第89話 クロスロードの苦悩 1 

(第69話 エルフとの問答 2 のあたりからのクロスロード視点です)




『クラウスを借りるわね。名も無きエルフから』


 私の執務机にいつのまにか無遠慮に届けられていた紙切れ。


 相変わらず意味がわからん。


 戯れに執務室に来て、時間を停めて取りとめのない話をすることはたまにあったが、誰かを借りるなどというのは初めてだ。


 エルフは人間世界に不干渉だと常に言っておったのに。


 クラウスも人間離れして強いであろうが、さすがにエルフが手を借りるほどではないと思うのだが。

 何か世界に異変が起きているのだろうか。 

 エルフは世界の守護者らしいからな。




 翌日、朝食を終えて執務のため椅子に座ると周りの景色が、音が一切動かなくなる。

 そして転移でやってきたエルフは開口一番、


「クラウスは全エルフの恩人よ。いい、クラウスに何かあったらこの国が消滅すると思いなさい」


「一体何が……」


「貴方たちがそれを知る必要はない。まあ人間ごときにクラウスをどうこうできるとも思えないけど。今回はそれだけよ。じゃあ、また遊びに来るわね」



 そして時間が動き出す。

 言いたいことだけ言ってこちらの話を聞かずに帰るのはいつものこと。

 言っている内容がよく分からんのもいつものこと。

 だが、今回は格段に意味がわからない。

 クラウスは一体何をしたのか?

 エルフを助けたらしいが……



◇◇◇



「クラウスは元エルフとスキルやステータスを交換したそうです。知性や精神が7000近くあります。他にも……」


 エリアが報告してくる。



 ステータスだけでもS級の10倍近くあるじゃないか。

 もう冒険者ランクにZ級とか作ってクラウスを在籍させればいいんじゃないか。

 

「どうですか、お父様。クラウスは十分強くなりましたわ。私に相応しいと思いませんか?」


「それは認めよう」


「でしたら、婚約を認めて下さいますわね?」


「しかしなあ。まずは爵位を授けなければならんが、表に出てこない実績ばかりではな…… まさか、冒険者ギルドでの納品数が最も多いから、などというわけにはいかんし……」


「それなら問題ありませんわ。もうすぐ目に見える功績が上がるはずですから」




◇◇◇




 程なくして、クラウスが国を悩ませていたブラックギルドを自らを囮にして一網打尽にしたという報せが入ってくる。

 

 また同じ頃、冒険者ギルドからクラウスをS級に特別昇格させてよろしいかと稟議が上がってきた。

 これは、昇格できる場合の一つとして『国王が特に認める場合』とあるからなのだ。

 過去に適用された例は知らない。

 通常ならS級の昇格判定をギルドで行い、軍務大臣が認定することで足りる。

 表向きは『ギルドに著しい貢献があるため』とあったが、実態はクラウスが魔石を納め過ぎて他のA級からのクレームにギルドが耐えられなくなったからのようだ。

 認めるしかあるまい。

 適当な理由を繕っておこう。



 さて、叙爵するのにどの地位を与えるか、領地をどうするかが問題だ。

 ブラックギルド問題で奴隷を購入していた不届きな貴族を取り潰したものの、その領地は以前から叙爵したが領地を与えられずにいた者に与えねばならない。

 地位にしても、国の難題を解決した者に対して男爵程度の地位では釣り合うまい。

 せめて子爵だろうが、これとて前例があったかどうか……



◇◇◇



 などと考えているうちに、今度は辺境から援軍の要請があった。

 類を見ないほど大量のS級魔物が発生したと。

 どう考えても異常事態だ。

 まさか魔の聖域最北のアビスゲートが開いたのでは……


 だとすれば一刻も早く援軍を送らねばならぬ。

 辺境が陥落すれば、いずれは王都までも魔物に蹂躙される。


「エリア、クラウスを辺境に一足先に送れぬものか? 事態は一刻を争うかもしれん」


「ええ、私もそう思っておりました。アビスゲートが関係あるかもしれません」


「クラウスに依頼することについてお前のスキルはどう反応している?」


「……特に問題ないようですわ。むしろ辺境に行かせないほうがよろしくないとも」


「そうか、今からスピネル宛に書状を書く。準備出来次第すぐに向かわせてくれ。物資も持たせてな。転移と浮遊があるならすぐに着くだろう」



◇◇◇



 そして、スピネル卿から無事に魔物を鎮圧できたとの報告が上がってきた。

 最高の援軍を送っていただき感謝にたえないとも綴ってあった。

 どうやら原因は武闘会テロのときのバリアブルケージであろうとのことだった。

 現場で回収した魔道具の残骸が報告と共に送られてきている。

 

 となると、またスパイトの仕業か? 

 だがまだ断定はできない。

 とにかく、アビスゲートでなければ問題はなさそうだ。

 一応正規軍も幾分か派遣したが、おそらく必要なかっただろう。



◇◇◇



 そして1週間後、スピネルから追加の報告が上がってくる。

 クラウスを帰還させます、かと思いきや、どこかの誰かがアビスゲートの封印を弱め、いっしょに封じていた魔界の魔物2体の封印が解けたと。

 クラウスが圧倒的な力により倒したが、封印を解いた者はその魔物に食われており、誰かは不明(スパイトの疑いあり)。

 その2体を倒したことによりクラウスはさらに強くなったとのこと。



 いや、もう笑うしかないな。

 ブラックギルド壊滅の論功ですら決めかねていたのに、魔界の魔物を倒してアビスゲートの再封印まで行うとは。

 何を褒美にすれば良いのか、見当もつかぬ。






◆◆◆◆◆◆


 いつもお読みいただきありがとうございます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る