2.女の子

 目的地まで往復4日かかる場所ということで、保存食を買い足してから出発した。

 道中特に危険はなく、順調に足を進めていた。

 星降る里まであと2時間ほどで着くだろうというところで、進行方向の先で立ち往生している馬車を発見する。

 よく見れば、車輪が外れてしまっているようだ。

「ん、あれは……」

 シェルーリアが車輪を修理しようとしている男性に気が付く。

「おや、お困りですか?」

 クリストファが声を掛けに行くと、シェルーリアも左手でマントをぎゅっと引っ張って、甲殻爪を隠しながら続く。

「大丈夫ですか?」

 その声に振り返った男性は、友好的な態度に安心したのかホッと息を吐く。

「あんたたち冒険者か?この先に行くのかい?」

「ええ。この先に何か?」

 クリストファが答え、疑問を投げる。

 その後ろからソーレが元気よく声を出す。

「里に向ってるっす! 車輪、直らないんすか?」

 ソーレの里に向かっているという発言に男性は反応する。

「なあ、それなら里までこの荷物を運んでくれないかい」

「相棒が応援を呼びに行っているが、今はこの通り、時間がかかりそうだ」

 男性は途方に暮れたような顔をしている。

「載ってる荷物を持っていけばいいの?」

 馬車と男性に視線を動かしながらシェルーリアが聞くと、男性は馬車から一つの片手で持てるサイズのトランクケースを持ってくる。

「お急ぎの荷物ですか?ついでですから、彼が持ってくれますよ」

 クリストファはジックを指さしながら言う。

「別にかまわんが、何を運んでいるんだ?」

 ジックが確認のために聞くと男性は答える。

「うちの若旦那の奥さんに頼まれた速達なんだ」

 馬車とトランクケースを見てシェルーリアは「これだけでいいの?」と口にする。

「確かに馬車で運んでいる割に少ないっすね」

 ソーレも疑問に思い、問う。

「大事な届け物らしくてね」

「救命草5個と魔海草5個で頼まれてくれないかい」

 男性は荷物の中から言った物をその数だけ取り出し、現物はあると4人に見せる。

「お、それはありがたいですね」

 物がもらえることにクリストファはほくほく顔になる。

「届け先の名前は?特徴も知りたい」

 ジックは冷静に話を進める。

「その荷物は星降る里の、里長の孫の女の子に宛ててる物で、小さい女の子は一人しかいないからすぐわかると思うよ」

 それをふんふんと聞いていたソーレは次の疑問を口にする。

「ちなみに中は何が入ってるんすか?」

「後で中身が違うー、とか言われたら大変っすからね」

 ソーレは商人の経験を活かし、取引として大事なことを詰めていく。

「確か、洋服とお菓子だったかな」

 きちんと記録として残すためにソーレはメモを取る。

「あとサインもくださいっす!」

「ああ、わかった」

 スムーズな取引に男性も安心しているようだ。

「今後は、こういうのはソーレに任せた方がいいかもな」

 ジックは口出す必要はなさそうだと判断し下がる。

「しっかりしているね、ソーレ」

「私、こういう時口約束ばっかりだった」

 ソーレの動きを見てシェルーリアは感心していた。

「頼もしいですね。ソーレは」

 クリストファはシェルーリアの言葉に頷く。

「よろず屋っすからね! これくらい同然っす!」

 ソーレは胸を張る。

「このことはおれっちが務めてるメルディオン商会に伝えておきますんで」

 それならと、ソーレは自分のサインを書いて渡す。

 メルディオン商会とは若い層をターゲットにして洋服や菓子類を多く扱っていることで、最近ハーヴェスで人気が出てきた商社だということは、若い男女や流行りを追うものは知っているくらい広まっている。

