7.元仲間モメる

薄暗い夜道をカーシィは進む。


人通りが少ない為か、風が抜けて肌寒い。


ここはキングゴブリンの巣から、そう遠くない街。


「……」


カーシィは美しい顔を不愉快そうに歪めている。


彼女の足取りは重い。


仲間の一人である魔法使いのマホが消えてしまったからだ。


ドスン


避ける方向が重なり人と衝突する。


「ッチ」


カーシィは露骨に舌打ちをした後、相手をにらみ付けた。


「あぁ」


ボロ服をマトった呆けた顔の男。


「気狂いですか」


ヒトサシ指をクイと上に向け、カーシィは魔力で男を天高く打ち上げた。


「……ゴミ掃除がなってないですね」


だんだん遠く、小さくなっていく男の滑稽な悲鳴に


溜飲が下がることを期待したが、高潮のような怒りは静まる気配がない。


カーシィはマホの単独行動に反対だった。


にも関わらずマホは


「もしかして、ユーキ相手にビビってるの?」


とカーシィを相手にしなかったのだ。


「馬鹿にバカにされるのが一番ハラがたちます」


カーシィは世界中の人間を下に見ている。


それは仲間のマホだろうと同じことである。


カーシィの頭にふと


『群れを離れた草食動物は肉食動物の狩りの対象になる』


という言葉が思い浮かんだ。


が、すぐにその言葉を振り払う。


「私が草食動物?ありえないです」


自分は魔王を撃破した褒美に女王になるのだ。


狩られる側ではなく遥か高みから愚者を見下ろす立場に。


そこは食物連鎖から切り離された絶対の聖域。


カーシィは玉座に座る未来の自分を想像したが、そのイメージに薄暗い霧がかかっていることに気が付いた。


掴みかけた夢が己の手を離れていく感触。


「ッチ」


カーシィはもう一度舌打ちをした後


宿屋のドアを開くと早足で部屋に戻った。


「どうだった?」


セッシの問いかけにカーシィは無言で首を振る。


「クソがッ!」


激高したセッシがイスを蹴り上げた。


その衝撃でイスがバラバラに砕ける。


「ここは私が借りた部屋です。モノを壊さないでください」


自分より怒りのボルテージが高いセッシを見て少しだけ冷静さを取り戻した。


たまには低能も役に立つ


と、内心カーシィは馬鹿にしたように笑った。


「これが冷静でいられるか!マホの身に、もしもの事があったら……」


セッシは感情の高まりに体を震わせる。


「魔法でしか倒せない敵を誰が倒すんだよ!」


今度は壁を殴った。


流石に手加減という言葉は知っているのか、壁に大事はない。


安心した。


宿屋で壁越しの近所付き合いなど御免である。


セッシは興奮覚めやらぬ様子でマホの私物を踏みつけている。


彼女の予備の杖が音を立てて折れる。


売却すれば、一軒家が建つ値のする杖だというのに


平常時の冷静さを取り戻したカーシィは落ち着いた声でセッシに語りかける。


「私にも攻撃魔法の心得くらいはあります」


「回復魔法と攻撃魔法の両方を担当するってのか?」


「消えた単細胞魔法使いにすら劣るでしょうが、仲間を募集しましょう」


二人の間に沈黙が流れる。


魔王討伐という目的に暗雲が立ち込め始めた。


魔王は強力な存在である。


武力はセッシの上を


魔力はカーシィの上を行く。


二人の算段では、途中の人里で適当に仲間を募りその者を肉の盾としながら


セッシとマホの攻撃で魔王を撃破するつもりだった。


問題は仲間内で最大火力を出せるマホがいなくなったことだ。


セッシは「あー、くそ」と面倒くさそうな様子で天井を見上げる。


「これは、ユーキが殺ったって認識でいいんだよな」


「……断定はできませんが、おそらく」


二人は数日間、マホを捜索していた。


