13.賢者トラわれる(上)

賑やかな喧騒。


芸術家がデザインした美しい街並み。


上流階級を対象にした質の高いサービス。


「ぐあああ。酒が体に染みるぜ」


「飲み過ぎないでください」


時刻は夜。


仲間の補充は早々に完了。


明日の出発に備えてセッシとカーシィは英気を養っていた。


「料理も美味い。サービスも良い。決めたぜカーシィ。全部が終わったらオレはこの街に家と銅像を建てる」


「……町の景観を損ねそうですね、セッシの像は」


「何だよ、仲間選びで勝手しようとした事をまだ怒っているのか?」


カーシィは機嫌が悪いのか、眉間にしわを寄せている。


「セッシに選ばせると男ばかりを連れてくるでしょう」


むさ苦しいのは嫌です。


とカーシィは付け足した。


「補充した二人はカップルなんだろ?微妙な選択だと思うが」


「他は下の下、彼ら二人は下の中だった。それだけです」


カーシィは冷たく言うとグラスの酒を飲んだ。


そこで、セッシはニヤリと笑い、カーシィに質問した。


「じゃあ、オレはどのくらいよ!」


胸を張って体を大きく見せる。


「下の……いえ、中の下くらいです」


「はは、厳しいな」


カーシィは「ちなみに」、と言葉を付け足す。


「私が一緒に食事をトるのは役割を全うできるマシな人間だけです。あのカップル冒険者を帰したのはそれが理由です」


セッシはカーシィの眼から信頼を感じた気がした。


一瞬の閃光。


観光客の悲鳴。


ガラスの割れる音。


「……!」


セッシは背後からの魔力の圧を感じた瞬間にテーブルの上を転がり、カーシィを抱きかかえると勢いそのままテーブルを引き倒して壁を完成させた。


テーブルに魔法が当たる音が聞こえる。


「この街、最高だな!こんなサービスまであるなんて」


セッシは地面に落ちているナイフを掴むと魔法を放つ黒服の男の眉間に命中させた。


「シャア!頭は5万点」


セッシはカーシィの方を振り向く。


「点数分だけ胴元に換金してもらわなくっちゃなぁ、カーシィ!」



そこにカーシィの姿は無かった。


サラわれた?


いや、アイツはそんなヘマをしない。


セッシが思い出すのは先の会話。


『私が一緒に食事をトるのは役割を全うできるマシな人間だけです』


ッチ


「女狐が!『役割を全う』ってオトリになれってことかよ」


セッシはテーブルから飛び出すと黒服の集団に向け突進した。



「このセッシて奴かなりの手練れだな」


「……そうだな」


入念な作戦会議の後、オレは街の全ての監視カメラの映像を一望できるモニター室へとヤンに案内された。


ヤンは理由があるのかモニタールームに居座っている。


オレはカーシィから目を離さない。


カーシィは始めこそセッシの周囲を遠巻きに観察ていたが、しつこく自分を狙ってくる魔法攻撃に作戦を変えたのかセッシと合流しようと移動をはじめた。


「賢者、大通りを進行中、C班迎撃準備」


モニタールームに備え付けられた通信機で命令を出す。


それに応えるようにカーシィの前に黒服の男が立ちふさがった。


黒服の男たちの体に氷の華が咲く。


美しい細工が施された冷血の華。


カーシィの魔法である。


「E班、賢者に耐魔の網を発射」


オレが言うと大通りに面した飲食店の店員、雑貨屋の男、美容専門店の女が


大きな筒を取り出し、カーシィに向けると引き金を引いた。


発射された玉は空気抵抗を受けると網状に広がり三方からカーシィを捕らえた。


「アエロプラノで商売をしてる店は全部ウチの下部組織だからな。こういう事も出来るんだ」


得意げに指を鳴らすヤン。


オレは落下した網を凝視する。


「いや、ダメだな」


網にカーシィの姿がない。


オレは映像を巻き戻したあと再生した。


網にかかる瞬間、コマ落ちのようにカーシィの姿が消えている。


転移魔法?


いや


「時間停止か」


厄介だな。


時間を停止できるのは短時間だけ。


繰り返しの使用は不可。


停止中は攻撃できない。


それくらいの制約は期待できそうだが、自分で試すのは避けたいところだ。


オレは別のモニターに映るカーシィを見つけると指示をだした。


これでセッシとの分断は完了。


「何で先代はお前に魔王討伐を要求したんだ」


モニターから顔を離さず返事をする。


「今日で組織が半壊するからだろ」


「は?」


「セッシとカーシィが相手だからな。組織は半壊して兵力と資金力を失くす。魔王との会談の席にボスであるヤンが着いた時に交渉力も交渉材料もないんじゃ殺されて終わりだろう」


「マジで?」


オレは首を縦に振った。


「お前と契約するべきじゃなかった」


「……説教なんてしないけどアレはヤンがマヌケだった。それにオレが敵になった場合、半壊では終わらせないからな」


モニターに映るカーシィが動きを止めた。


臨戦態勢。


今日初めての警戒を見せる。


キィ、キィ、キィ


と音を立て車椅子の老人が道をふさいだ。


ギャングの先代ボスである。


オレの予想では、あの老人は魔王幹部くらいの強さを持っている。


孤立したカーシィを叩くのが彼の役目だ。

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