◆番外編 レティ様ルート 1

「見つけたぞ。お前が次代の聖女か。しかし本当にスラムにいたとは……。運がいいやつだ。最低な生活から抜け出せるぞ。メルティア神に感謝するとよい、『結界の聖女』よ」




 一体何のことか分からなかった。

 私、レティシアはスラム街と言われるところで母と2人で生活していた。

 父は知らない。

 聞いてみたこともあるが母は答えてくれなかった。


 私の住んでいたあばら屋には時々見知らぬ男の人がやってきていた。

 そして母はその男とどこかへ行く。

 その間私は家でお腹を空かせて母の帰りを待っていた。

 母は帰ってくるときに食べ物を抱えていた。

 私はいつもそれが待ち遠しかった。


 見知らぬ男の人が来ない日は、食べ物は、なかった。



 いつまでこんな日が続くのだろう。

 そう思っていたとき、母の体にブツブツができ始めた。

 みるみる母は痩せていく。

 見知らぬ男が来る回数は減っていき、とうとう誰も来なくなっていた。


 ブツブツは母の全身に広がっていき、あまり動けなくなっていた。


 食べ物はもうほとんど手に入れられず、スラム街から出てちょっときれいな通りの裏に捨てられている食べ物を拾ってなんとか凌いでいた。

 母と同じことをすれば食べ物を得られる、と思ったが、


「ダメよ。あなたは知らなくていいの。そんなことさせられない……」


 と母はこの世が終わるかのような顔をして言うので母にその方法を聞くことはできなかった。



◇◇◇



 そんなある日、あばら屋に白くて綺麗な服を着た男の人がやってきた。

 後で知ったがそれは神官服だった。

 前に来ていた男たちとはどこか違うようで、同じく白い綺麗な服を着た女の人もいっしょに来ていた。

 母は寝ています、と答えると、用事があるのはお前だ、と言われ『けっかいのせいじょ』と言われた。


 ぶっきらぼうな男と、優しく話してくれる女の人。

 話しはよく分からなかったけど、どうやら大神殿というところに行かなければいけないらしい。

 ちゃんとご飯を食べられるらしいの。

 しかも毎日3回だって!

 今までよくても2回、1日1回が普通だったのに。


「じゃあ行こうか、嬢ちゃん」


「待って、お母さんはどうなるの……? お母さんと離れるのはイヤだよ」


「俺たちが連れてこいと言われたのは嬢ちゃんだけだ」


「お母さんといっしょじゃなきゃイヤだ!」


「ちっ、このガキが……」


「待って、ねえお嬢ちゃん、お母さんは寝ているんでしょう。ちょっと会わせてくれない?」


「いいよ」


 そして、優しそうな女の人を母が寝ている隣の部屋に連れて行く。

 男の人もズカズカと入ってきた。


 寝ている母を見た女の人の顔が一瞬怖くなったが、元の優しい顔に戻った。

 男は顔を顰めて言った。



「おいおい、こりゃあ手遅れじゃねーか」


「そうね……ここまでくると……。でも使えるわ。ねえお嬢ちゃん、お母さんもいっしょに連れていってあげるわ。でもこのままだとお母さんは死んでしまうわ。お嬢ちゃんが大神殿でいっぱい勉強してお母さんを治す魔法を覚えれば助けられるかもしれない。だから、いっしょに来て」


 勉強する、とはよく分からないけどとにかく『だいしんでん』というところで勉強すれば母を助けることができるという。



 私は首を縦に振るしかなかった。



◇◇◇



 大神殿というところにきて、私は大きな部屋を与えられた。

 スラム街で住んでいた家よりも広い部屋。

 隣の部屋には私専属の付き人が1人。



 言われたとおり、食べるものは1日3食出てきた。

 浮いていた肋も見えなくなるくらい体が太ってきた。

 こんなにいい思いをしていいのだろうか。

 さらに、何着もある綺麗で真っ白な神官服。

 これは一日着たらすぐに洗って、順番が来たらまた着るんだって。

 どうしてそんなことするの? と聞いたら『聖女として外見はとても大事なのです』と言われた。



 湯浴みは贅沢にもお湯を湛えた浴槽で、10人くらい余裕で入れそうな広さに私1人と付人だけがいる。

 ボサボサで全く手入れせず切ったこともない茶髪は、【ビューティマスター】の固有スキルを持つ人の指示により肩ほどまでのセミロングにされ、さらりとした油のようなものを髪に満遍なくなじませツヤが出る。

 ガサガサだった肌もぬるま湯でゆっくり洗い、バラの香りのする液体を体全体に馴染ませる。


 しばらくそんなことが続いて、仕上がった私を姿見で見ると、皆が美しいと言ってくれた。

 『聖女に相応しい』、と。

 だけど、そんなことより私の心の中は母がどうなったかでいっぱいだった。


 付き人に聞いても、


『治療中で面会はできない。聖女として治癒の魔法を覚えてお母様の病気を治せるようになればお会いできるかと。ですので、今は聖女としての修行に専念なされますよう』


としか返ってこなかった。



◇◇◇



 そして、一般常識の勉強から始まった。


 まずは文字の読み書き。

 母から多少は習っていたものの、使うことがなかったので話せはするがろくに書けないという状態だったのだ。

 数の数え方、足し算引き算掛け算割り算もみっちり行われた。

 これができないと簡単に騙されるから、と言うことらしい。

 『買い物でお釣りを騙される、だからスラム街から一生抜け出せないんだ』、とも。



 この国は聖メルティア教国。

 一番偉いのは教皇様で、女神メルティアを最も篤く信仰しているから教国の統治を任されている。

 祭政一致と教えてもらったが、要は宗教のトップでもあり、政治のトップでもあると言うことのようだ。


 政治、というのはみんなの生活を良くしてくれること、ということらしい。

 でも、私のいたスラム街は食べるものにも困っていたし、着る物は着たきりだし、家だって隙間風が吹いて虫がお友達だった。

 だから、女神様から政治を任されているのにスラム街みたいに生きるのに困る人がいるのはおかしい、と先生に言ったら


『女神様への信仰が足りないのです』


 スラム街でも手作りの女神像に手を合わせている人はいたのに。


『女神様への信仰はお金で表すことが大事なのですよ』


 でもスラム街の人はお金を稼ぐ手段がないと思うんだけど……。


『女神様への信仰が足りないからお金を稼げないのです』


 スラム街の人は信仰が足りないからお金を稼げない。

 お金を稼げないから信仰を捧げられない。

 私は理解を諦めた。



◆◆◆◆◆◆


 いつもお読みいただきありがとうございます!


 40万PV突破記念です。

 昨年中に仕上げたかったのですが諸々あって今になりました。

 番外編ですので設定は本編と異なります。

 レティ様の本編との違いをお楽しみください!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る