスに近づく。


「ユーキ助けて」


害虫のメスがオレの名前を呼んだ。


知らないうちに虫の言葉を理解する魔法を習得していたらしい。


「自分だけ助かろうとしてんじゃねぇぞクソ女が!」


「さっきまで、あんなに楽しんでたじゃないか」


「さっさと開放しろ!セッシさんに言いつけるぞ」


「ユーキ!また虐められたいのか」


最後に発言した害虫の首をねじきった。


豪快に飛び散る体液に眼を細める。


オレは手のひらを害虫のメスに向けた。


「ユーキ!ワタシを信じて」


「話し合うんですよね」


キンキンとしたザンシの声に強い頭痛がする。


わかった。


わかったよ。


オレはカバンからモノを取り出す魔法を使った。


取り出すのは3本の鉄パイプ。


それを繋ぎ合わせて、一本の棒にする。


長さは1メートルと少し


太さは子供の腕くらい


その先端に魔法で3センチずつメモリをつけた。


「ユーキ、一体何を?」


害虫のメスの動きを拘束する。


仰向けでピクピクと動く姿は死にかけの虫そのものだ。


オレは鉄パイプの先端を虫の足の付根にあてがった。


虫同士の交尾の途中だったらしくすんなりと入りそうだ。


「どうせ、あれだろ……あー、ワタシはナジミだって言うんだろ」


オレの言葉に不思議そうな顔をする。


「……だけどな、オレにはお前が大量の卵を産む害虫にしか見えないんだ」


だから


「証明してくれないか、お前がオレの彼女だって」


オレの言葉に震えながらもゆっくりと首を縦に振った。


静寂。


オレも


ザンシも


誰も、何も言わない。


オレは目をつむった。


ナジミとの思い出は鮮明に思い出せる。


「泣き虫なオレを励ますためにナジミがよく連れて行ってくれた場所はどこだ?」


夜の静けさが広がる。


数秒が経った後、震えた声で回答が返ってきた。


「……私の、家?」


「家に上がったのは今日が初めてだよ」


ナジミとの思い出が一つ消滅するのが分かった。


オレは一匹の害虫のオスを拳サイズになるまで圧縮した。


そして、鉄パイプをメモリ分奥に進める。


ルールが分かったのかオスが騒ぎ始めた。


「間違えてんじゃねぇぞ!オイコラ」


「脳みそ、頭についてんのか」


ドンッ


オレが床を蹴るとシンと静かになった。


次だ。


ナジミとの思い出は、まだまだ残っている。


「ナジミの誕生日、オレがはじめて渡したものは何だ?」


涙を流しながらも懸命に回答を思い出している様子。


しかし、数分待っても口を開かない。


オレはチラりと床に落ちている、金属の指輪を見た。


随分と乱雑に扱われているらしい。


「そ、その指輪だろ。今見た!お前が渡したんだ」


「お前が答えてんじゃねぇよ」


ナジミとの思い出が一つ消滅するのが分かった。


オレは教皇の魔導書をカバンから取り出し壁に近づくと


一匹の害虫に触れ、意識を集中させた。


一瞬の光。


その後、害虫は羽虫へと姿を変え何処かに飛んでいった。


元の位置に戻るとメモリを進めた。


次だ


……ナジミとの思い出はまだ、ある。


「村を一望できる丘の樹の下で……ナジミはオレに告白してくれたよな。何て言って告白してくれたっけ?」


一年ほど前の出来事。


花が咲く樹の下。


美しい風景。


ナジミの照れた表情。


「ワタシ、そんなの覚えてないよ」


その記憶にヒビが入る。


ナジミとの思い出が一つ消滅するのが分かった。


「や、やめろ……!来るなッ」


震えるオスの体の部位を6つに切り分けた。


体液があたりに飛び散る。


これで、オスの害虫はいなくなった。


そして、またメモリを進めた。


しかし、今度は途中で止まって入らない。


何度か試してみたが、押し戻される。


それなら


「」


ザンシの声が聞き取れないほどの高音でオレの脳を揺らした。


こうなってしまえばただのノイズでしかない。


「なら、代案だ」


オレはヤンから受け取った虫の入ったケースを開けると


鉄パイプの反対側


空洞の部分に虫を注ぎ込んだ。


ほとんどは床に落ち、メスの体の上を這い回った。


かん高い悲鳴が響く。


泣き声。


嗚咽。


このままでは話にならないので数分待つことにした。


「……ハぁ、はぁ」


息は整ったようだ。


「次で最後だ」


オレの言葉に狼狽した様子をみせる。


「こ、ここにはもうユーキを傷つけた連中はいないじゃない」


まだ、わからない


わからないけど


「ここにいるかもしれない」


オレは仰向けになっているメスの胸をトントンと叩いた。


眼を閉じる。


もはやナジミの顔を思い出すこともできない。


思い出すのは旅の記憶。


辛い旅を支えてくれた『あの言葉』。


「旅に出る当日、ナジミがオレに送ってくれた言葉は?」


「……セッシと仲良くね、とか?」


その言葉に天井を見上げた。


ザンシが放っていた騒音が消え、世界がクリアになった。


今は世界の構造をとてもシンプルに感じる。


部屋には男の死体。


目の前には全裸のナジミ。


オレは落ちていたペンを拾い


ナジミの胸の中心に画用紙に書くようにマルを描いた。


「不正解」


言葉と共に鉄パイプを蹴り上げた。


肉を裂く音と同時にナジミの内側から円柱状の枝が突き出る。


枝の先から黒い虫が這い出るとキシキシと音を立て一面に広がった。


「……」


赤ん坊の泣き声が聞こえた。


大人の絶叫に眼が覚めてしまったらしい。


オレは部屋の隅にいる赤ん坊をじっと見つめた。



外は土砂降りの雨。


数メートルどころか


1メートル先も視認できない。


「……」


ザンシの声は聞こえない。


もう二度と聞こえることはないだろう。


残るは一人。


例え、両の眼をくり抜いて謝罪しようが


オレの復讐は止まらない。

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