3.山中にて

「さて、依頼の話じゃが……」

 里長の言葉で4人は瞬時に気を引き締める。

「冒険者どのには来て早々で悪いんじゃが、山がここんところざわついていての。動植物たちが暴れとるんじゃ」

「里の者で怪我をした者もおる。早めに山に入ってもらってどうにかしてほしいんじゃ」

 深刻な表情で里長は4人の冒険者に訴える。

 山に何かいつもと違う点があったか。原因に心当たりはあるのかを里長にそれぞれ尋ねる。

「心当たりは……。ああ、そういえば一週間ほど前に最初の揺れがあってからじゃのう」

 それから断続的に揺れる時があると里長は話す。

「揺れ……。大地の……。山の怒り……?それとも……」

 シェルーリアは自らの知識を総動員して原因となりそうなものをピックアップしようとするが、現時点での情報だけでは絞り切れないと首を振る。

「山に入るのは危険なので、誰も入っとらんのです。役に立てず申し訳ない」

 その里長の言葉で、4人は実際に山に入るしかないという結論に至る。

 仕事の話が終わったことを察した女の子は、4人に話しかける。

「おしごとおわったらいちばん、ほしがきれいにみえるところにあんないするね!」

 お気に入りの場所だと、こっそり4人に教えてきた。

「そこでいつか、<ほしのこ>とあえないかなって」

 <星のほしのこ>についてシェルーリアが聞き返すと、女の子はえへへと笑う。

「<ほしのこ>と、ともだちになるはなしがあるんだよ」

 そこで彼女は大事な秘密を打ち明けるかのように、そっと口を開く。

「レイア<ほしのこ>と友達になるの!」

 4人はそこで初めて自己紹介をしていないことに気が付く。

「私はシェルーリア。よろしくね」

「ソーレっす!」

「ジックだ」

「クリストファ。クリスでいいよ」

「レイアだよ!よろしくね」

 自己紹介を終え、4人はレイアと別れる。

 里長が山の入り口まで案内をする。

 よろしくお願いしますと里長は頭を下げて4人を見送る。



 山に入ると異様なざわめきを感じ取れる。

 違和感を感じ取った4人は警戒を最大限に高めて進む。

 緊迫とした雰囲気の中、獣道から叫び声をあげて向かってくる何かに気が付く。

 それは獣だった。

 血走った目、口の端には泡立った唾液が付着している。

 無駄のない筋肉が鎧のようにも見える――熊。

 二本足で立ちあがり、4人に向かって威嚇する。

 すぐさま戦闘態勢をとった4人は、熊の後ろで大木がバキバキと動き出したのをとらえた。

「大木は、エントレットよ!熊はごめんなさい。絞れない!」

 エントレットは根っこのような足で移動できる大木だ。

 木だが人間並みの知能を持ち、妖精魔法を操れる。

 普段は何もしなければ敵対することはない魔物だが、敵に回ると恐ろしい。

 エントレットは探るような眼をシェルーリアに向けるが、弱点看破は失敗したようだ。

 ジックは3人に声をかけ、動きやすい場所へ誘導する。

「(我らに神の守護壁を与えん!――【フィールド・プロテクション】!)」

 ソーレが神に祈りを捧げると、4人に薄い膜が貼られる。

 次にソーレは左手に装備しているアルケミーキットから【ミラージュデイズ】を作成し、熊に投げる。

 その横をシェルーリアが駆けていく。

 接近してくるシェルーリアに気がついた熊が前に出てくる。

 呼吸を整え、全身にマナを行き届かせる。

 筋肉が強靭になる練技、【マッスルベアー】。

 そして腰に装備してるアルケミーキットから【パラライズミスト】を作成し、熊に投げ動きを鈍らせる。

 自身の魔力を甲殻爪に込め、一撃を熊に打ち込む。

 さらに素早い身のこなしで、もう一撃をクリーンヒットさせていく。

 シェルーリアの攻撃で怯んでいる熊に、ジックがスパイクシールドで殴り、斧で喉元を深く切り裂く。

 この猛攻に熊は怒り叫ぶ。

 クリストファは瞳にマナを巡らせ狙いをつけやすくする、【キャッツアイ】を使用する。

 そして、急所を狙いやすくする弾丸を作成し、発射する。

 しかし暴れ回る熊に狙いがズレ、クリストファの弾丸は外れる。

 熊は雄たけびを上げ、爪でシェルーリアを切り裂く――はずだったが、シェルーリアの意志に反応し、敏捷の指輪が割れて間一髪で避ける。

 次に熊は反対の爪でジックを切り裂く。

 ジックはスパイクシールドでそらそうとするものの、スパイクシールドごと叩きつけられて転倒する。

 後方で待機していたエントレットが動き出す。

 妖精語で何かを発音する。

 すると2回、足元から石のつぶて――【ストーンブラスト】が4人を襲う。




「てやぁ!」

 シェルーリアの渾身の攻撃で熊を倒した。

 続いてジックがエントレットを叩き割る。

 そこにクリストファの弾丸が着弾し、エントレットはそのまま倒木と化した。

 4人はなんとか倒したが、手強い相手に酷く消耗し、肩で息をしたりしている。

 さあ回復っすよーとソーレは魔香草や救命草をすり潰したり、焚いたりして傷の手当てと魔力の回復を行う。

 その間にジックが使えそうな物はないかと剥ぎ取りを行う。

