9.勇者ウさ晴らしをする(下)

そこからは地獄絵図だった。


一歩進んで嗚咽。


二歩進んで悲鳴。


三歩進んで絶叫。


中には一歩も動けない者もいた。


当然だろう、と教皇は思う。


各地に点在する修道士ならばともかく本部にいるのは賄賂等の不正を行い醜い出世競争を勝ち抜いた者ばかりなのである。


「ぐああああああああああああああああああ!!」


彼らに信仰心などあるはずがない。


教会の鐘は悪しきチカラを退ける。


それは悪魔の魔法も例外ではない。


一定周囲に影響を与える勇者の魔法はがくんと発動率がさがっているはずだ。


7日に1度教会に通い、祈りを捧げる信仰心があればほぼゼロパーセントになるほどに。


勇者はつまらなさそうに倒れた修道士を見たあと教皇に視線を移した。


「最後はアンタだ」


『修道士を殺してタダで済むと思っているのですか?アナタは間違いなく地獄に落ちます』


教皇の言葉に勇者は心底、不思議そうな様子で言った。


「ここに修道士はいなかった」


勇者は両の手を広げてみせた。


その背後にはドアから差す光に遠く及ばなかった男女の死体が転がっている。


教皇は息を飲んだ。


以前の彼はモンスターを殺したことを真剣に懺悔するような青年だった。


そんな彼が今は平気な顔で何人もの人間を殺して見せているのだ。


『取引をしましょう』


「取引?」


勇者の笑みから教皇は光明を感じる。


『アナタにかけた呪いを解呪します』


勇者の身には未だ呪いのアトがある。


呪いの解呪をチラつかせれば自身の安全を確保できると思ったのだ。


「んー、そうだな」


勇者はもったいぶった様子で教皇の顔を至近距離で見つめる。


呪いをかけられた者が術者を直接、殺した場合その呪いは解呪不可能になる。


教皇の呪いはまさにコレに当てはまる。


呪いを複数解呪した勇者がソレを知らないはずがない。


「自信がないのか?信仰心の」


『私が教皇に選ばれたのは17歳の時。誰よりも信仰は厚いです』


「教会での出世の早さと信仰心は比例しないと思うけど」


勇者は出口を指さす。


「じゃあ、試してみれば」


外は明るく、トビラの外の光が救済の光に見える。


『私が救いたいのはアナタです』


教皇は真剣な眼差しで勇者をみつめる。


耐魔力がいくら高くとも、サイコロの出目が悪ければ即死なのだ。


自分の命を賭けるのはあくまで最終手段である。


正攻法ではなく、人の弱みにつけ込む。


彼女が若いながらも教皇に選ばれたのは故郷の教会の鐘を破壊し


村をモンスターに襲わせることで悲劇のヒロインを演じたからである。


その結果、彼女は大都市の教会を任され


その数年後に信者から騙し取った金で本部職員のイスを手にしたのだ。


人の心は弱い。


曖昧な道徳よりも目の前の利を優先する。


少なくとも教皇はそう信じている。


だからこそ


「解呪の必要はないから、さっさと歩けよ」


「え?」


勇者がそう言った時、思わず声が漏れた。


勇者の眼は冷たく、それ以上の問答を許さない。


教皇は13回目となる自身にかけられた崩壊の魔法の解除を試みる。


何度もそうだったように、今回も失敗した。


解除を妨げるのは術者の激しい憎悪の心。


教皇には勇者の黒いオーラが亡者の姿に見える。


これまで教皇が陥れてきた人々のナレハテ。


彼らが教皇を手招きしているように思えた。


教皇は一言だけ勇者に告げる。


『神に許しをこい、十字架に祈りなさい』


自分も命をかけるしかない。


教皇は決意した。


瞬間、教皇が身をよじり袖から取り出した杖を勇者に向ける。


『死ねええええええええ!!』


始まりの悪魔が使ったとされる絶対の空間破壊魔法。


その最大出力を勇者に向けて放つ。


『チッ』


しかし、動いた反動で杖を持つ腕がネジ切れる。


あらぬ方向を向いた杖から発射された魔法が勇者の遥か上方を通り過ぎ、教会の鐘に衝突した。


教会の鐘は悪しきチカラを退ける。


勇者の範囲タイプの魔法はその発動率を下げ


教皇の悪魔の魔力が鐘に直撃した場合、術者本人に魔法を跳ね返す。


「は?」


教皇の魔法が直撃した鐘はその力を吸収したかと思うと教皇に跳ね返した。


「くそがああああああああああああああああ!!」


全力の咆哮。


渾身の魔法防御壁。


魔道図書館で何倍にも底上げされた全身全霊の魔力をこめる。


「邪魔だああああああ!」


教皇は片腕がない状態で反射した魔法を後ろに弾いた。


バスン


後方で空間がエグれた音がした。


振り返ると十字架の根本の空間が破壊され教皇のいる方へ傾き始めた。


教皇は走り出す。


一歩、耳が取れる。


二歩、指が弾ける。


三歩、腹がエグれる。


四歩、背中から十字架に潰される。


その光景を見て勇者はウンウンと頷いた。


「十字架は祈るものじゃない、背負うものだ。そう言いたいんだよな教皇」


勇者は「オレもそう思うよ」と言うと教会の椅子に腰かける。


ゴーン


ゴーン


ゴーン


教会に鐘の音が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る