第128話 不浄の王国 2 

side スパイト王国


 だが、『神の御子』は実在するようだ。

 少なくとも聖メルティア教国はそう考えている。

 

 以前から聖メルティア教国には聖女の派遣を交渉していた。

 交渉はずっと難航していたが、その中で教皇が領土拡大の野心をもつことがわかった。

 そこで『ヴァリアブルケージ』と『モンストーラー』を聖メルティア教国に渡して引き換えに癒しの魔道具や食料品などを手に入れることに成功した。


 教皇は『神の御子』を奪還することを名目にティンジェル王国に攻め入ることを決めていた。

 教皇は今の聖女よりも『神の御子』のほうが高い能力を持っていると見込んでおり、意のままにならない聖女を排除して自身の箔付に利用しようとしていたのだ。


 そして、聖メルティア教国がティンジェル王国に攻め入る際には『ヴァリアブルケージ』と『モンストーラー』を大量に用意し、さらには秘策として所持者の死をトリガーとして強力な魔物に変貌させる『召魔の宝珠』を教皇に持たせた(ただし教皇には危機の際に強力な効果を発揮するという偽りの説明をした)。


 その見返りとして、強力な治癒魔法を行使するという噂の『神の御子』に国土の浄化をさせるという密約を結ぶ。

 同時に内政の不満を外に向かわせようとしていたカイル帝国が交易路を侵略することを察知し、『シールドキラー』を帝国に提供して見返りの援助を求めた。

 ただし帝国は『シールドキラー』を受け取ったが色々と難癖つけて援助を先延ばしにしてきた。



 かくして聖メルティア教国が挙兵し王国のサウスタウンを占領。

 それを確認した帝国も新しく王国が開通した交易路に侵入。

 わが国が手を汚さず利を得られると思ったのだが……



◇◇◇



 蓋を開けてみると聖メルティア教国はすぐに押し返され教皇は死亡。

 教皇の権力の象徴であった『神罰の塔』も跡形もなく破壊された。

 それからほぼ間をおかずカイル帝国最強の尖兵『焔の剣聖』が敗北し虜囚の身になったと。


 ありえない。


 聖メルティア教国とカイル帝国との挟撃だぞ。 

 ティンジェル側には目立った損害がなかった。



 そもそも、教皇が死んだということは『召魔の宝珠』が発動し強力な魔物が顕現したはずだ。 

 【錬金魔王】ヴァイスの見立てによると最低でもカオスナイトリッチとなったはずだと。

 それを撃破したのは一体誰なのだ?

 S級では測りきれない古の魔物カオスナイトリッチ。



 ティンジェルには『辺境の守護者』スピネル辺境伯、現王の実兄でもある『王都の守護者』カーネル大将軍、他には黒騎士カイを始めとする11人のSランク冒険者がいる。

 しかしいずれもカオスナイトリッチを相手にしてタダで済むはずがない。

 暴虐を極めて皇帝ですら出陣を躊躇わせるような『焔の剣聖』を相手にしても同じこと。

 相対して無事なはずがない。

 にもかかわらずこれらの者が負傷、死亡したという事実は聞かない。


 可能性があるとすれば正体不明の『神の御子』。

 だが、教皇を殺害し『焔の剣聖』を捕縛するには場所が離れ過ぎている。

 方や王国の南西、片や王国の北東。

 つまり、『神の御子』と称すべき化け物が少なくとも2人はいるということだ。



 だがヴァイスによればそれでも問題ない、と。

 眼鏡で丸顔のこの男は、『現在開発中のアイテムが完成すればそのような心配は吹き飛び、スパイトが覇権を握ることができる』と宣った。

 それが真実かどうかはわからんが、我が国の切り札はこの男しかいないのだ。



◇◇◇



 聖メルティア教国がティンジェル王国に侵攻する前、王国の新興貴族クラウス=オルランドが魔の聖域を横断する交易路を開拓し、ティンジェル王国とカイル帝国の直通ルートが完成したという報が入っていた。


 最初は与太話にすぎぬ、魔の聖域の開拓など不可能と思って聞き流していた。

 だが、従来両国から得ていた通行料収入がほぼなくなったことで現実に直面させられることとなった。


 これが我が国の経済の悪化に拍車をかけ、もうどうしようもないところまできていた。

 頼みの綱はヴァイスのいう新開発のアイテムだけだ。



◇◇◇



 ロスルドの回想が終わる。

 そして今、クーデター軍が王城に迫っていた。


「ロスルドを殺せ!」


「無能の王族に死を!」


「肥え太った豚貴族どもに正義の鉄槌を! 突撃ィィィ!!」



 クーデターの首謀者はスパイト王国最強のバルザック将軍。

 主君への忠誠厚い彼であったが国の窮状にもかかわらず贅を尽くす国王にとうとう愛想が尽きたのだ。



 目指すは玉座。

 だが……



「ギンディ副将、そこを退くのだ!」


 内通者により開けられた城門から入った王城の庭には、彼が信頼していたはずの副官がヴァイスとともに立ちはだかっていた。


「将軍閣下、私はヴァイス殿と手を組みました。たとえクーデターに成功しても呪われたこの国に未来はない。外に活路を見出すしかないのです。侵略に異を唱えるあなたではみんなのたれ死にだ。私はごめん被る」


「そんなことはない! 今からでも遅くはない、ティンジェル王国に非を詫びて『神の御子』を招聘するのだ。そのためにロスルドの首が必要だ」


「もはや問答は無用。ヴァイス殿、頼むぞ」


 そう言うとギンディは何かの詰まった袋をクーデター軍の頭上に投げ、ヴァイスが風魔法を詠唱して袋の中身をぶちまけた。


「ゴホッ、ゴホッ、なんだこの粉は……」


 バルザック将軍は咳き込む。


「おお……!! 素晴らしい! 閣下、後ろをご覧ください」


 ギンディ副将に言われて後ろを向くバルザック将軍。


「なんだこれは…… 悍ましい…… グール、スケルトン、ゾンビ、レイスにリッチだと! 私の部下たちが! ヴァイス、貴様か! この外道めが!」


「さすが将軍閣下、私の傑作『グールパウダー』が効かないとはね……。しかし、あなた以外は不死者になりましたよ。いくらあなたが強くてもこの数には勝てないでしょう。心配しなくてもいいですよ、あなたには別の使い道がある。フフフ……」


「ヴァイスっ、貴様は地獄に落ちるぞ! 人の命を冒涜するとは悪魔の所業だ!」



◇◇◇



 圧倒的な数に対抗できなかったバルザック将軍は捕えられクーデターは失敗。

 さらにヴァイスは【錬金術マスター】により作成した生ある者を不死者へ変ずる『グールパウダー』を王都の住民にも振り撒き、数日にして不死者の軍団を作り上げた。


 そして不死者の軍団はティンジェル王国めがけて進軍を始めた……。



◆◆◆◆◆◆


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