宵の明星

ジルニィ

1章.「星降る里」

1.酔いのウミネコ亭

 ――星今宵

 冒険者たちと星々が出会い紡ぐ

 皆様の進む道を星は見守っております

 良い旅路にならんことを

 星に願いましょう――





 ここは、アルフレイム大陸ブルライト地方南西の海岸沿いに位置するハーヴェス王国。

 その旧市街の一角にとあるギルドがある。

 『酔いのウミネコ亭』。

 このギルドの支部長は何故か赤い馬の被り物をしていることで有名である。

 いつも酒を飲んでいるとも。

 だが面倒見がよく人柄も良いため、彼を頼る人も多い。

 そんなギルド内でのびのびと過ごしている冒険者たちがいる。

 まずはカウンターで1人、静かに酒をあおるソレイユの男。

 亜麻色の短髪に紺碧の瞳に、太陽を模した入れ墨がある褐色の肌。

 彼は軽戦士であり、得意とする武器はアックスだ。

 スパイクシールドを巧みに扱い敵の攻撃をそらす。

 戦闘外では斥候を行う。

 死んだ目で酒を見つめている視界の端に誰かが映る。

「ジック、こっちの酒も飲むか?」

 そう声をかけたのは『酔いのウミネコ亭』の支部長だ。

 ジックと呼ばれたソレイユの男はちらりと視線を向ける。

「……。ああ、貰おうか」

 そこそこの高級品であるということが一目でわかる酒を、一気に飲み干す。

「……。旨いな。しみるが、酔いが回ったか……。支部長の顔が赤く見える」

「飲みすぎたか……」

「それ、ちゃんと見えてますよ」

 横からジックに注意する声がかかる。

 そこにはジックを静かに見つめるシャドウの男がいた。

 花緑青色の長髪を三つ編みにしており、右の前髪は顎にまで届く。

 左はすっきり空いているため綺麗な琥珀色の瞳と第三の目が見える。

 肌はシャドウという種族としては珍しい色白さが目に入る。

 彼は魔動機師の射手だ。

 戦闘外ではジック同様斥候を行う。

「クリストファか……」

 クリストファと呼ばれたシャドウの男はふぅと息をつくと席に着く。

「はっはっは。オレの顔が赤いのはいつも通りだろ?」

 支部長はジックの背を軽く叩く。

「そうか、そうだったか……。馬に見えるのも、気のせいではないのか……?」

「それもいつも通りさ!」

 支部長は陽気に答える。

「なんでだ……」

 ジックはその答えにうなだれる。

「確かに誰も突っ込まなくなったすけど、あれなんなすかね? シェルーさん知ってるっすか?」

 少し離れた位置で隣に座っている女性に声を掛けるオリーブの長命種のメリアの男の子と、声を掛けられて肩が跳ねた、シェルーという愛称で呼ばれたタンノズのウィークリングの女性がいる。

「あ、えーと……」

「頭が馬の人もいるんじゃない……? その、私みたいに」

 そっと自分の右腕に手を置く。

 メリアの男の子はなんでも依頼を受ける『よろず屋』ソーレとこのあたりでは名が通っている。

 アーモンドグリーンのところどころ跳ねている短髪にアザーブルーの瞳。

 ティダン神官であり『よろず屋』である彼はみんなから頼りにされている。

 戦闘外では野伏の知識を活用している。

 ウィークリングの女性はシェルーリア・シオン。

 オリオン・ブルーのふんわりとしたミディアムヘアにパステルピンクの瞳。

 彼女はマントで隠している、外殻のように変形した右腕を使用した拳闘士でもあり、補助を行える森羅導師だ。

 また学者の知識で敵の弱点などを的確に見抜いている。

「そんなにいてたまるか……」

 ジックはぽつりとつぶやいて酒をあおる。

「わたしも目が三つありますしねぇ。そんなもんじゃないですか?」

 面倒くさそうにクリストファは口にする。

「あー、ケンタウロスのウィークリングってところっすかね」

 ソーレが考察を重ねる。

「そういうことね」

 シェルーリアは頷く。

「……。損な遺伝だな」

 件の支部長は、よく見れば口のところを手動でパカッと開いて酒瓶を入れて飲んでいる。

「……。酔っているな、俺は……」

 ジックは軽く頭を押さえる。

(息苦しそう)

