第117話 変貌 

「呪い呪われし深淵の闇へ沈め、『カース・オブ・デス』」



 教皇が詠唱を終えるのと同時に、横にいた女が倒れる。

 そして僕の目の前に黒いローブを被った骸骨が現れ、手にした大鎌を振り下ろした。


 術者の何かを犠牲にして相手に呪いをかける【上級闇魔法】のカース。

 さらにその上の即死魔法である『カース・オブ・デス』を使えるのは【イビルポープ】を持つ教皇のみ。

 即死魔法なら【上級闇魔法】の『デスリッチ』があるが、こちらはMPを使うだけですむ分成功率は低い。

 ていうかほぼ成功しない。



 『カース・オブ・デス』が代償とするのは命。

 ただし、自分の命である必要はない。

 インノティウス教皇は同衾相手の命を使っていた。


「この外道め……」


 思わず僕は呟く。


「そのまま死ね! 貴様の命を糧にさらに他の者も呪い殺してやろう。そのあと貴様はアンデッドとして私が使役してやる」


 この魔法のいいところは、『カース・オブ・デス』で呪殺した相手の命をもってさらに『カース・オブ・デス』を発動できることだ。

 理論上は相手が全滅するまで延々と使える恐ろしい魔法。


 だが、振り下ろされた死神の大鎌は僕の手前でピタリと止まった。


「なにっ!」


 向きを変えた死神はいったん消えて再び術者である教皇の前に現れ、その大鎌を振り下ろす。

 教皇は反射的に両手を顔の前に持ってくる。

 しかし、大鎌の勢いを止めることはできなかった。



「やめろっ! まさか呪い返しか!?」


 そう、呪いをかけた相手が術者より知性・精神が高かった場合、呪いは失敗し術者に返ってくる。

 通常なら『カース・オブ・デス』は術者の知性・精神の2倍の力をもって呪いにくるので、ほとんど失敗することはない。

 

「ぐあああああっ!」


 死神の大鎌が教皇の魂を斬り裂く。

 外傷もなく血が出るわけではないが教皇は魂の痛みに絶叫し、ほどなく倒れ果てた。


「これが呪い返しか…… なんと強烈な……」


 マリー様が呟く。

 レティ様やミストラルさんは教会関係者だけあってさほど驚いていないようだ。


「ふん、このエロジジイ、自業自得だわ」


 レティさんが悪態をつく。

 まあ、わからなくもない。

 結局教皇は死んでしまったので死体を持って帰ろうかと思ったとき、ベッドの脇にあった宝石が妖しく光った。


 やがて宝石は一人でに動き出し、教皇の死体に吸い込まれていく。

 そして教皇の体が光に包まれ爆発する。



 僕たちみんな思わず目を瞑りそして目を開ける。

 そこには化け物と化した元教皇がいた。

 肥大化した上半身にイケオジの顔が乗っている。

 黒くてツヤツヤしたローブを纏っているが腰から下はなく、黒々とした空間が渦巻いていた。


「ハッハッハッ、魔力が漲ってクルゾ! 【レンキンマオウ】め、トンでもないものをよこしオッタワ。コレデ世界を恐怖に染め上げてクレル! マズは貴様らカラダ。カオスフィールド!」



 人間のときの癖を持ったままの言葉で目の前の魔物が両手を合わせ全身をわずかに震わせたあと、あたりが闇一面に染まっていく。

 別世界に飛ばされてしまったかのようだ。

 そして、上下左右の感覚が掴みにくくなり立っているのかどうかも怪しくなり、時々視界がぐんにゃりと歪み始めた。


「みんなを守って、神聖結界!」


 まずいと思ったのが早いか、レティ様が神聖結界を展開する。

 だがカオスフィールドの効果が強いのか、自分一人を囲う程度しか発動していない。



◇◇◇



 目の前にいるのはエンシェントカオスリッチ。

 リッチは外道に手を染め闇に落ちた魔法使いのなれの果てだ。


 教皇と融合したあの宝石が問題だった。


 あれはスパイト王国の【錬金魔王】から莫大な金銭と引き換えに手に入れた魔道具だが、教皇は危機の時に効果を発揮するものとしか聞いていなかったようだ。


 本当の効果は、所持者が死んだ時にその未練や執着、怨念、欲望といったものを取り込んで世の理を歪めて魔物に作り替えるというもの。

 当然、元の固有スキルが強ければ作られる魔物も強力になる。

 

 感覚的にだが、ラルゴの命をもとに顕現した自称魔界の貴族ガーゴイルよりは強い気がする。

 でも今の僕は【交換Ⅴ】により知性ある魔物も交換の対象にできる。


スキル

【暗黒魔法マスター】(←【生活魔法】)

【フォースレジストⅤ】(←【暗闇耐性Ⅳ】)


その他

【混沌魔法】に関する知識・経験



 【暗黒魔法】を汎用スキルで持っていたので交換しておく。

 それと、魔法使い全般の弱点である物理攻撃を軽減するスキルもあったのでもらっておく。

 


「きゃああ! やめてミストラル!」



 僕が自分の強化に少し意識をとられていたときに、ミストラルさんが光の矢を次々に神聖結界に向かって発射していた。

 ミストラルさんの目には光がなく正気を失っている。

 横にいるマリー様も歯を食いしばって何かに耐えていたが、やがて狂気に染まりケタケタ笑いスカーレットレイピアを構えて僕に向ける。


 カオスフィールドの効果で二人とも敵と味方の区別がついていないのだ。


「ピュリフィケーション!」



 一瞬だけ二人の目に光が戻るが、また少しして正気を失う。

 フィールド自体を何とかしないと、一時的に正気を取り戻してもまたすぐに混沌に意識を奪われ続けてキリがない。




「足手まといヲ抱えてどうスルカナ、クラウスよ」




◆◆◆◆◆◆


 いつもお読みいただきありがとうございます!


 【フォースレジストⅤ】の効果については第102話参照です。

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