 そうしてから一息ついた頃、ソーレはヒリつくような殺気を感知する。

 瞬時に警戒を強めたソーレが、声を潜めて全員に警戒を促す。

 日光浴をしているジック以外の全員で周囲を見渡す。

 殺気は登ってきた道、自分たちの後方からすることに気がつく。

 ジックは起き上がり、ソレイユ語を話す。

「よっ、ほっ!(回復は終わったぜ)」

 ソレイユ語がわかるシェルーリアがソレイユ語で状況説明を行う。

 その時、地面が突き上げるように大きく揺れた。

 その揺れによって、星降る里への道が裂けていく。

 みるみると大きな裂け目になり、向こう側に魔物の群れが4人を睨みつけていることに気がつく。

 奇しくも地面が裂けたことによりあの魔物の群れとかち合うことは、今のところはなさそうだ。

 だが、帰るにはかなり大回りをしないといけなくなってしまった。

 周囲を見回していたジックが何かに気づく。

 最近のものではないが、子どもくらいのサイズの靴の足跡が、獣道を何回も往復していた。

 他に行く宛もない4人はその道を通っていく。

 もう少しで日が落ちようとしていた。

 辿っていくと、開けた場所に出る。

 そこは空が良く見える場所だった。

 黄昏時から夜の帳が落ち、安寧の夜へと空は移り変わり、月と星々が輝き始める。

 その中で一等強く輝く星があった。

 ――宵の明星だ。


 その光景に目を奪われつつも、周囲の警戒は怠らない。

 そして4人は次の光景を目撃する。

 宵の明星から光が落ちてくる。

 流星ではなく強い光の塊だ。

 それは4人の目の前に落ちたかと思うと光は薄れ、内側から光を放つ卵の形状をしたものが現れた。

「星が……。落ちた」

 目の前の出来事に処理が追い付かない。

「家……。一軒分?」

 星を拾ってお金にしたら、の話を思い出したクリストファが茫然と口にする。

 経験豊富なジックが全員に警戒を促す。

「蛮族や猛禽類の卵の可能性も…!?」

 そんな4人に関係なく、卵に変化が訪れる。

 脈動するかのように光が強く点滅したかと思うと、一際強い光が周囲を白く染める。

 光が落ち着いてくると、卵のようなものがあった場所に何かがいた。

 ――小さな竜の子だった。

 驚き息を飲む4人。

 竜の子は瞼を上げ、4人を瞬きをしながら見つめる。

 きゅうと甘えたような声を出し、とてとてと4人に近づく。

 かわいいと近づいてきたシェルーリアの足にすりより、額をぐりぐりと押し付ける。

「おいおい、気をつけろよ」

 ジックがあきれたように注意する。

 シェルーリアが竜の子を撫でると、さらに甘えた声が聞こえてくる。

『ままぁ』

 ふと竜の子から響くような声が発せられた。

 驚愕する4人に対し、竜の子はきゅいきゅいと鳴いている。

「竜、ドラゴンは知能の高い種族だ。人族の言葉を覚えることもたやすいが……。まさか、ここまで早いのか?」

 ジックはさらに注意深く竜の子を観察するが、それ以外口にすることはなかった。

 その時、ジックとソーレは周囲が異様に暗くなっていることに気が付く。

 まさかと見上げる。

 悍ましく黒光りする鱗が全身にあり、瞳が不気味に白く光る、見るも悍ましいドラゴンがそこにはいた。

 大きく開けたアギトから気持ち悪いほどよだれが垂れ下がっていた。

「気をつけろ!上だ!」

 ジックは瞬時に斧を構える。

 暗い状況だと不利だと考えたソーレが【サンライト】の準備をする。

 遅れてクリストファとシェルーリアが見上げて息を飲む。

 竜の子はぎゅっとシェルーリアの服を強くつかんで、目の前の大きなドラゴンを睨みつけている。

 巨大なドラゴンが突っ込んでくる。

 退路を確保したジックが逃がすために走れと発破をかける。

 シェルーリアが竜の子を抱えた時、竜の子が強い光を放つ。

 それは4人に強い影響は出なかったが、巨大なドラゴンには効果があったようだ。

 身悶え苦しんでいる。

 巨大なドラゴンは体を山の壁面や木々にぶつけ、ふらふらと落ちそうになる。

 しかし途中で体を持ち直し、4人から離れていく。

 それは山の下へ降りていった。

 嫌な予感から巨大なドラゴンから目が離せない。

 巨大なドラゴンが向かっている先は、星降る里がある方向だった。

 なんとか里に危機が迫っていることを知らせる方法はないかと各自思考を巡らす。

 シェルーリアが、2日前に支部長が【ピジョンメール】を受け取っていた場面を思い出す。

 大き目の文字が描けそうな葉を探し見つける。

 ソーレにナイフを貸してもらい、それで自分の指を傷つけ、血文字で「逃げて」と書いて【ピジョンメール】で里長の元へと届ける。

 竜の子は疲れたのか欠伸をし、ソーレの肩によじ登る。

「こんな時に、のんきっすねぇ」

 それで気持ちが少し落ち着き、竜の子を背負う。

「できる限りのことはしたはずだ。俺たちも行こう」

 ジックが先導し、道が裂けたことにより遠回りで里を目指す。




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