 クリストファは少し心配するような眼差しを支部長に向ける。

「おっ、開いたっす」

 さらに観察するようにソーレは支部長を遠慮なく見始める。

「面倒じゃないのかしら」

 シェルーリアがそう呟いた時。

「できたー!」

 隅で静かに羊皮紙に何かを書き込んでいた少女が勢いよく叫ぶ。

 それにジックは声が頭に響いたのかうめき声をあげる。

「ん? なにが出来たんすか?」

 ソーレが少女に声をかける。

 クリストファとシェルーリアもそちらに興味を向けた。

 その人間の少女はセラフィーナ。

 彼女もこのギルドの一員である。

「私とアンリアとウィゼルのパーティネーム候補よ!」

 自信満々に胸を張ってソーレにどや顔を見せる。

「パーティ名を決めるの?」

 シェルーリアがそう聞くと。

「もっちろん!その方がかっこいいじゃない!」

 当然といった様子でそう返す。

「で、どんな名前にしたんです?」

 クリストファが聞いてみる。

「<ティータイム>と、<お茶会>と……」

 と、お茶に関するワードばかり出てくる。

「”トマホーク”……。ないか」

 少し残念そうにジックが呟く。

「お茶なんだ……?」

 シェルーリアは不思議そうにしている。

「お茶がお好きなんですね?」

 クリストファがそう返すと。

「リラックスできるからね」

 力の抜けるような笑顔をセラフィーナはクリストファに向ける。

「リラックス……。いいですね。私もリラックスは大好きですよ」

 クリストファはリラックスした表情をにじませる。

「そういえば、そろそろみんなは固定パーティ組まないの?」

 ふと疑問に思ったのかセラフィーナはそう口にする。

「え、うーん……」

 シェルーリアが考え込んでいる横でソーレが口を開く。

「パーティっすかー。たまに依頼を一緒にすることはあるっすけど」

「結構、いいと思うんだけどなー」

 セラフィーナは笑顔でこの場にいる4人の顔を見る。

「考えたこともなかったな」

「ここにきてから皆好き勝手に仕事をしていた。そして、俺はこれからもそうなんだと思っている」

 ジックは皆から目をそらし、消極的な様子を見せる。

「今はいい……かな」

 ジックに続いてシェルーリアも消極的な意見を口にする。

「固定パーティ…後ろで応援していればいい所があればぜひ入りたいですねぇ」

 そんな二人とは対照的にクリストファが願望を言う。

「まあ、便利っすよね。お互いやることが分かってるから準備とかもし易くて」

「それは、そうなんだけど……」

 みんなの様子を見てソーレは前向きな言葉を口に出すと、シェルーリアは悩み始める。

「……。まあ、嫌とは言わないがな」

 ジックもそう言葉にする。

「やるなら前に出る人はいて欲しいっすね。オイラは、ほらこの通り」

 ソーレは眉を下げて、腕を曲げて力こぶを出すポーズをするが、出てこない。

「確かに、ね……。うん、私でよければ、だけど……」

「いいの? 私なんかで」

 シェルーリアは自信なさそうに目をさまよわせる。

「シェルーさんがいれば百人力っすよ! あの時みたいに頼りにしてるっす!」

 ソーレがキラキラとした目でシェルーリアに言い寄れば、シェルーリアは照れたようにもごもごと礼を言う。

「私は前衛がいないと話にならないので、いればありがたいとは思いますけどね。そこのお兄さんとか、私を守るお仕事いかがですか?」

 その流れを見てクリストファがジックを誘う。

「別に、嫌とは言わんさ。パーティにはバランスが必要だからな」

「少々、若すぎる気がしないでもないが」

 ジックは最後にそう付け加える。

「若いっすけど色々やれるっすよ。草むしりから商い、冒険まで”よろず屋”ソーレにお任せっす」

 それに対してソーレがビシッといつものうたい文句を決める。

「いつものうたい文句、ね」

 シェルーリアはクスリと笑う。

「はいはい、精々死なないでくれよ。何でも屋」