 3人とも知っていたり聞いたことはあるといった反応をしているのに対して、ジックは1人「酒が足りないな……」と呟いていた。

「何かあればそっちに連絡くれたら助かるよ」

 シェルーリアが頷く。

 救命草5個と魔海草5個、そしてトランクケースを男性から渡される。

 2種の草は扱いに長けているソーレが預かり、トランクケースはジックが持つことになった。

「助かりますねぇ。らくちんらくちん」

 クリストファが気楽に歩みを進める。

「力には自信がある」

 その言葉には力があった。

 非力なソーレがジックにトランクケースを持ってくれることにお礼を言う。

 それに続いてシェルーリアが頷きながら口を開く。

「筋肉すごいものね」

 それに対してジックは「お前だって大したものだろう?」と気にすることなく言う。

「それ、女性に言う……?」

 若干シェルーリアの顔がひきつっていたのは気のせいではないだろう。








 時刻は昼頃、星降る里に到着した4人は里の出入り口のところに立っている女の子を目撃する。

 ベビー・ピンクの髪にサルファー・イエローの瞳。

 青いエプロンワンピースを身に着けていた。

 女の子は4人に気が付くと駆け寄ってくる。

「ね、ね、おにーさんとおねーさんってぼーけんしゃさんでしょ?」

「待ってたんだよー。おじいちゃんのところにあんないするね!」

 女の子は興奮した様子で、今にも跳ねそうな感じだ。

「もう荷物のこと、知らせが来ていたのかしら」

「あ、依頼か」

 シェルーリアは自分の勘違いに気づき訂正する。

「にもつ?」

 女の子が何?と興味を持つ。

「これを届けてほしいってな」

 ジックはその場にトランクケースを置く。

「あっ、もしかしておねーちゃんからかな」

 輝かんばかりの笑顔でトランクケースを持ち、運ぼうとするが。

「おもいぃ」

 一生懸命引っ張るが動く様子はない。

「待って、持ってあげる」

 シェルーリアがトランクケースをひょいと持ち上げる。

「ありがとう!おねーさん!」

「どういたしまして」

 きらきらとした女の子の笑顔を見て、シェルーリアも笑顔になる。

「気を付けろよ、シェルーリア。結構重いぞ」

 ジックはシェルーリアにそう伝えると、シェルーリアは「わかってる」と大事な物を落とさないように持ち直した。


 女の子は元気よくスキップしては振り返り、こっちこっちと跳ねてはスキップを繰り返し、一軒の家にたどり着いた。

 女の子は玄関を開け、中に向かって叫ぶ。

「おじいちゃん!ぼーけんしゃさんがきたよー!」

 少しもすれば、奥から1人の老人が現れる。

 ジックが少し前に出て問いかける。

「アンタが里長……。俺達の依頼者か?」

「おお、皆さんはるばるありがとうございます。私が里長です」

 里長はにこやかに4人を迎える。

「依頼で来た冒険者っす!あとこっちも」

 ソーレは荷物の依頼書を里長に見せる。

「おお、ありがとうございます」

 里長は感激した様子で礼を述べ、女の子を優しく見る。

「詳しくお話を伺っても?」

 クリストファが依頼の話を切り出す。

「ええ、客人に立たせたままでは申し訳ないので、よろしければ奥で話してもよいかな」

 家の中へ招く里長に4人は頷く。

 クリストファが口を開く。

「ええ。お邪魔いたします」



 シェルーリアはトランクケースを玄関に置く。

「もってくれて、ありがとう!」

 女の子はシェルーリアに近づき礼を言うと、トランクケースを開ける。

 シェルーリアは女の子に笑顔で返す。

 女の子は中に入っていた綺麗な大きな箱を開けて、入っていた洋服を取り出して目を輝かせている。

「綺麗な服じゃないか」

 その様子に和んだのか、わずかに緩んだジックに続きソーレも「よかったっすね!」と声を掛ける。

 女の子は嬉しかったのか、自分に服を当ててクルっと回る。

 その時に、フリルとリボンがきれいに舞う。

「えへへ、かわいいでしょ!」

「よかったね」

 シェルーリアも微笑ましく笑いかける。

「よかったな」

 ジックは女の子の頭をなでて里長の後をついていく。

 女の子は頬を色づかせ、嬉しそうに笑った。




 4人はリビングに通されると「粗茶ですが」と里長にお茶を出される。

「お気遣いありがとうございます。いただきます」

「おかまいなく」

「ありがたくいただくっす!」

「酒が足りないな……」

 上からクリストファ、シェルーリア、ソーレと続き、ジックは口癖を言う。

「ちょっと、何言ってるのよ」

 あきれた様子でシェルーリアがジックをたしなめる。

「いや……」

 ジックはそれだけ言うと言葉に詰まっているようだ。

「気合いるっすか?」

 ソーレが構える。

「お酒、よければ少し用意しましょうか」

 里長が気をきかせて声をかけてくる。

「すまん……」

「きにしないでくれ……」

 そのジックの横からクリストファが里長に「お気遣いなく!」と言うと、里長は上げかけた腰を椅子に戻した。

 その微妙な空気の中で、女の子が腕を伸ばしてみんなの前にお菓子を並べようとする。

「みなさん、おちゃうけにどーぞ!」

 女の子の笑顔で空気が和む。

 女の子が可愛らしい箱からドライフルーツが入っている色とりどりのマカロンを配ってくれる。

「ありがとう、お嬢さん」

「いいの?ありがとう」

 クリストファとシェルーリアが礼を言う。

「お前さんが作ったのか?」

 ジックがそう訊ねると、女の子は首を横に振る。

「おねーちゃんがおくってくれたの!」

「なるほどな……。いいね」

 ジックはわずかに口の端を上げる。

「それなら、これは君のじゃないか。もらってしまって悪いな」

 クリストファは貰ったマカロンを手にして止まる。

 女の子はクリストファに気にしないでと言うように笑いかける。

「みんなでたべたほうが、おいしいんだよ」

 女の子は黄色のマカロンを選んで口に運ぶ。

「おいしー!」

 幸せそうに女の子は笑う。

「そうか。では遠慮なく」

 クリストファは少し柔らかい表情になり、マカロンを口に運ぶ。

 ソーレも口に放り込み、目を輝かせる。

「美味しいっす!」

「貰うね」

 遠慮していたシェルーリアはパステルブルーのマカロンを選び口に運ぶ。


 平和で、幸せな時間。

 その光景を里長はまぶしいものを見るように、とても大事な物を見るように。

 ただ、見守っていた。

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