17.勇者良心が消滅する(上)

17.勇者良心が消滅する(上)


「……よし」


オレはセッシの名前に丸を付ける。


最終確認は済んだ。


計画は大詰め、残る標的はあと一人である。


「最後の一人なら丸を付けなくてもいいのでは無いですか」


「雰囲気だよ、雰囲気」


ザンシの言葉を受け流した。


オレがアエロプラノを訪れて七日が経過した。


ここは街の監視カメラの映像を一望できるモニター室。


セッシは四日前に魔王城へ向け出発している。


オレもいい加減、向き合わないといけない。


「今日、出発するのか?」


「ああ、世話になった」


振り向かなくても分かる。


ヤンの声だ。


「勝手に来て、勝手に出ていくんだな。まぁ、あの賢者のことは任せろ。アイツは先代のカタキ。俺が責任をもって一生面倒をみてやるよ」


「……助かる」


ヤンとはこの数日いろいろな話をした。


ヤン自身、自分がギャングのボスには力不足であることを理解しているらしく


自分に足りないモノを埋めようとオレの事を色々と聞いてきたのだ。


答えたくない質問もあった。


しかし、衣食住の恩義がある以上、嘘をつくこともできなかった。


オレは画用紙を丸めるとカバンに詰め込んだ。


二日休んだからか体調がいい、筋肉も大部分が回復している。


これも勇者の加護なのだろうか。


忘れ物がないかを確認してからヤンの隣を通り過ぎた。


「おい、忘れ物だ」


ヤンが虫の入ったケースを投げてよこした。


「転移魔法だったんだろ」


言葉の意味がわからず一瞬混乱した


が、すぐに思い至る。


「手品の種明かしをするなんて無粋なマネはしない」


マジシャンだからな


オレが言うとヤンは笑った。


出発の時間だ。


「わざわざ、夜に出発しなくてもいいんじゃないのか?もう一日くらい泊まっていってもいいんだぜ」


「……必要ないよ」


カバンを担ぎなおし、ポケットに入ったままの手紙の輪郭を撫でた。


「魔王を倒した後、王宮に居場所が無かったらウチに来いよ!」


ヤンの声に軽く右手を上げて応答する。


風が強く窓を叩いた。


外は暗く、数メートル先も見えない。


「魔王を倒した後、か……」


オレの呟きは風の音に掻き消された。



暗い。


一瞬世界が終わったのかと思った。


しかし、それも一瞬。


すぐにその闇に懐かしさを感じた。


「街灯のない村ってこんなに暗かったんだな」


ここはオレの出身地。


そして、幼馴染のナジミがいる場所。


変わらない景色。


変わらないニオい。


オレはこの村が嫌いだった。


それを救ってくれたのがナジミだ。


オレはポケットの中でシワクチャになった手紙を取り出した。


/////////////////////////////////////////////////////////////////////


ユーキへ


元気にしていますか。


先日、セッシの子供を出産しました。


わたしのアヤマチは気の迷いでアナタを助けたことです。


ユーキのせいでわたしの人生はとても不幸なものになりました。


旅立ちの夜に告白したことも手紙を書いたことも命令されてのものです。


アナタとは会いたくありません。


二度と村に帰ってこないでください。


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一行読むごとに胸がはりさけそうになる。


それでも、精神と体調が安定した今、改めて読む必要がある。


そんな気がする。


「……」


この手紙を読んだ当初はナジミがセッシと組んでオレを騙していたのだと思った。


しかし、本当にそうなのだろうか。


手紙はセッシに命令されて出したと書かれている。


つまりそれは手紙の内容はセッシが操作できるということだ。


セッシが手紙で自分の弟分に命令を出し、弟分がナジミを脅した。


そう解釈すれば筋が通る。


ナジミの出産も嘘かもしれない。


オレの事を好いていたが脅されて仕方なく嘘の手紙を出したのかもしれない。


「……」


仮に


仮にすべてが本当で、文面通りだったとしても


「ザンシ、オレはナジミと話し合って、納得できれば彼女を許そうと思う」


オレは小さく呟いた。


ナジミの手紙を読んだ時、オレは自分の良心を切り捨てた。


しかし、良心というヤツは簡単には捨てられないらしく


分離した後、あたかも自我を持ったかのように振る舞い


オレの隣でアレコレ文句をつけていたのだ。


「アナタなら分かってくれると思っていました」


ザンシは満足そうに言う。


「どうして、歴代勇者のザンシだなんて名乗ったんだ」


「アナタが自分以外の勇者を善人の象徴だと思っているからです」


「それだとオレが悪い奴みたいじゃないか」


「間違いなく悪い奴だと思います」


「……ふふ」


ザンシの言葉に笑ってしまう。


ちゃんと笑えたのは久しぶりもしれない。


「……さて」


独り芝居はここまでだ。


マホの夢はイケメンに囲まれること。


カーシィの夢は女王になること。


セッシの夢は自分の英雄譚を残すこと。


そして、オレの夢は家族を持つこと。


直視したくなくて随分と遠回りをしてしまった。


「……懐かしいな、ナジミの家」


オレはナジミの家の前にたどり着いた。

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