 ジックはそう揶揄する。

 それに対してソーレは胸を張る。

「頼もしいですね。私の護衛も頼みますよ」

 そうクリストファが便乗する。

「やるからには、後ろに攻撃は通さないわ」

 真面目な顔をしてシェルーリアは頷く。

「おおー!パーティが組まれる瞬間ってやっぱりいいねー」

 セラフィーナは嬉しそうに拍手を送る。

 窓から1羽のハトが手紙を持って支部長のところへ飛んでくる。

 それは森羅魔法の【ピジョンメール】だということがわかるだろう。

「あ、【ピジョンメール】」

 森羅導士であるシェルーリアが真っ先に反応する。

「あれ、便利っすよねー」

 羨ましそうにソーレは見つめている。

「犬……。いや鳩なのか……?まだ酔っているか」

 ジックは目をこすった後うつ伏せになる。

「ジック……。酒臭い」

 シェルーリアは少し鼻を押さえる。

「おお、じゃあさっそくできたてのパーティに依頼を頼むか」

 支部長はこの場にいるセラフィーナを除いた、ジック、シェルーリア、クリストファ、ソーレの4人に声をかけてきた。


「依頼?面倒ですね……」

 依頼と聞いた瞬間、クリストファがあからさまに嫌そうな顔をする。

「まあまあ、頼まれてくれよ」

 支部長がなだめるように言うと弱いのか、クリストファは仕方ないですねとしぶしぶ動き出す。

 その後ろでソーレがジックの近くに水の入ったコップを置く。

「悪いな」

 ジックはうつ伏せのままコップを探し、酒を掴んでそれをごくっと飲む。

 それを見ていたソーレが「それは酒っすよ」とツッコミを入れる。

「……今日もツイてないな」

 酒をさらに追加したせいなのか、ジックは動かなくなる。

 その一連の流れを横で見ていたシェルーリアが依頼の話に戻す。

「お金は、欲しいな。どんな内容ですか?」

 支部長は羊皮紙を見ながら答える。

「星降る里で異変が起きているらしい、その原因の究明と解決だな」

「ほしふるさと? ってどこかしら」

 シェルーリアは脳内にブルライト地方の地図を広げる。

「ほしって星のことっすか?」

 ソーレは空中に字を書きながら訪ねる。

 支部長はソーレの質問に頷きながら説明を続ける。

「星降る里はここから北西に往復4日くらいか、そこにある里だ」

「星が降るように見えるから星降る里、って呼ばれている」

「星…拾って売ったらいくらになりますかねぇ」

 大金を得て楽をしたいという考えが透けて見えるクリストファのつぶやきにソーレが「家が一軒建つくらいじゃないっすか?」と続ける。

「なるほど……。それは拾いに行くしかないですね」

 クリストファは目にガメルが見えそうな顔をしている。

 支部長はそんな2人を楽しげに眺めながら話を続ける。

「たまに大地が細かく振動し、動植物がざわついているそうだ」

「暴れる動物に追われて怪我をしたものもいるらしい」

 その内容に深刻さを感じたのか、ソーレは眉をひそめる。

「むー、なるほど」

「それは……。住民たちは、不安でしょうね」

 クリストファは痛ましそうにつぶやく。

「何かの前触れ……。もしくは何かの呼び声?」

 ぶつぶつと呟きながら思考するシェルーリアに「お得意の妖精さんの入れ知恵か?」とジックが揶揄する。

「入れ知恵っていうか、智識よ」

「とにかく、何か起きるかもしれない……」

 その2人から視線を外し、クリストファは支部長に向き直る。

「そんな大事でないことを願いますけれど……。何にせ、その原因を探ってくればいいわけですね」

 支部長はその言葉に頷く。

「報酬は一人、4000G出そう」

 クリストファはそれを耳にした瞬間ガメルの目になり、「……毎度」と呟く。

「私は、行く。気になるし」

 シェルーリアはスッと立ち上がる。

 ジックは疑り深い視線を支部長へ向ける。

「……。随分気前がいいな。何かあるのか?」

「確かに調査にしては多いっすね」

