12.勇者ギャングと交渉する(下)

手品?


ヤンの疑問符が消えない内に勇者は言葉を続けた。


「そこのお姉さん、ご協力をお願いします」


勇者は壁際で待機している女を指さす。


女はヤンの顔をチラリと見たがヤンは勇者から目を離さない。


ソレを「誘いに乗れ」と受け取った女幹部は勇者に近寄った。


ケースから聞こえるキシキシという音に警戒してか、その足取りは重い。


ガシリッ


と勇者が彼女の手首をつかんだ。


そして、もう片方の手をカバンに入れ何かに触れている。


ヤンの角度からは触れている物が本に見えた。


「ちょっと、離しなさい!」


女が叫ぶ。


「はい、さーん、にー、いち」


勇者のカウントダウンにヤンは息をのんだ。


一瞬の閃光。


女の体を中心とした発光である。


ヤンの眼が光りでくらみ、真っ白な世界が広がった。


白い世界の中で疑問が浮かぶ。


これは勇者が奇襲の為に仕掛けた罠ではないのか?


その可能性に体を硬直させていると視界がクリアになった。


自分の体や先代に異常がないことを確認し勇者をニラみ付ける。


そこで全員が気が付いた。


女が部屋から消えていることに。


静寂。


部屋にはケースから聞こえるキシキシという音だけが響く。


たまらず沈黙を破ったのはヤンである。


「女をどこにやりやがった!あと、そのケースは何なんだよ」


ヤンの声は明らかに狼狽している。


「マジックはまだ終わってない」


勇者は言うとケースの遮光用の布を取り払った。


虫。


虫である。


大量の虫がケースの中をウゴメいていた。


ヤンはその種を特定しようと眼をコらした。


長い触覚。


折りたたまれた羽。


黒光りする胴体。


同種である仲間にすら喰いつく雑食性。


ヤンはどこにでもいるその害虫を知っていた。


「だからなんだよ」


少し驚いたが、群れた害虫にヒルむヤンではない。


勇者は先ほどまで女の手を握っていた手を少し開いた。


その手にはケース内の虫と同種の虫が握られていた。


「は?」


思わず声が漏れた。


勇者はいつ、虫をケースから取り出した?


最初から持っていた?


女が眩しい光に包まれた時?


いくつもの疑問が浮かび一つの答えにたどり着く。


勇者に握られた虫がヤンをチラリと見た。


先ほどとは違い今度は眼が合った。


「はい、ドーン」


勇者はケースの蓋を開けると握っていた虫を放り込んだ。


そして、蓋を閉め丁寧に遮光用の布をケースに巻き付ける。


思考が現実に追いつかない。


部屋には先ほどよりも激しい虫のウゴメく音が響く。


キシキシと


ギシギシと


ケースの中が見えない分、想像力を掻き立てられる。


あたかも自分の体を虫が這い回っているような錯覚。


勇者はショーを終えたマジシャンのように得意気な顔した後、何かを思い出したように一言付け加えた。


「オレが持ってきた虫……全部、オスなんだよな」


絶句。


言葉を失うとはこの事だった。


「はい、3日後に虫の数が増えるというマジックでした」


勇者がケースをコチラに突き出した。


「ひい!」


ヤンは椅子から転がり落ちた。


オレが前にしているのは人の皮を被った悪魔である。


でなければ笑顔でこんな事できるわけがない。


震えながらヤンは思う。


「もうよい!」


老人の声が響いた。


ヤンの肩に先代の手が触れた。


「ヤン、お前に落ち度は無い。この男は悪鬼羅刹のタグイ」


勇者は黙ってこちらを見ている。


ヤンは先代が勇者を警戒した理由が分かった。


禍々しいオーラ。


この世全ての憎悪を一身に引き受けたようなエグみが勇者にはある。


「交渉がしたい」


数分前と一切変わらないトーンで勇者が言った。


主導権は完全に勇者にある。


先代は勇者から目を離さず、魔法の契約書を取り出した。


「数時間後に街に来る賢者カーシィを捕獲してほしい」


「了承した」


「その間、街の監視カメラの映像をリアルタイムで見れる場所にいたい」


「了承した」


「地下闘技場も私用で使うかもしれない」


「了承した」


代わりに、と先代が切り返した。


「魔王はお前が必ず討つと誓え」


勇者は少しだけ目を大きくした後、うなづいた。


「オレは10日以内に魔王を殺す。代わりにアンタ等はカーシィの捕獲に協力し監視カメラの映像を提供。加えて、地下闘技場の一部使用権を譲渡」


繰り返し繰り返し、自分の利益と不利益を計算する勇者。


そして。


勇者と先代が契約書にサインした。


「死人を減らす為に用意したい人間がいるんだけど」


「その前に計画を話すがいい、時間がない」


これから始まる死闘を感じさせない悪人どうしの淡々とした会話。


ヤンは自分がこの先、何年、何十年生きようとも二人の高みに自分が踏み込むことが無いことを確信した。

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