第87話 叙任式の翌日
叙任式の夜、スタン侯爵様のお屋敷で泊めてもらったあと、転移でメイベルの実家に戻った。
「ただいま、お父さん、お母さん、ミリア」
「おかえり、クラウス」
「おかえり、お兄ちゃん」
「よく無事で帰ってきた」
「昨日正式に爵位を貰えたからね。伯爵になって、オルランドの姓をもらった。それと、魔の聖域の一部を領地としてもらって、第三王女殿下の婚約者第一候補になったよ」
「あらまあ、いろんなことが一気に起こったわね。あなたが貴族なんて。でも婚約者ができたなんて、エリアさんに悪いわねぇ」
そのエリアが第三王女殿下だったんだけどね……。
「そうか、クラウスよ。ほんとに貴族になっちまったんだなあ。これじゃ家を継いでくれとは言えんな」
「ごめんね、父さん。でも、貴族になったからといって当初の目的を果たしたわけじゃないから。成り行きでなっただけだよ」
「成り行きで貴族になれないわ、普通。これからどうするの?」
「母さん、魔の聖域を領地としてもらったから、まずそこをなんとかするところからかな」
「魔の聖域って、S級の魔物がたくさんいるところでしょ。大丈夫なの、お兄ちゃん?」
「んー、あてはあるんだけど、やってみないとわからない」
家族への報告もすませ、今度はウォーレンさんに借りている宿舎へ転移する。
「クラウスさん、おめでとうございます。ウォーレンさんのところでお話ししませんか?」
今度は、ミストラルさんといっしょにクレミアン商会の本部に転移する。
「おう、相棒、じゃなかったオルランド伯、来るのが予想より速かったな」
転移でほとんど移動時間がないからね。
「クラウス君、一代で準男爵から伯爵になった者は王国の歴史上誰もいないそうよ」
「一体いつ調べたんですか、サレンさん……」
「商人は情報の鮮度が命よ。でもまさか叙任式であなたのことが出てくるとは思わなかったわ。しかも婚約者付きで。直前まで伏せられていたわ。第三王女殿下は婚姻どころか婚約者すら定めようとせずにいたから、ほとんどの貴族は寝耳に水だったみたい」
「ほぼ徹夜で関連する事項を調べまくったんだぜ。それと、魔の聖域を領地で与えるとな。そこからクラウスの固有スキルは【浮遊】じゃなくて開拓に向いたスキルなんじゃねーかって言われ始めてる」
「ウォーレンさん、そのことについて相談があるのですが……」
「ん、なんだ?」
僕は頭の中にある構想をウォーレンさんに告げる。
「相変わらず規格外だな…… 条件が揃えば出来なくはないが、うちの商会だけだと手に負えん。他の商会にも声をかけて参加を呼びかけんとな。懇意にしている商会には声をかけるが、スタン侯爵様にも話を通しておいてくれねえか? 特定の商会を誘わなかったという話になると後が面倒だからな」
「そうなんですね……」
「ウチが独占すれば一時的に利益は出るが、美味しい話はみんなで分けといたほうが後が続くんだ。まあ、一番美味しいところは貰うけどな」
「忙しくなるわね、ウォーレン」
「そうだな、サレン。一世一代の賭けだ。先回りして物資を買い込まねえとな。お前達にもらったヘルコンドルの羽毛で得た利益もあるしな」
「うまく行くとは限りませんよ、ウォーレンさん」
「ミストラル、忠告ありがてぇが、ここは商人として譲れないんだわ。大きく当てないとトーマス商会には並べない。それにな、なぜかうまくいくという確信があるんだ。商人の勘ってやつだ。万が一失敗すれば、裸一貫でやり直すさ」
「どこまでもついていくわよ、ウォーレン」
「ありがとう、サレン。ところでクラウス、ミストラル、今晩空いていないか? 俺たちで祝賀会を開きたくってな。トルテも王都に来ているぞ」
「もちろんです、ウォーレンさん。ミストラルさんもかまいませんよね」
「もちろんです」
次は、スタン侯爵様だ。
◇◇◇
「……ふむ、なるほど」
「魔の聖域は魔力に満ちた地です。おそらく魔界とのアビスゲートが影響しているのでしょう。今回はそれを逆手にとります。とりあえず実験として魔の聖域のうち王国とカイル帝国の中間地点まで更地にして試してみたいです」
「よかろう。陛下に話して宮廷魔術師に見てもらうか。うまく行くのならカイル帝国とも話をつけねばならぬ」
「ありがとうございます。それと商会の件ですが……」
「そちらもだ。話をつけておこう。無論、クレミアン商会が一番乗りであることも考慮させよう」
「ありがとうございます」
◇◇◇
夕方、ウォーレンさんが用意してくれた高級レストランで以前のパーティーメンバーが勢揃いした。
「クラウスの大出世にカンパーイ!」
「大出世だなんて…… 照れますね」
「みなさん元気そうで何よりです。トルテさん、軍はきついのではないですか?」
「そうね、ミストラル。きついけどやりがいがあるの。私のスキルもレベルが上がったの。基礎体力をつける訓練が特に厳しいの」
「トルテさん、宮廷魔術師になれそうなんですか?」
「このままスキルを磨いていけば大丈夫だろうって言われてるの。でも軍はどちらかと言うとスキルよりステータス重視だからまだ少し時間かかるかもなの。ミストラルはどうなの? 相変わらず布教もせずダンジョン攻略三昧なの?」
「ええ。クラウスさんの英雄譚を間近で見ることが出来ますよ。ずっとそばにいたいくらいです」
「なにそれ。プロポーズみたいなの」
「だめよ、ミストラル。クラウスには婚約者がいるんだからね」
「なにそれ? トルテ聞いてないの」
「とはいってもまだ婚約者の第一候補ですけどね」
「どういうことなの、早く教えるの!」
「クラウスはな、この国の第三王女殿下の婚約者候補になったんだ。いつ出会ったのかは分からんがな。王族だから政略結婚の可能性もあるが……」
「クラウスの強さならあり得るの」
政略結婚……?
そんなパターン考えてもなかったけど、あり得るのか?
「大貴族のスタン侯爵の後ろ盾もあり、本人も数々の武功を挙げた実力派。まるでクラウスが表舞台に現れるのを待っていたかのような婚約の発表。本当に物語みたいね」
「サレンさんまでそんな……」
「昔みたいに小国が乱立していた時代ならともかく、今となっては政略結婚はあまり聞かないですね。利害の一致した貴族同士の結婚なら時々あるかもしれませんが」
僕とエリアはそういうのじゃないよね……?
そもそも僕の家ただの平民だし。
「陛下もただ婚約者候補を発表しただけでその理由まではおっしゃっていないようだし、分からんことを推測してもしょうがないだろ。ほら、トルテももっと軍の話を聞かせろ」
この後もみんなのそれぞれの話が続き、夜は過ぎていった。
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