6.魔法使い死ぬ

これは旅の記録。


魔王討伐に出発し、数ヶ月がたったある日の出来事。


「おら、ユーキィ!逃げるんじゃないわよ」


悲鳴を上げ四つん這いになって逃げる勇者のベルトを掴み


部屋の中心に引き釣り戻す。


「大丈夫。魔法の実験だから」


そう言うとマホは勇者の腕に手を当て呪文を唱える。


ジュウという音ともに肉の焼ける匂いが部屋に充満する。


「ぐ、ぐあああああああ」


勇者の叫び声を無視し、マホは机の上のポーションをかけた。


勇者の腕の火傷アトが綺麗に消えた。


「やっぱりアトは消えちゃうか」


マホは少し思案したあと火炎魔法の機構を調節する。


「嫌だよ、何でこんなことするんだよ」


尋ねる勇者にマホは一言


「趣味」


とだけ答えた。


部屋には何本、何十本という空になった瓶が転がっている。


「じゃあ、次いくよ」


部屋に勇者の悲鳴が響く。



ドンドンドドン


ドンドンドドン


ドンドンドドン


楽器の音でマホは目を覚ました。


酷い悪臭がする。


ぼんやりする頭で眠りにつく直前の出来事を思い出す。


魔力の泉。


ゴブリンの強襲。


ユーキの姿。


瞬時にマホは立ち上がる。


己が生まれたままの姿であることに気がつく。


恥じらっている暇などない。


マホは周囲の状況をうかがった。


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ドンドンドドン


祭壇のような場所。


地下だろうか、とても空気が薄い。


何匹もの巨大なゴブリンが楽器を演奏しながら円形に踊っている。


玉座の左右にはボロ布のカーテンがあり


チラチラと何かがカーテンの向こうで動いているのが見える。


マホは魔力を練ろうとして、自身に毛ほどのチカラも残されていないことに気がついた。先の戦いで魔力を使い果たしてしまったのだ。


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ひやりと、マホの背中に嫌な汗が流れる。


ゴブリンに雌雄は無い。


というのも、ゴブリンの繁殖は別の生物にタマゴのようなものを


植え着けることで行われるのだ。


その生物の知能や栄養状態が高ければ高いほど強いゴブリンの個体が生まれる。


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ドンドンドドン


カーテンの向こうが一瞬見えた。


マホにはソレが左右に広がる人間の足に見えた。


「おえぇ……ガっは!」


脳が理解を拒否し、嘔吐する。


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ぼとりっとカーテンの向こうから音がして、何かが現れる。


粘液をまとったソレは這うようにして部屋を移動しはじめた。


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ドンドンドドン


マホは背後に王冠をのせたゴブリンがいることに気づく。


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ドンドンドドン


ドンドンドドン



「……ふあぁ」


オレは欠伸をもらした。


マホをゴブリンに渡してから3日が経過していた。


オレは現在、ゴブリンの巣の入り口にいる。


中は暗く、入り組んでいるので祭壇から出口までの道をロープで繋ぎ


息苦しくなると外にでて深呼吸をするのがオレの日課だ。


「気は晴れましたか」


ザンシの声が脳内に響く。


「全然晴れてないよ」


オレは返事をする。


キングゴブリンから「勇者よ命令だ死ね」と言われないように警戒していたのだがどうやらナニかにご執心の様子で祭壇から一歩も出てきていない。


「復讐など意味のないことです」


オレはチラリと腕をみる。


そこには消えない火傷のアトが今も残っている。


爆音。


地底から連続した衝撃が響く。


「一体ナニが」


ザンシの声を打ち消すように水の流れる音が地下から上ってくる。


「魔法の契約をする前に時限式の魔法をセットした」


オレが契約書にサインをする前に周りを見回したのは周囲のゴブリンと


