4.勇者ゴブリンと交渉する

「パーティと合流して、早急に魔王を討つべきです」


「嫌」


「魔王の軍勢が人々を苦しめているのですよ」


「今は他人の事とかどうでもいい……ん?」


オレは声が自分の頭の中に響いていることに気がついた。


周りには人間はもちろんモンスターもいない。


頭がバカになってしまったのだろうか?


「ワタシは歴代勇者が残したチカラのザンシです」


「ザンシねぇ……」


うさんくさい話だが、害が無いならそれでいい。


ここは、森の廃屋。


誰にも見つかる心配はない。


オレは大きな画用紙に向き直り、仕上げに大きな丸をつける。


丸印をつけられた場所には魔法使いのマホの名前がある。


「最初に殺すのはマホだ」


「どうしてですか?」


「オレは強いが、あの三人を同時に相手にすると負ける可能性が高い」


だから、一人ずつ孤立したところを削る。


ザンシは「殺す必要などないという意味だったのですが」と呆れたように言う。


オレは構わず続ける。


「心が読める上にカーシィは用心深い」


オレは画用紙のカーシィの名前を指差した。


「セッシは戦いの勘がズバ抜けているし、耐魔力の鎧を装備している」


セッシの名前に指をスライドさせる。


「マホは広範囲の魔法威力は高いが、単独行動が多い」


狙うならマホだ。


オレは指でマホの名前を弾いた。


1年近く4人で旅をしてきた。


だが、マホの使える魔法を全て把握している訳ではない。


あの3人に警戒される前にマホを殺しておきたい。


「ワタシは心配です」


「問題ないよ。計画はもう完成している」


オレは言うと画用紙を丸め、どうぐ袋に入れた。


元仲間に教えなかった魔法が3つある。


その一つが『動くモノを崩壊させる魔法』


もう一つに、転移魔法がある。


転移魔法を使えば魔王討伐の効率はグンと上がっただろう。


だが、以前のオレは本気で魔王を説得しようとしていた。


説得のために時間が欲しかったのだ。


しかし、今となっては


「馬鹿らしい」


オレは転移魔法を起動する。


転移の仕組みは高速飛行ではなく瞬間移動。


さぁ、復讐の始まりだ。


一瞬の眩しさの後、異なる視界が広がる。


転移したのは地底。


キングゴブリンの巣である。


その場所は祭壇のようで広い部屋の一段高い場所に玉座が置かれている。


左右はボロ布のカーテンで仕切りがされている。


悪臭が酷い。


「ギャオンギャオン!」


「ロセ!ロセ!」


周囲をゴブリンに囲まれている。


魔王城近くのモンスターだけあって大きい個体が多い。


「貴様……勇者だな」


玉座に座る王冠をかぶったゴブリンが語りかけてきた。



その男は突然現れた。


人間とは思えない邪悪なオーラ。


玉座に座るキングゴブリンはソレが勇者だとすぐに分かった。


魔王からの手配書とその姿が酷似していたからである。


目的は何だろうか


キングゴブリンは考えながら語りかけた。


「貴様……勇者だな」


勇者はキングゴブリンの声に静かに頷いた。


刹那


ゴブリンの一匹が大きな図体からは想像できないような速さで勇者の背に跳ねた。


奇襲である。


しかし、ゴブリンは勢いそのまま通りすぎるとその体を崩壊させた。


「動くと死ぬぞ」


勇者はよく響く声で言った。


沈黙が場を支配する。


先に沈黙を破ったのは勇者だった。


「キングゴブリン。あんたは動いても大丈夫だ」


その言葉に肩の力を抜いた。


「勇者ユーキよ、何か交渉があって来たのではないか」


「話が早くて助かる」


危険な敵の懐に身を晒し


敵の首領を前に自らの手の内を明かしたのだ


勇者が交渉を望んでいることにキングゴブリンはすぐに気がついた。


「単刀直入に言う。魔法使いのマホを殺したい」


甘っちょろい勇者のことである。どうせ、和平の交渉にきたのだろう。


そう思っていたキングゴブリンは眉をひそめた。


改めて勇者を見る。


服はボロボロで、顔はやつれている。


最も顕著な特徴は深い絶望を知ったような瞳である。


勇者が仲間と決裂したことは想像にカタくないことだった。


「オレは憎い元仲間を殺せる。アンタは魔王から褒められる」


「双方に得があるという訳か」


どう考えても罠である。


キングゴブリンは確信する。


しかし、勇者が目の前にいるというチャンスに変わりはない。


キングゴブリンが指を鳴らすと勇者の前に一枚の紙が落ちる。


「魔法の契約書だ」


魔法の契約書。


魔力による絶対の契約である。


「勇者ユーキの言葉を信じ、我々は目的を完遂するまで協力する」


キングゴブリンはそこで言葉をきると


余裕に満ちた笑みを浮かべながら条件を提示した。


「勇者ユーキは今後、我々に危害をくわえずキングゴブリンの配下に成ること」


「……我々って曖昧だな」


「この巣で生まれたゴブリンという認識で問題ない」


モンスターにも縄張り争いがある。


キングゴブリンが大陸最強のゴブリンだとしても


他の巣のモノやモンスターと戦う時、戦力は多い方がいいと考えたのだ。


勇者ユーキはブツブツと、キングゴブリンの条件を繰り返した。


「マホに対する復讐が完了するまでゴブリンはオレに協力。オレは今後この巣のゴブリンに危害をくわえず、キングゴブリンの命令に従う」


勇者は、自分を取り囲むゴブリンを見回した。


今更、恐れを成したのだろうか。


「契約しない場合はこの地底の巣を爆破し、お前を生き埋めにする。土は崩壊しても重さは変わらない。地中に適応した我々は問題無いがな」


転移魔法の起動には時間がかかる。


荷物の運送に使う集配機の特徴からキングゴブリンはそう予想した。


勇者はここで死ぬことになるのだ。


キングゴブリンは内心笑ったが


勇者が周囲を確認した後、契約書にサインしたのを見てガッカリした。


この場で勇者を殺すことは不可能になったのだ。


それほど、魔法の契約書の効力は強い。


「勇者よ我々はいつ行動すればいい」


「今晩だ」


勇者はハッキリと告げた。


その眼から強い憎しみを感じる。


人間は馬鹿な生き物だとキングゴブリンは思う。


一時の感情で取り返しのつかない判断をしてしまう。


勇者、キングゴブリン双方ともにニヤリと口角をあげると


今晩の計画について話し始めた。

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