15.賢者終わる

これは旅の記録。


魔王討伐に出発し、数ヶ月がたったある日の出来事。


「……」


ベッドで眠るセッシ。


その隣、硬い床の上で眠る勇者。


カーシィはそっと勇者の隣に座ると彼の頭を撫でた。


「……ユーキ」


呼びかけるが目覚める様子はない。


カーシィは目をつぶると、勇者がみる夢を悪夢へと変貌させた。


刃を削ったナイフで同じ指の骨を丁寧に10回折る夢。


虫が木の葉を少しずつハむように、胃を侵食する夢。


椅子に縛られたまま、湖に放り込まれる夢。


勇者の顔が苦痛に歪むとカーシィは小さく微笑んだ。


「……」


彼女が取り出したのは注射器。


中には時間をかけて、筋肉を分解する薬物が入っている。


旅の終盤、勇者は魔法の補助無しで剣が振れないほど衰弱していることだろう。


カーシィは注射を終えると静かに部屋をでる。


「また、明日」


勇者の悪夢は終わらない。



カーン!


試合開始を告げるゴングの音が鳴った。


カーシィは意識が覚醒すると現状の理解を最優先した。


タイル床の四角いリング。


目の前の筋肉質な男。


リングを取り囲むように配置された観客席。


カーシィはここが地下闘技場であることを認識する。


観客の品の無い歓声に己の姿を見ると


露出の多い衣装を身にまとっていることに気が付いた。


「ゲスが」


茶番に付き合う必要はない。


カーシィは魔力を放ち、周囲の人間を殺傷しようする。


が、自分の体からカケラ程も魔力を感じない。


初めての感覚。


まるで自分には最初から魔力など無かったような……。


それを好機と見た、対戦相手であろう男が突進してくる。


カーシィは重心の移動にフェイントを挟みながら男を一撃で殴り倒した。


歓声とヤジが巻き起こる。


「何ですか、この茶番は……」


困惑するカーシィをヨソにリングに次の敵が上がる。


二人。


二人の男である。


カーシィは自ら、駆け寄り男の大振りの攻撃をかわした後、強烈なボディブローを叩きこんだ。残った男は前蹴りで失神させる。


次にリングに上がったのは4人。


その次は8人。


その次は16人。


その次は32人。


その次は64人。


広いリングを埋め尽くすように暴力を目的とした集団は数を増した。


「……はぁ、ハぁ」


62人。


合計100人以上の敵を倒したカーシィの息は荒い。


残りは二人。


飛びついてくる男を投げ飛ばそうと、片足を引く。


「……!」


踵が何かにぶつかりカーシィは体勢を崩した。


見ると先ほど倒した男の体に足を取られたのだ。


「げひひ、捕まえたぜぇ」


赤いモヒカンの男はカーシィを掴むと背後に回り羽交い絞めにした。


「やっちまって下さい!兄貴」


兄貴分の男がカーシィのミゾオチに拳を突き刺した。


「ガっはァ!」


思わず体を『く』の字に曲げた。


魔力で強化されていないカーシィの体は一般女性ほどの強度しかない。


一発。


二発。


と執拗に同じ個所を殴られる。


暴れてみるが女性の力では拘束を振り払えない。


「……グ、ぐぅ」


腹に手を当て痛みを堪えたいがソレもかなわない。


「警備の人間に捕まった時はどうなるかと思ったけどよ。美人な女を合法的に殴れるなら都合がいいぜ」


「あッ、ガぁ!」


男の拳はミゾオチから少しずれカーシィの肋骨をかすめた。


これまでとは違う、痛みが広がった。


折れたかもしれない。


「兄貴、コイツの髪いい匂いがしますぜ」


カーシィは背後から聞こえる鼻を鳴らす音に吐き気を感じた。


その時、観客席から声が聞こえた。


「あの、女の人カワイソー」


哀れみや憐憫の声ではない。


格上の人間が格下の人間を見下す嘲笑の声である。


私がカワイソウ?


カーシィは自分とその言葉が上手く結び付かない。


女王になる……私が?


カワイソウ?