キングゴブリンに強烈な時限魔法を仕掛けていたからである。


一度セットされた時限魔法はオレから切り離され、契約の対象にならない。


「この、水の音は?」


「それも時限魔法だけど、別の意味があるよ」


オレが言うと水の音に混じって別の音が地底から聞こえてくる。


ザッザッと


素足で洞窟の土の上を歩く音である。


その人物はロープを伝いここまで来たようで


モウロウとした眼をしている。


「ようこそ、マホ」


マホはオレの声が聞こえていないのか入り口から外にでようとして


壁にぶつかった。


ガラスのような壁。


「痛い痛い痛いいいいいいいいいいいい!!」


マホは地面に転がる。


俗に言うトラップ床を壁のように設置して入り口を塞いだのである。


触るとダメージがあるタイプのものだ。


「ユーキ……ユーキィィ!!」


鋭い目で全裸のマホがコチラを睨んだ。


意識は覚醒したらしい。


「ザンシ、気は晴れたかと聞いたよな?」


オレは姿のない相手に話しかける。


「オレの気は今、晴れるんだよ」


返事をしないザンシとは対照的にマホはオレを何度も怒鳴りつける。


「開けろおおお!!開けろおおおおおおおおお!!」


手に血が滲むのも気にせず何度も壁を叩く。


当然だろう。


ザーッ。


背後から水がせり上がってきているんだから。


「その水も時限式の転移魔法だよ。産地直送」


「うっせえんだよ!ユーキの分際でぇ!!」


マホは顔を歪めながら壁を叩いた。


その衝撃で全裸の彼女の足元に


ボトリと何か粘液をまとった物体が落ちた。


「おー、マホに似て美人だな」


「殺す!!殺してやる!!!」


マホは助走をとり壁に体当たりを開始する。


走った拍子に粘液をまとった生物が踏み潰され、絶命する。


「あ、イケメンの旦那さんに怒られるんじゃないの?」


「フーッ、フーッ」


怒りで言葉を失ったのかマホが無言でコチラを睨みつける。


水は既に彼女の腰のあたりまで到達していた。


水が排出されるのを壁がセキ止めているからだ。


……さて。


「マホ、オレに何か言うことがあるんじゃないのか?」


「あるわけ……ないでしょ」


その眼光は鋭い。


カーシィやセッシなら嘘でも謝罪するのだがマホは頭が足りないところがある。


だから、最初に彼女を標的に選んだのだが。


壁の小さな空気穴からチョロチョロと水が漏れ始めた。


……もうそんなに水の量が溜まったのか。


マホはシメたとばかりにそこに口をつけ酸素を吸おうとする。


が、その穴はオレが用意したものである。


叩く


ぶつかる


程度の接触であればダメージは一瞬である


しかし、唇をつけて呼吸をする場合はどうか


マホはひょっとこのように唇を突き出し、顔を苦痛に歪めている。


口をつければダメージを負う。


口を離せば空気が吸えない。


絶望のジレンマ。


「くく、あははは、はははははははははハハハ!!!!!」


たまらず笑ってしまう。


無様。


無様じゃないかマホ。


オレの笑い声はマホが完全に溺死するまで続いた。



「時限式の魔法でゴブリンに重症を与え、同じく時限式の魔法で大量の水を転移させた。祭壇から出口までロープを張ったのはマホさんを誘導するためだったんですね」


トラップ壁を解除し、水が引くのを待ってから溺死したマホの死体を巣の外に引きずり出したオレにザンシが声をかける。


「あと、もう一個仕掛けてる」


オレは言うとゴブリンの巣が爆発する。


ガラガラと音を立て巣そのものが崩落した。


万全の状態ならともかくこれで全滅だろう。


最悪、生き残りがいてもどうでもいい。


それは趣旨じゃない。


「約束を違えるのは勇者のすることではありませんよ」


破った覚えはないのだが……。


ドゥル……ゴポ!と音がして


マホの水死体から生命が生まれる。


即、踏み潰した。


コイツは巣で生まれたゴブリンじゃない。


契約の対象外である。


グリグリと足で磨り潰しながら自分なりの言い訳をザンシに伝えた。


「だって、クセぇじゃん。こいつら」

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