雨の日の君

@ayacon

雨の日の君

 梅雨は嫌いだ。


 髪も服も濡れるし、雨音がずっと頭の中に響いて鬱陶しい。


 ジメジメして、気分まで憂鬱になってくる。


 梅雨なんて無くなればいいのに。


 そう思いながら今日も雨の中、学校に向かう。


 徒歩通学なのを悔やみつつ、15分も歩けば学校にたどり着いた。


 途中で濡れた靴下に苛つきながらも教室に着くと、いつもと変わらぬ教室、変わらぬクラスメイト、変わらぬ日常。


 変わったのは今の季節が梅雨で、少しクラスの雰囲気がどんよりしている事くらいか。


 生まれて15年、もうそんなにも生きてきたのに僕の人生には何もない。


 普通に生きて、勉強して、食べて、寝て、漫画のような出来事なんて一つもおきやしない。


 せめて恋人の1人でも出来たっていいじゃないか。


 あぁ、こんな事ばかり考えるのも雨音で授業に集中できていないせいか。


 なんて言い訳とも言える悪態を空に向かって呟くと、雨が更に激しくなってきたように思えた。


 放課後、僕はいつものように図書室へ向かう。


 実はこっそり小説を書くのが趣味の僕は、梅雨の間はここで小説を書いている。


 雨の中家に帰るのもめんどくさいし、勿論家よりも本の量が多いので、ネタが思いつきやすいのだ。


 誰にも言えない秘密の趣味。


 今日もコツコツと自作の小説を進めていると、


 「なに書いてるの?」


 突然横から声をかけられる。


 びっくりしながら声のする方に顔を向けると、そこには見た事のない、眼鏡をかけた女の人が立っていた。


 「ごめんなさい、急にびっくりしたよね。いつも図書室でなにか書いているから気になっちゃったの」


 悪びれた様子でその人は謝ってくる。


「私の名前は雨宮しずく、あなたは?」


「青空晴です、、、」


 それが雨宮さんとの出会いだった。


 少し話を聞く限り、雨宮さんはいつも図書室にいるらしい。しかし校内で見かけた事がないので、何年生なのかを聞いてみると、


 「内緒」


 と、可愛らしく言われてしまった。


 雨宮さんは図書室にいるだけあって本が好きらしく、ここの本はほぼ読んだ事があると豪語していた。


 「私でよかったら読者第一号にしてくれないかな?何か助言出来ることもあるかもしれないし、書いてる時は横で大人しくしてるから」


最初は戸惑っていたが、可愛い女の子と話せるという事実は僕の心を容易に揺るがし、書いている途中に邪魔をしなければとその提案を承諾した。


 雨の落ちる音と、紙の上にペンを走らす音、雨宮さんが本を捲る乾いた音だけが聞こえてくる。


 周りには誰もいない。


 二人だけの空間。


 特に会話もなく、あっという間に時間は過ぎていった。


 そろそろいい時間だし、帰る支度を始めていると、


 「明日もくるの?」


 元々その予定だったので、僕は首を縦に振る。


 「それならまた明日会えるね。バイバイ」


 雨宮さんが小さく手を振るのを尻目に僕は図書室を後にした。


 家に帰った後も、頭がずっとぼんやりしている。今日の事はなんだったんだろうか。


 恋人が欲し過ぎて見てしまった、幻覚なのだろうか。なんて事を考えていた。


 次の日の放課後、恐る恐る図書室に行くと、昨日と同じ場所に雨宮さんは座っていた。


 「こんにちは、晴君」


 彼女は僕を見つけるとにこやかに笑いかけてくる。


 その笑顔にきゅんとしながらも、そんな事を少しも顔に出さずに平静を装いながら、僕は挨拶を返した。


 また昨日と同じような時間が流れていく。


 雨宮さんも僕も特に何か喋ろうとしない。


 それがなんとも心地良かった。


 「また明日」


 明日の約束をするというのは、こんなにも心躍る事だったのか。


 嫌いだった梅雨が、少し好きになったような気がした。


 それから、僕と雨宮さんは毎日図書室で会っている。


 毎日の楽しみができて、そのうち雨の音なんて気にも留めなくなっていった。


 そんな日々が続き、もう少しで梅雨も明けようかというころ、僕は小説を書く手を止め、雨宮さんに話かけた。


 「そろそろ梅雨も終わって、夏になりますね」


 雨宮さんもページを捲るのをやめた。


「そうね、晴君は梅雨が終わると嬉しい?」


「勿論、僕は晴れの日の方が好きですから」


 僕は名前からも想像がつく通り晴れが好きだ。青空を眺めていると、気分が澄み渡るような気がしてくる。


 「夏は夏休みもあるし、海だって行けますからね。」


そういうと雨宮さんは少し悲しそうな顔をした。


 「やっぱりみんな梅雨は嫌いだよね、雨ばかりで鬱陶しいし、気分もどんよりしてくるもんね」


 雨宮さんは梅雨が好きなのだろうか。


 僕は慌ててフォローする。


 「でも悪い事ばっかりじゃないですよ。僕は梅雨のお陰で雨宮さんと会えましたから」


こればかりは僕の本心だ。


 「ふふ、ありがとね」


 雨宮さんは照れたように笑った。


 今日も終わりの時間が近づき、帰りの身支度を始める。


 僕が出て行こうとすると、


 「バイバイ、またね」


 いつもと違う言い方に少し違和感を覚えつつも、僕は図書室を出た。


 さっきの言葉はもしかして告白とも捉えられるのではないかと帰り道に少し後悔する。


 明日会った時に謝ろう。


 この時は雨宮さんの悲しそうな顔の事なんて忘れていた。


 次の日の朝、珍しく空に青が広がっている。


 もう梅雨が明けたのか。


 久しぶりに晴れ間に、心が浮き足立つのを感じた。


 放課後、少しテンションが高いまま図書室に向かう。


 珍しくそこに雨宮さんの姿はなかった。


 まぁ、彼女も暇じゃないだろうし、後から来るかもしれない。


 がっかりしつつも僕は一人で小説を書く。


 しかし、次の日も、そのまた次の日も雨宮さんは来なかった。


 流石に不思議だったので、昼休みに先生の下を訪れ、雨宮さんは何年生でどのクラスなのかを聞いてみた。


 「雨宮なんて生徒はこの学校にはいないよ」


 それでは、僕が今まで過ごした雨宮さんとは誰だったのか、実は幽霊だったのかなんて考えが頭に浮かぶ。


 ふらつきながらも職員室をでて、ぼーっと考える。


 実は彼女は梅雨の化身だったのかもなんてくだらないことまで思いついてしまった。


 結局結論が出ないまま、月日は流れていく。


 僕は相変わらず図書室に通う。


 いつかまた会えるかもしれないと淡い期待を胸に抱いて。


 来年の梅雨にはこの小説を完成させよう。


 僕は梅雨が好きだから。

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