第86話 叙任式 2
「ティンジェル王国第三王女、エリアリア=ティンジェルの婚約者第一候補者として、クラウス=オルランドを選定する。以上」
ざわ…… ざわ…… ざわ……
え?
(今度こそ顔に出たわね。クラウスを驚かせようと思ってお父様に交渉したかいがあったわ)
ピシピシ…… パリン! ガシャガシャ……
僕の右側で何かが砕け散った音がする。
最前列にいた貴族の懐から魔道具のかけらと思われるものが零れ落ちていた。
すぐさま近衛騎士たちが駆け寄ってくるが、その前に僕は右を向いて小声で『タイムストップ』を呟き、その貴族の動きを止めておいた。
(あれは『鑑定の宝珠』ね。クラウスを鑑定しようとしたのね。でもなぜ砕け散ったのかしら……)
(精神が5000までの相手しか測れないからだと思うよ。エルフから聞いたんだ)
テレプレートでこっそりエリアとやり取りをする。
「ワースト卿、一体どういうことだ? 説明せよ! どうした、答えぬか!」
宰相様が詰問するが、その貴族は答えようとしない。
どころか拘束されているのに抵抗ひとつしない。
あ、やばっ。
僕はすぐにタイムストップを解除する。
時間が再び動き出したワースト卿は近衛騎士に拘束されていることに気づき、狼狽する。
「ワースト卿、その無礼な振る舞いについて答えぬか。なにゆえ年に一度の叙任式を汚したのか」
「それはその……」
言い淀むワースト卿。
今度は国王様が険しい顔をして問う。
「我が娘の慶事に水を差すとはよい度胸ではないか」
「陛下、そのような恐れ多いことを謀ったわけではありませぬ!」
「ではなぜ鑑定の宝珠のかけらが散らばっているのだ? ……まあよい。連れて行け。この後のパーティに参加することは認めん」
◇◇◇
この後、何事もなかったかのようにしばらくしてからパーティ会場が開かれた。
スタン侯爵様に従い、S級に推薦してくれた貴族などに挨拶していく。
「クラウス=オルランドと申します。若輩の身ではありますが、以後皆様のご指導をいただき国に忠誠を尽くして参ります」
「うむ、初々しくてよいのう。さすがスタン殿が見出された方。期待しておるぞ」
「未だ婚約者のおられないエリアリア様の候補者になるとは、なかなかの有望株のようだ」
意図的に後回しにされたであろう貴族たちは、スタン侯爵様と対立する貴族閥だ。
スタン侯爵様は王族と懇意にしており、王族派と呼ばれている。
対するのは先ほど鑑定の宝珠を砕かれたワースト侯爵の属する反王族派だ。
反王族派は、専ら王族派の提案等にとりあえず反対を叫ぶのがお仕事らしい。
またブラックギルドに加担していた貴族も反王族派におり、ブラックギルド壊滅によりそれなりに反王族派の勢力は削がれたようだ。
「『魔の聖域』の一部を領土として与えられるとはの。収益を生む土地も領民もおらずにどのように収入を得るおつもりか」
(王女の降嫁ともなれば莫大な持参金が支給される。どこで第三王女と知り合ったのか知らぬが、うまくやったものよ)
覚悟はしていたが、こういうこと言われるよな。
「国王陛下のなさることには必ず意味があるかと思います。私はその意図を汲んで貴族の義務を全うするつもりにございます」
「模範的な解答ですな。楽しみにしておりますぞ」
(冒険者風情が。口の回ることよ。魔の聖域で稼ぐなぞ不可能。交易路を整備し、かつS級の魔物の侵入を防ぐなぞできようはずもないからな。全く陛下は年端もいかぬ小僧に対して何をお考えなのやら……)
ステータスとかスキルとか見えてますよ。
【交換】してやりたいところだけど、貴族相手にはできるだけ控えるようにとエリアに言われている。
貴族ともなると鑑定の宝珠を持っていることも多く、不調を感じたら自分で調べることができるのでそこから僕にたどりつかれる可能性がないともいえないからだ。
とまあそんな感じで、表と内心を上手く使い分けているのはさすが貴族様、という感じだ。
◇◇◇
そして、流れている音楽が一旦止む。
ここからはダンスの時間だ。
僕はエリアに近づいて、
「エリアリア様。今宵のファーストダンスの栄誉をどうか私にお与えいただけませんか?」
「もちろんですわ」
実は、スタン侯爵邸ではダンスの練習もあった。
そのときもたまにエリアが相手をしていてくれたが、まさか第三王女を相手に踊ることになるとは思ってもみなかった。
(驚いたよエリア…… いや、エリアリア様とお呼びした方がいいのでしょうか?)
(今まで通りで構わないのよ、クラウス)
(わかったよ。ところで、今までギルドの受付にいたけど、王城にはいつ帰っていたの?)
エリアの優雅なステップに何とかついていきながらも、テレプレート越しに聞いてみる。
(普段は私の偽物が王城にいるわ。【コピーワン】という人物の外見や仕草、声まで模倣できるスキル持ちがいるの)
(なるほど……)
(これも国の秘密のうちの一つですわ)
(また国の秘密を知っちゃった…… あ、僕の領地が魔の聖域の一部っていうのはなぜだろう?)
(ごめんなさい。お父様が理由をお話しにならないの。ブラックギルド摘発の際に取り潰しになった貴族の領地があったはずなのだけど……)
(僕に魔の聖域を開拓しろってことなのかな?)
(単純に考えればそうなるのだけど。ただそれは魔の聖域を王国の領土として保有するという宣言に他ならないわ。いまさらそんなことをする理由があるのかしら……)
考えてもしょうがない。
一曲が終わり、エリアは陛下と、続けてスタン侯爵様と踊った後は会場を去っていった。
僕は、スタン侯爵様と仲のいい貴族の御令嬢方と休む間もなく踊った。
さすがに第三王女の婚約者候補ということもあり、特にアプローチは受けることなく無事に終わった。
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