カーシィは魔法占いを頼りにしていたのだが3日の間、目標を指しシルす針は壊れたコンパスのように斜め下を指すばかりで全くアテにならなかった。


そして、今日ようやく強い反応を観測できたと思えば、東西南北あらゆる方角からマホの存在を検知したのである。


こんなことはマホの体がバラバラに切り刻まれていない限りありえない。


「魔王討伐はハッキリ言って何とかなる」


セッシは落ち着きを取り戻した声で言った。


「問題はユーキだろう。魔将キングオーガとマホを殺ったのが本当にユーキなら、ソイツはもう俺の知ってるユーキじゃない」


今朝の号外紙に


『魔将キングオーガ堕つ』


という特集が組まれていた。


ユーキが勝ったことにも驚いたが


何より驚いたのは写真にうつる凄惨な死体の山である。


殺害を目的としていない過剰な肉体の破壊。


そこからは私怨や鬱憤晴らしのような動機が読み取れた。


……その次の矛先はおそらく


「そうですね。彼の目的は十中八九、元仲間の私たちの殺害」


ニヤリとセッシが口角をあげる。


この男まで単独行動をはじめないだろうか


カーシィは不安になり、セッシの心の声に耳を傾ける。


「……」


セッシは冷静らしく、その心の波は静かである。


彼の気質は戦士というよりも狩人に近い。


誰にも敗北したことがないという自負が彼を狩る側の立場に立たせ、冷静に冷酷に冷徹に相手の勝ちの芽を摘んでいく。


そんなセッシをカーシィは自分の次に信用していた。


「状況をシンプルにしよう」


セッシはドサリと壊れたイスの上に座った。


「イチ、俺達はユーキに狙われている。ニ、万一に備えて仲間を補充する必要がある」


セッシはそこでワザとらしく間をあけた後、ハッキリと言い切った。


「これだけだ。大した問題は何もない。そうだろ、カーシィ」


「……そうですね」


マホの消失。


ユーキの生存。


立て続けに予想外のことが起こり、少し混乱していたのかもしれない。


問題はゼロではないが、対処できないことではない。


冷静になればいくらでも準備できるのだ。


カーシィはセッシに聞かれないように小さく深呼吸をする。


自分でも驚くほど頭が冴えていくのが分かった。


「ユーキが次に狙うのは俺だろうな。アイツの人生は俺にメチャクチャにされたようなモンだから、お前の10倍は恨みを買ってると思うぜ」


「そうですか?、ユーキに恨まれている程度の勝負であれば私に軍配が上がると思いますが」


セッシとカーシィは不敵に微笑んだ。


両者の顔に先ほどまでの動揺の色はない。


「じゃ、俺は部屋に戻る。明日、魔法使いのアホの私物を売ってカスを雇わないといけないからな」


「彼女が隠れて書いていた詩集は値段が付くでしょうか」


「『温泉に行くからカバンを運んでおいて』ってカバンを渡された時にムカついて捨てたよ」


セッシはケタケタと笑いながらドアの向こうへと消えていった。


有事の際、目的を忘れ逃げだすヤカラよりは数倍頼りになる


と、カーシィは思った。


恐らく、ユーキが次に狙うのであればセッシである。


セッシの手前、自分が狙われる可能性が高いとカーシィは言ったが


彼のユーキに対する仕打ちは仲間内でも群を抜いている。


セッシをオトリにユーキを狩れば問題ない。


ドン


と、先ほど空に打ち上げた男性が宿屋の前に突き刺さった。


地面に叩きつけられた衝撃で四肢がもげ、頭部が数メートル吹き飛んだかと思うと道に設置されているゴミ箱に突き刺さりベチョリと音を立てた。


「……ふふ、キレイになった」


カーシィはその様子を窓から眺めながら自分の強さを改めて痛感する。


思い浮かべるのは玉座に座る自分。


今度はその姿を鮮明にイメージできた。

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