第125話 ワースト侯爵の屋敷 2
「あらあら、波瀾万丈な人生ですのね〜」
「ええまあ」
「龍煌姫を撃破なさいましたの?」
「はい」
「さすがエリアリア様の婚約者第一候補ですわ〜」
うーん、何だかやりにくい。
黒騎士カイさんは、実はワースト侯爵家長女イライザ=ノワール様だった。
そのことはごく一部の貴族のみしか知らないらしい。
そして、黒騎士でないときのイライザ様は戦いとは縁もゆかりもなさそうな貴族の女性だ。
大体僕の経歴を聞かれたので差し障りのない範囲で答えていた。
「これほどの人物が野にいたとは、世界は広いわね〜。ホークスもそう思いませんか?」
「左様でございますな、お嬢様。武闘会で活躍する姿を見た時にスカウトしておけばよかったかと思われるほどです」
「しかしあの時はそこまでの強さではなかったはずですわ。もしくは巧妙に実力を隠していたのでしょうか」
「スタン侯爵殿のところで開花なされたのでしょうか」
目の前で推測が述べられていくが、僕は口を挟まずにいた。
僕の横ではレティ様が大人しくしていた。
珍しくあまり喋らないな。
◇◇◇
「あの龍煌姫をどのように倒したのかお伺いしてもよろしいかしら?」
「対龍族の奥義により葬り去りました」
「ディアゴルド流にそのような奥義はなかったかと記憶しておりますが」
ホークスさんの言う通りだ。
「あの、僕は一体どのような評価を受けているのでしょうか?」
「ブラックギルドのマスター捕縛、そして壊滅。『魔の聖域』におけるアビスゲートの再封印。固有スキルは【浮遊魔法】というのが公式ですわね。S級昇格、叙爵と同時に第三王女様の婚約者発表。それ以前には王国武闘会の下手人を瞬間移動で捕まえた。ディアゴルド家のクロエ嬢の誘拐犯人を単独で殺害し、クロエ嬢を奪還している。眉唾ものでよければ辺境の防衛において欠損すら治す回復魔法を使った。神罰の塔を粉々に破壊し教皇を殺害した神に仇為す者、というところでしょうか」
「なんだか得体の知れない凶悪な人間のようですね」
「スタン侯爵が後ろ盾となり、国の御用商会であるトーマス商会の支援を取り付けて魔の聖域を貫通してカイル帝国との直通ルートを開通。カイル帝国の侵略に際しては最大戦力だった『焔の剣聖』を弱体化させた上で捕縛なさってらっしゃいますよね」
「クラウスそんなことまでしてたの!?」
思わずレティ様が聞いてくる。
「うん、まあ……」
「あら聖女さま、ご存知でない? これは失礼いたしましたわ。どうやら先の教国からの戦利品というのは間違いないようですわね」
「…………」
場の雰囲気が一変する。
ピリピリしてきた。
「あたしだってみんなが知らないクラウスのことも知ってるんだから!」
「レティ様、そのあたりにしておいてください。イザベラ様、本日の本題に入りましょう。神器グングニルをお返しいたします」
そういって僕はグングニルをディメンションボックス(アイテムボックスに偽装済み)から取り出した。
だが、返ってきたのは予想外の返事。
「いえ、その神器はそのままお譲りいたしますわ。もう黒騎士も辞めようかと思っていたところですし。ちょうどよい頃合いですわ」
「ならぬぞ!! ……いや、黒騎士を辞めるのはよいことであるが」
開けた庭園に響いたのは、タイミングよく後からやって来たワースト侯爵の声。
「あらお父様、よいではありませぬか。神器も使える人間の手元の方が嬉しいでしょうし」
「だいたいそれは代々の家宝だぞ。今は当主である私のものだ。私には適性がなかったからお主に貸し与えていたもの。私は認めぬぞ」
そうだったのか。
そう、それがいい。
僕は既に神器を持っているし、槍の形状であるグングニルはいまいちしっくりこないんだ。
「第一この者が適性を有しているわけではあるまいに」
「いえ、グングニルを取り返して龍煌姫を倒している時点で適性があるはずですわ。そうでしょう?」
「イザベラ様、申し上げにくいのですが僕はグングニルを使っていません」
「! では一体どうやって…… ああ、詮索すべきではありませんね」
「だから適性があるかどうかはわかりません。家宝ともなればなおさら受け取ることはできません。スタン侯爵様から叛意を疑われるでしょうから、ご容赦ください」
「頭はまあまあ回るみたいね。どうかしら、グングニルでなければ私自身はいかがかしら?」
「イザベラ、もっと許さんぞ! スタンの子飼いを引き入れるなど。……だが待てよ。王族派に傾いたパワーバランスをこちらに揺り戻せるな……」
またこれか。
S級昇格に際して貴族の常識をスタン侯爵様の下で教えられたとき、女を使って自陣に引き入れるというのは常套手段だというのは聞いている。
そうでなくても、あの手この手を使ってというのは考えられる。
神器グングニルを僕に渡せば、スタン侯爵と僕の仲を険悪にできるとでも読んだのだろうか。
少なくとも王族派であるスタン侯爵様の庇護下にあるとされている僕がそれを受け取ったという事実だけで、王族派を揺らすことはできるだろう。
◇◇◇
僕は貴族の考え方に馴染んでいないから、ここに来たのは単純にグングニルを返しに来ただけで他意はないけど、向こう側はそうは捉えないだろう。
反王族派に貸しを作り牽制にきたと思われるような状況だ。
なので、今までのやり取りはテレプレートを通じてエリアにも聞こえるようにしている。
今のところエリアは何も言ってこないので、まだ僕の対応は大丈夫なはずだ。
月一回王家でのエリアとの面会では礼儀作法も学んでいるが、貴族同士のやり取りについても過去の例をもとにいろいろと聞かされている。
異性をあてがう(同性の場合もあり)、というか性癖を利用するのは当然で、相手によっては経済的な弱点を突いたり名誉をちらつかせたりなど様々な手法がある。
知らないよりは知っているほうがいいのだけど、僕に関して言えばスキルが悪意判定を下せばそこから思考がわかるので引っかかりにくいとは自分で思っている。
大体、王族派と反王族派と言ってもこれはどちらか正しくて間違っているかどうかという区分ではない。
王国の施策について十分に利害関係を考慮するために敢えて作られているのだという。
王様が考えた施策について、『王様、すごい!!』という人しか周りにいないのでは裸の王様になってしまう可能性が高いので、レオン王の時から反対意見が出やすくなるよう工夫した結果だそうだ。
とはいえ、近年は本来の目的を忘れて派閥争いに堕しているように思われるのでどちらかを潰して生き残った方を二分割したほうが良いのでは、というのが最近の陛下の考えのようだ。
僕は個人の能力が高すぎるので中立でいてほしい、と頼まれている。
平民出身だからその時の感覚でいれば大丈夫だろうけど。
◆◆◆◆◆◆
いつもお読みいただきありがとうございます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます