8.勇者ウさ晴らしをする(上)

「次に狙うのはカーシィだ」


オレは画用紙のカーシィの名前に大きく丸印をつけた。


ザンシは呆れた様子で溜息をつく。


「どうしても許せない理由があるんですか?」


「カーシィには嫌な役目を押し付けられてきたからな」


戦闘で敵の攻撃をヒきつける役


貧しい村へのモンスター討伐の代金請求


害の無いモンスターが住む巣の破壊


数えればキリがない。


「どれも誰かがやらねばならないことでしょう」


それがカーシィの陰湿なところだ。


追及された時、不利にならないような嫌がらせを目の前で行い


裏では滅多にバレないような最低な悪事をはたらく。


カーシィから受けた仕打ちを思い出すと気が滅入る。


オレは一度、溜息をつくと話を続けた。


「カーシィを狙うのはセッシが最後で固定だからだ」


マホは馬鹿で警戒心が薄いからはじめに


セッシへの復讐は奴が仲間を失った後に


消去法でカーシィが二番目になる。


もっとも、恨みの強さの順で復讐を実行するならばセッシが1番目だが。


「約束してください。彼らが心から謝罪すれば、許すと」


「ふん」


ザンシの言葉を鼻で笑う。


ん?


そんな聖職者のような言葉を以前聞いた気がする。


数秒かけて記憶の糸をたぐりよせ


オレに呪いをかけた教皇のことを思い出した。


『鍛錬を積んでも能力が上昇しなくなる呪い』


教会最上位の修道士である教皇が自ら施したその呪いは


現在もオレの体を蝕んでいる。


「どうせ、カーシィの差し金だったんだろう」


当時は、教皇様にも何か考えがあるのだろうと考えていた。


しかし、今にして思えば呪いはタダの呪いである。


この呪いが無ければ、ゴブリンと組まずとも


真っ向からマホに勝負を挑むことができたはずだ。


「野暮用を思い出した」


オレはそう言うと転移魔法を起動する。


「平等に仕返しをしないと、地獄のマホに怒られるもんな」



天から神罰が降って来た。


そう錯覚するような轟音と共にその男は教会に現れた。


「教皇さま!」


教皇に駆け寄ろうとした修道女の体が砂細工のように崩壊する。


「……!」


瞬時に教皇は魔力で教会内にいる者の心に呼びかける。


『ピクリとも動いてはいけません。体が崩れます』


魔力が伝わったのか、修道士達はその場に立ったままピクリとも動かない。


教皇はこの魔法を知っている。


先代勇者が打ち倒した悪魔の魔法。


一部の者のみが立ち入りを許される魔道図書館で得た知識だ。


大陸最高峰の高さを誇る山脈に存在する教会本部。


27歳という若さで教会のトップに上り詰めた彼女の知識は広く深い。


「いやあ、お久しぶり。教皇」


教会の中とは思えない無礼な態度で青年が言う。


『……勇者ユーキ』


教皇は戦慄した。


その青年が以前、賢者に依頼され呪いを施した相手だったからである。


教皇が施した呪いは3つ。


『体が衰弱し動けなくなる呪い』


『神々からの祝福を消し去り、運勢が最悪になる呪い』


『鍛錬を積んでも能力が上昇しなくなる呪い』


特に鍛錬の効果を打ち消す呪いには絶対の自信があった。


3つ合わせれば7日待たず死に至るほどの呪いである。


なぜ勇者が生存しているのか?


勇者の耐魔力が著しく高い


もしくは、自力で呪いを解呪した


あるいはその両方。


「この魔法を知ってるなんて珍しいな」


勇者から放たれる禍々しいオーラを観て確信する。


二つの呪いが解呪され最も自信のあった呪いですら


半分ほどしか効果を与えられていないことを。


「魔法って不思議だよな。術者の出力や対象の耐魔力によって効果が変わる」


勇者はそういうと、教会の出口まで歩き扉を開いた。


「ゲームをしよう」


勇者は新しい遊びを思いついた子供のような顔でそう言うとルールを説明した。


「アンタ方に問われるのは運と信仰だ」


運?


信仰?


教皇の頭に疑問符が浮かぶ。


「熱心な修道士ほど耐魔力は高いと言われている。ケイケンな信徒である教会本部の修道士であればそれはもう高い能力ということになるんだろうな」


それは事実である。


神を信じる者や何かを信仰している者は、高い耐魔力を持つことが多い。


「そこのアンタ、一歩進め」


指をさされた修道士の顔が絶望に染まる。


「自分は無関係とでも思っていたのか?教会の設置を条件に貧しい村からも強制的に寄付金を集めている教会本部の人間がクロじゃないとでも?」


モンスターが村を襲わないのは神聖な鐘が教会に設置されているからだ。


寄付金がない村からは教会そのものが撤収される。


勇者はそんな村をいくつも見てきたのだろう。


彼は薄汚い罪人を見るような眼で修道士をニラんだ。


その剣幕に押されるように修道士は体を震わせながら歩を踏み出す。


ズルリッ


と足がふくらはぎの辺りで切断され、修道士の体制が崩れた。


「痛いいいいいいいいいいい!!」


叫び、悶える修道士の体は徐々に崩れ


最後には肉の塊が残った。


「一歩も進めないのかよ、じゃあ次」


勇者は肥満気味の修道女を指さした。


修道女は一言「神よ」と呟くと一歩を踏み出す。


彼女の体は……


崩壊しなかった。


「この通り、聖職者として正しい在り方をしていれば高い耐魔力を持ち。反対に金銭の獲得ばかりを趣旨とした者は低い耐魔力しか持たず死ぬことになる」


オレの魔法の出力も弱めているしな


勇者はそう付け足すと不思議そうに一歩進んだ修道女に尋ねる。


「何を安心しているんだ、出口まであと50歩はあるが?」


修道女の顔が真っ青になった。


一歩進むごとに


信仰心が強いと低い確率で


信仰心が弱いと高い確率で


体の崩壊が起こる。


この修道女の体が崩壊したのは3歩進んだ時であった。


「じゃあ、次」


勇者は顔を修道女の血で赤く染めながら微笑んだ。

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