10.勇者準備をする

「お疲れのようですね」


「そうだな」


オレはザンシに軽く返事をすると、小型撮影機をカバンにしまった。


以前、カーシィが持っていた撮影機より高級なモノだ。


「観光してきたんですか」


「そんなところ」


転移魔法で移動したことで周囲から注目をアびていないか確認を行う。


街の入口近くだが、夜ということもあってヒトケはない。


ここは魔王城の二つ前にある大きな街


『アエロプラノ』


この街の安全は人間が魔王に資金や情報を提供することで確保されている。


違法な薬物の取引にギャンブル、噂では地下闘技場があるとか。


「表向きは普通の栄えた街に見えるんだけどな」


賑やかな商店街。


街灯やカジノから伸びるライトの光。


酔っぱらい、笑顔で道を歩く男女の集団。


「魔王城近くの街なのに賑やかですね」


「金持ちが金を落としてくれるからな」


非日常を求めアエロプラノを訪れる富豪。


カジノ、風俗、闘技場はその欲望を満たすにはもってこいの場所なのだろう。


そうやって巻き上げた金の数割を国王への税に、さらに数割を魔王への賄賂に使っているのだ。


国王はお人好しの善人だが、アエロプラノを摘発しないのはそれだけ納められている税が高額ということなのだろう。


「ひっ、ひぃ……助けてくれ」


男がオレに近寄ってくる。


見ると既に数発殴られているのか顔が赤黒い。


「おい、兄ちゃん。……邪魔しようってんなら分かってるだろうな?」


遅れて路地裏から二人の若い男が姿を現す。


ジャケットも羽織っていないところを見るに


カジノでジャケットまで賭けて敗北、資金調達にカツアゲと言ったところだろう。


「兄貴を怒らせたら大変なことになるぞ!」


弟分であろう赤いモヒカンの男が低い声を出す。


セッシとカーシィがこの街に到着するのは明日の夜。


出来れば目立ちたくない。


オレが「どうしたものか」と考えていると警備の人間が来たようで


アっと言う間に強力な拘束魔法で二人の体の動きを封じた。


「ご協力感謝します」


何もしてないんだが……。


警備の人とカツアゲ被害者の男性に軽く会釈をしその場を離れた。


「善行は人生を豊かにします」


「……何もしてないって」


ゲンナリしながら、歩いていると目当ての店を発見する。


「何のお店ですか?」


「んー、変わった食材の店かな」


商店に入る。


オレは店番の男に必要なモノを伝えた。


「あいよ!」


ソレはすぐに見つかったようで会計の机に置かれる。


小さな生物を飼うのにちょうど良いサイズのケース。


「何ですかソレ」


「明日、使うかもしれないモノ」


オレは言うとケースに巻かれている遮光用の布をずらし中を確認する。


「これ、全部オスだよね?」


「あいよ!ご注文通り」


オレは満足そうに笑むと、教皇からクスねた金で支払いを済ませた。


「ありがとうございヤした!」


キップのいい店主の声を背に受けながら店をあとにする。


買い物はこんなところだろう。


オレは教皇からクスねたもう一つの品、教皇の魔術書をチラリと見る。


ザッと中を確認したが、オレに必要そうな魔法は一つしかなかった。


宿屋を探すか。


そう思った時、子供泣き声が聞こえた。


10歳にも見えない年齢の少年。


親とはぐれたのか不安そうに行ったり来たりを繰り返している。


すぐ近く。


目の前、数メートルの位置。


「助けましょう」


嫌。


自分には関係ない、そう思い通りすぎようとした。


「その子を助けてくれれば3日は復讐に口出ししません」


「本当だろうな」


オレは子供に向きおなる。


整った身なり。


痩せていない体。


裕福な家の子供であることが分かる。


少年にはザンシの声が聞こえていないのだろう。


一人で問答をするオレを不審に思ったのか一歩後ずさった。


「この街には警備の人間を統括しているアツマリがある。そこまで行けば安全だ」


オレは少年にそう言うと、事前に記憶した街の地図を脳内に広げ歩きはじめた。


少年は怯えた様子で後ろを着いてくる。


どうしてオレがこんなことを。


そう思うが、カーシィとの戦闘中にザンシが大音量で話しかけてくれば間違いなく戦いの妨げになる。


ここは従うのが吉だろう。


そう思ってしばらく歩いていると少年が


「パパ!」


と言って走り出した。


見ると先程のカツアゲ被害者の男である。


親子の再会。


少年は安心しきった様子で顔を弛緩させた。


「いいことをすると気持ちがいいでしょう」


「約束を忘れるなよ」


ザンシに言った。


何度も、何度もコチラに向かって頭を下げる親子。


オレは二人に背を向け反対方向に歩き始めた。


休める場所を探さなくては。


「もちろん約束は守ります。私は歴代勇者のザンシですから」


「あっそ」


その話も眉唾である。


「ですが、アナタはもっと優しくあるべきです」


ザンシは一層優しい声で言う。


「優しくあれば……。皆から愛される勇者になれるでしょう」


その言葉に、オレは歩みを止めた。


「ザンシ。お前、もしかして……」


オレの頭に、一つの可能性が浮上する。



「どうでもいいか」


すぐに振り払った。


仮にそうだとしても、復讐になんの支障もない。


オレは暗い路地を抜け、ひと気のない宿泊施設を探す。


「カーシィの捕獲は明日だ」


郊外には街灯がなく、巨大な建物のライトも届かない。


夜の闇がオレの体を包み込んだ。

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