14.賢者トラわれる(下)

「先代!勝ってください」


ヤンがモニターに飛びつき叫ぶ。


カーシィは警戒しているようで、老人を観察している。


老人も同じくカーシィの出方を見ていた。


先制するのはカーシィ。


指先から赤、青、黄の光がそれぞれ弧を描くように広がり老人をとらえる、しかし魔力制御を誤ったのか3つ光は老人を通りすぎ夜の闇に吸い込まれた。


魔法を行使したカーシィの爪が灰色に染まった。


石化。


対象の人物が動かした体の部位を石化させる悪魔の魔法である。


魔法を使った老人が目を細めた。


「かなり動いていたのに石化したのは爪先だけ……?」


ヤンが驚くのも無理はない。


カーシィの耐魔力はイカれているとしか形容のしようがない。


もっとも、彼女の信仰対象は神ではない。


彼女が信仰しているのは自分自身。


カーシィは余裕そうな笑みを浮かべながら今度はノーモーションで魔法を放つが光線は老人に届く前に折れ曲がり壁に激突した。


老人は眼で視認した魔法を屈折させ、自分への直撃を避けているようだ。


素早く動けない老人がたどり着いた妙技である。


近づかれない限り負けは無いが……。


オレの予想通りカーシィは魔力で自らの体を浮遊させると、体制をそのままに老人のいる方向へと加速し始めた。


十分に近づけたと判断したのかカーシィは老人の近くで停止。


そして上から見下ろす形で老人に魔法を放った。


赤い爆炎


黒い線が画面を上下し


灰色の煙が映像を覆った。


オレは別のカメラの映像を確認しようとしたが、突風が起こると煙は消え、魔法を行使したであろうカーシィの姿のみが映された。


画面ハジに映る車椅子は鉄くずへと変貌し、近くに人影はない。


映像越しにカーシィが溜息をついたのが分かった。


カーシィの勝利。


一瞬、カメラが揺れた気がした。


違う。


黒い影がカメラを横切ったのだ。


カメラの性能を超えたスピードで動くソレはカーシィの背中に飛びつく。


先ほどの老人である。


爆炎にまぎれて隠れていたのだろう。


「先代、普通に歩けたんですね」


ヤンがボソリと呟く。


その言葉からは安堵と勝利の確信が感じられた。


しかし、カーシィはその場で姿を消すと老人の背後に現れ彼の背中に向けて魔力を放出した。


老人の腹から無数の華が咲く。


腹部から流れる血を受けた華は赤く染まり一層美しく見えた。


「……先代」


ヤンの声を気にせずモニターを観察すると


車椅子の近くで


小さな子供が、親を引っ張って起こそうといるのが見えた。


先ほどの爆炎に巻き込まれた一般人だろう。


カーシィは動いても体が石にならないことを確認してから、子供の頭に指先を向けると氷のツブテを射出した。


直撃。


衝撃に耐えきれなかった頭が大きく吹き飛ぶ。


その小さな丸い頭はコロコロと転がった後、カメラに顔を向けて動きをとめた。


見覚えのある顔。


その凄惨な死に顔は昨日見た泣き顔とも父と再会し安心した顔とも違う。


その子供はオレが助けた少年だった。


カーシィがパクパクと口を動かす。


オレには彼女がカメラ越しに何と言っているかが分かった。


5万点


「最終フェーズだ。計画通りに動け、しばらく賢者は時を止められない」


複数の黒い服の男がカーシィの足元に大量の煙幕を投げた。


カーシィは退屈そうに突風を起こす。


しかし、紫の煙幕は突風に煽られながらも、その場にとどまった。


一人


また一人


さらに一人


煙幕の中にガスマスクを装備した男達が突入する。


しかし、心を読めるカーシィには関係ない。


一人を殴り飛ばし


また一人を蹴り上げ


さらに一人を背負い投げた。


「何だよ……コイツ。化け物じゃないか」


「耐魔の網を上から撃ち込め、絶対に賢者を空に飛ばすな」


オレは伝えるとモニターを見つめた。


煙幕は火に触れれば爆発し、冷気に触れれば超粘着質の液体に変わる特別仕様。


おまけに催眠、催涙の効果がある。


人事は尽くした。


後は黙って待つことしかできない。


永遠に続くと思えた煙の中の乱闘はわずか数秒で幕を閉じた。


音が止み。


煙が晴れる。


最後に立っていたのはガスマスクを装備したハナタレの大男。


カーシィは地面に伏せ、気絶していた。



カーシィの心を読む能力は脅威である。


しかし、旅の中で稀にカーシィが歩行中、人と衝突するのを見たことがあった。


最初は心が読めるのに何故人とぶつかるのか?


と思ったが旅を続ける中でその理由が分かった。


カーシィは知能に不自由がある人間の心が読めないのだ。


濃い煙幕に包まれたカーシィは心を読んで敵の位置を把握するはずだ。


そこに現れる心が読めない、完全ステルスの敵。


勝率は8割くらいを予想していたが


カーシィは思っていたよりも強力だった。


しかし


結果的に勝ったのはオレである。


オレは椅子に縛られ目隠しをされたカーシィの頭を掴んだ。


元仲間に教えなかった魔法が3つある。


その一つが『動くモノを崩壊させる魔法』


もう一つが、『転移魔法』


最後の一つが『洗脳魔法』


マホが喉から手が出るほど欲しがっていたこの魔法は使い勝手が悪い。


簡単な洗脳であれば30分


強力な洗脳であれば1時間近くも頭に手を置いた状態を維持しないといけない。


カーシィは耐魔力が高いので、強力な洗脳をかける場合5時間が必要になる。


長い時間をかける程、より強固で複雑な洗脳が可能だ。


オレは椅子に腰かけ片手で本を読み始めた。


カーシィには強力な洗脳を10周分かける。


彼女が目覚めるのは最低でも50時間後。


カーシィは死ぬまでオレの作ったオリの中で生きる事になる。

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