「あああああああああああああああああああああ」


ガコ


腕の関節が外れた音がした。


拘束からズルりと抜け落ちる。


「わ、私は、玉座に座るのです。世界の人間を見下ろす立場にッ」


四つん這い。


這うようにしてリングの端にたどり着く。


カーシィは幻覚の玉座に手を伸ばす。


玉座。


それはカーシィの夢の象徴。


しかし、その手は届かない。


目には見えない魔法の壁。


リングの外に出ようとするカーシィの手は魔法の壁に阻まれた。


「お姉さん、逃げちゃダメでしょ」


赤いモヒカンの男がカーシィの腰を掴んだ。


魔法の壁から


玉座からカーシィを引きズリ離した。



オレはカーシィの戦いを見届けた後


気を失ったカーシィを部屋に運んでもらい、椅子に縛り上げた。


指を鳴らすとカーシィは覚醒する。


「……!」


眼に光が戻った瞬間、カーシィがオレを睨んだ。


「もう分かってるだろ?お前は二度と魔法を使えない」


「……ユーキ。ぐぅ!」


下腹部が痛むのか顔を苦痛に歪めた。


彼女の痛みが引くのを数分待つ。


「私を、殺すのですか?」


ポツリと、カーシィは言う。


どう返事をしたものかと考えていると


カーシィの頬を一筋の涙が滑り落ち


セキを切ったようにどっと涙があふれ出した。


「ユーキにした事は……本当に申し訳なかったと思っています。全て私の責任です」


嗚咽で途切れ途切れになりながらも彼女は謝罪する。


「何でもします。命だけは助けてくれませんか」


スガルような彼女の言葉。


オレの返答を不安そうに待っている。


「心が読めないと不便だろう?」


「……はい」


彼女は心底、反省した様子でうつむいた。


カーシィの夢は人の上に立つこと。


観客席から見下ろされ屈辱を味わった彼女の傷心は計り知れない。


「……殺さないよ」


だからオレはそう言った。


オレの言葉から許しを得たと思ったカーシィは一瞬表情を明るくする。


「次にオレが指を鳴らすとカーシィは永遠に自分の意思で体を動かせなくなる」


「は?」


再びカーシィの顔色が曇った。


「意識が無くなるわけじゃない。自分では動かせない体をフカンで見ている状態って言ったらわかりやすいか?」


状況が読み込めないカーシィをヨソにオレが手を叩くと大男が部屋に入ってくる。


鼻をたらした知能に問題のある男。


「紹介するよ。カーシィ、君の旦那さんだ」


カーシィの顔が凍り付く。


この後の展開を想像できたのだろう。


「カーシィの身の回りの世話は旦那さんにやってもらう」


「おで、がんばるど!」


大男が元気に返事をする。


「貧しい生まれながらも誠実に働いている男だ。カーシィには少しもったいないかもしれないな。几帳面で掃除が得意。綺麗好きなカーシィとは相性がいい。」


オレの言葉をカーシィは涙と鼻水でグシャグシャになった顔で聞いていた。


案外、似たもの夫婦なのかもしれない。


「お願いします!私を殺さないでください」


カーシィが悲痛な声を上げた。


永遠に続く肉体の不自由が実質的な死であることを理解したのだろう。


「……」


違うな。


加害者が被害者みたいな顔をしてオレから罰を受けるのは違う気がする。


オレはカーシィとの思い出の軌跡をなぞりながら言葉を選んだ。


「でも、よかったじゃないか。国の女王にはなれなかったけど最期に地下闘技場のアイドルくらいにはなれたんじゃないか?」


オレの言葉にカーシィの表情が嘘のように消えた。


一緒に旅をしていたオレは知っている。


カーシィの逆鱗はいつだってココにある。


「……るな」


「ん?」


「私を愚弄するな!地を這うユーキの分際で私をこんな眼にあわせてタダではすませないぞ。剣を振れなくなった貧者な体で勇者を名乗って恥ずかしくないのか。お前の母親も故郷の恋人もお前と関わってしまったことをとても恥ずかしく思っていただろう!卑怯な臆病者が!恥を知れ!勇者などとは関係なく私はお前のことが嫌いだったんだ。魔王討伐の旅をしているにも関わらずモンスターに情けをかける馬鹿みたいな振る舞いにも、来年には地図から消える村に金を渡して数週間延命される偽善にも!全部全部嫌気がさしていたんだ。お前はどこに行っても嫌われる!誰もお前を愛さ」


パチン


と指を鳴すとカーシィの体からスッと力が抜けた。


美しさもあいまって精巧な人形に見える。


オレは手を伸ばしカーシィの頬に触れた。


触れられる感覚も、苦痛を感じる心も彼女には残っている。


魔法を使えず、体を動かせないだけ。


意識だけが存在する植物人間。


彼女の肉体は彼女の魂を決して逃さない永遠のオリ。


「……」


もう、いいだろう。


カーシィへの復讐は彼女が見下し続けた人間が引き継いでくれる。


オレは立ち上がると大男に微笑み部屋を後にする。


「10人くらい家族をつくるど!オデ甲斐性がないから何人か売っちまうことになるだろーけど!」


無駄にデカイ大男の声を背にオレは呟く。


「お幸せに」

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