 ソーレも気になり支部長へ視線を向ける。

「多いなら、いいんじゃないの?」

 その2人を見てシェルーリアはきょとんとした表情をしている。

「そんなに単純だったらいいんだけどな」

 それだけ危険度が高い依頼なのかを警戒してジックは支部長の言葉を待つ。

 それに対し、支部長はいつもの調子で応える。

「できたてのパーティの祝いだ。オレのポケットマネーから少し出した」

 照れくさそうに言っている支部長を見て無駄だと思ったのか、ジックは「……。そういうことにしてやるか」とため息をつく。

「はっはっは。ジックは相変わらずだなぁ」

 ジックの背中をバシバシと叩く。

「わかったわかった……。うっぷ」

 背中を叩かれて吐き気を催したジックは口を押える。

「ま、まってここで出さないで」

 吐きそうになっているジックにシェルーリアは慌てて、近くに袋がないか探し始める。

「大丈夫さ……。多分」

 ジックは吐き気をなんとかこらえながら答える。

 楽しげにしている支部長に、クリストファが「よ、太っ腹」と持ち上げる。

 それにノッたソーレが「よっ、太い腹」とふざける。

「そんなに出ているか?」

 それを真に受けた支部長は自分の腹を確認する。

「鍛えるかぁ」

 よっぽどショックだったのか、鍛錬を真面目に考え始めた支部長にソーレが「冗談っすよー」と声をかけるが首を横に振る。

「まあ、鍛えとくのに損はないからな」

 支部長はスクワットを始める。

 支部長から目をそらしたシェルーリアはジックの様子を見て不安を覚える。

「ジックは、それで出発できるの……?」

「……。不安、ですねぇ……」

 少しだけ眉をひそめながらクリストファも続く。

「いざとなったら魔法で治療するっす!」

 ソーレが元気に大声で言うと、ジックは頭に響くのかうめき声をあげる。

「いっそ、今すぐやってあげてよ」

 その様子を見てシェルーリアが若干あきれたように言う。

「おっ、やるっすか! 必要っすか!」

 頼りにされて嬉しいのか、ソーレは大声で言う。

「わかった、わかった……。大丈夫だから大声は勘弁してくれ。俺は一人で用意してくるから、お前らも用意しておけよ……」

 これはたまらんとジックは逃げ出そうとする。

「冒険に出る前にジックが死にそう」

 憐憫の表情でシェルーリアはジックを見つめる。

 短く息を吐いたクリストファがジックを指さす。

「依頼だ、ソーレ。”静かに”、そして速やかに彼の酔いを醒ましてくれ」

「任せるっすー」

 今度は小声で答えたソーレはジックに近づく。

 ジックはまた懲りずに手探りで水を探すが、またもや手に取ったのは酒であった。

 それを一気にあおり、噴き出す。

「(彼の者を蝕むものから救い給え――キュア・ポイズン――)」

 ソーレはティダン神に祈りを捧げ、右手を振り上げる。

 それは勢いよくジックの背へと振り下ろされた。

「酔いが醒めてきたな……。うっ!」

 叩く良い音と同時にジックの体内でアルコールが一気に分解されていく。

「よっとー」

 一仕事したソーレは満足そうな表情を浮かべる。

「ナイスです。ソーレ」

 クリストファはソーレにサムズアップする。

 その様子を見ていたジックはぽつり。

「……。前衛、いらねぇんじゃないか」

「私が死ぬので何が何でも前衛に出てもらいますよ」

 ジックのつぶやきが聞こえたクリストファはそう返した。

「ありがとう、って言っておくけど、これ以上魔力は無駄使いするなよ。肝心な時に力が出せないなんてことになりかねんからな」

 一部から誰のせいだという視線がジックに飛ぶ。

「了解っす!」

 元気よく答えたのはソーレだけだった。

 シェルーリアはジックにあきれた視線を向けつつコホンと咳払いする。

「酔いが冷めたなら、出発、しましょうか」

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