第90話 クロスロードの苦悩 2

 私の固有スキル【トゥルーアドミニストレーター】は答えをくれない。


 私が悩み抜いて出した結論が結果として国を正しい方向に導く、という抽象的なスキルなのである。

 そしてスキルが発動したかどうかはわからず、後の状況を見て発動したかどうかの推測しかできない。

 というわけで、私はまた存分に悩み抜かなければならない。

 精神をとてもすり減らすので毎度のことながら正直つらい。



 結局、クラウスは伯爵に叙爵することに決めた。

 

 最大限評価したいところだが、侯爵はさすがに与えすぎだと思われる。

 何せ王族以外での臣下としては最高位なのだから。

 本人の能力だけを見れば侯爵でもよいのだろうが、本人があまり望まないだろう。

 ほとんどの場合、昇爵するのは一世代に一度大きな勲功があった場合のみだ。

 準男爵から伯爵というのは全く前例にないが、クラウスの存在自体が前例にないのだ。

 叙任権が王に専属であることをもって押し切る。



 エリアがこだわる婚約については、世間的にぽっと出の若者を婚約者にするのはどう考えても無理があるので婚約者の第一候補とするしか考えつかなかった。

 しかし他に候補を挙げなければ婚約者と同義なのでエリアも賛成した。



 そして領地の問題。

 空いている領地は現在のところない。

 が、伯爵にまで任じておいて領地なしはさすがに国の沽券に関わる。

 誰か貴族の土地を取り上げるわけにもいかない。

 今から他国を攻めて領地を獲得、などできるはずもない。



 となると、もう魔の聖域しか残っていない。

 どこも領有を宣言していないのだ。

 クラウスに与えるということは我が王国の領土と宣言することに等しい。

 ただそうなると、魔の聖域から生じる被害を償わなければならなくなる。

 西側は王国と接しているからいいとしても、東はカイル帝国、南はスパイト王国に接しているから何かあれば賠償をふっかけられるのは間違いない。


 ……魔の聖域のということにしておくか。

 対外的にはサランディア領との境のあたりということにしておけば問題なかろう。


 これら決定事項を今から急いで叙任式にねじ込まねばならない。

 官吏達には気の毒だがな。




◇◇◇



 叙任式では、私が直接クラウスに叙任の儀式を施した。

 これだけでも貴族達はざわめいていたが、エリアの婚約者候補の発表でさらにざわめいていた。

 もう私がクラウスに肩入れしているのが丸わかりだが仕方ない。

 エルフに脅されているしな。 



 一応クラウスには私直属の暗部をつけているが、あちこち転移するので追いかけるのが大変なようだ。

『スキルに溺れて危険な行動をとる様子は一切ない』と報告が上がっている。

『気づかれてはいるが見逃されているようである』とも。

 警告はしているから、クラウスは甘んじて受け入れている可能性があるな。

 聡い子だ。



 無事に終わるかと思った叙任式も、最後にあのワースト卿がやってくれおった。

 腹の探り合いは常にあることだから通常なら咎めはしないものの、失敗をああも表に出されてはな。


 規格外のクラウスを【鑑定】しようとして鑑定の宝珠が壊れるとは、まあ反王族派とはいえ少しばかり同情せざるを得ない。

 一応罰として叙任式後のパーティに不参加とさせ、遠回しにクラウスに絡むのはやめておいた方がいいと告げてやったが、どうなることかな。



◇◇◇



 とりあえずひと段落したか、と思っていたところ、スタン侯爵を通じてクラウスが魔の聖域を東西に貫く交易路を作りたいと言ってきた。

 その交易路は魔物を侵入させない結界を常時展開するから安全を確保できる、と。



 何気ない風を装って宮廷魔術師長を呼び出し、仮定の話として知性が7000ある者が攻撃魔法を行使したらどうなるのか尋ねてみた。


「陛下、お戯れを。そのような者がおりましたら、上位の攻撃魔法一つで街が壊滅いたしますな。もはや人間ではございませぬ。結界でございますか? あまり資料がございませんが、かつての【結界師】は魔法媒体なしで百年持つ結界を展開できていたそうですな。今代の聖女も退魔の結界を展開できると聞き及んでおりますが、なにぶん他国のことゆえ詳細は掴めませぬ」



◇◇◇



 スタン侯爵は交易路をクラウスの領地にすればよく、新たにカイル帝国との国交を開始するにも等しいため交易の諸条件を提示して交渉すべきであると進言してきていた。

 もう既に道が開くことが前提の話だ。

 クラウスが懇意にしている商会では規模が少し足りないのでトーマス商会を動かしたほうがよいだろう。


 とにかく、現場を見てみよう。

 話しはそれからだ。




◇◇◇




 エリア、スタンとともにクラウスの【時空魔法】ゲートによりサランディアの前線基地へ移動する。

 ゲートの実物を見ると驚きは隠せないが、そこは王の威厳を見せるためあたかも当然のごとく振る舞うしかない。

 にしても便利すぎる、この魔法。

 暗殺などお手のものだろう。

 クラウスにその気がなくてよかった。


 そしてクラウスは魔法を詠唱無しでいくつか連続で発動し、最後は結界を展開して途中までだが交易路の下地を作り出した。


 事前に手順は聞いていたものの、目の前でみると大違いだ。

 宮廷魔術師長め、話が違うではないか。

 初級魔法で街が滅びるぞ。




「陛下、本日の作業はこれにて終了でございます」


 さて、クラウスをどう御したものか、エリアがいるから当面は大丈夫か、などと考えていたが、クラウスが作業の終了を告げてくる。

 返事をするのに少しだけ間を空けてしまった。


「おお、ご苦労であった。あとは少しの間この区間の様子見であるな。ところで、【浮遊】のスキルは他人にも作用するのか?」


「はい。よろしければお試しなさいますか?」


「ふむ。他の者はどうだ?」


 スタンとスピネル卿は希望したが、エリアは首を横に振った。


「……では御三方、よろしいですか。『フロート』!」



 ふわっと持ち上げられるかのような感触がして、地面から少しずつ浮く。

 そして、少しずつ高度が上がっていく。

 

 ほう、これが魔の聖域の全景か。

 目視はできぬが北には封印されたアビスゲートがあるはず。

 これだけ広大な土地にいったいどれほどの魔物がいるのか。

 辺境軍による防備に加えS級冒険者にも間引きを依頼しているのだが、それでは到底間に合っていないような気もする。

 クラウスならアビスゲートもどうにかできるのではないか、と淡い期待を抱いてしまった。


 それと、これで国の正確な地図が作れるな。

 依頼しておこう。

 

 さて、戻ったらカイル帝国との交渉の文章を作成させねばな。






◆◆◆◆◆◆


 いつもお読みいただきありがとうございます!


 まともな国王なのでいつも悩み事は絶えません。

 輪をかけてクラウス案件も増えたのでなおさらです。

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