第80話 スピネルとクオーツ 

「耐えろ! ここを破られるともう後がない! 我らの後ろには非力な民が控えているのだ。お前たちの家族を思い出せ。必ずここを死守するのだ!」


 辺境の守護者と名高いスピネルは部下を鼓舞しているが、内心は穏やかではない。


(くっ、なぜこんなに大量のS級の魔物が発生したのだ? 深部にいるはずの魔物もちらほら見えている。援軍の要請もしたがまだ時間がかかるだろう。もう保たないかもしれん……)



「クオーツよ、お前は再びこの状況を伝え、援軍を乞うために王都に向かえ、いいな?」


「いいえ、お兄様。私もここで魔物を食い止めます。援軍が来るまで持ち堪えましょう」


「援軍が来るまで時間がかかりすぎる。それにその援軍もこの魔物相手にどこまで持ち堪えられるかわからん。この状況を正確に伝えられる者が必要だ」


「ここで私が逃げれば『サンバッシュ家は身内可愛さに妹を逃した』と言われるでしょう」


「いえ、クオーツ様。これは逃亡ではございません。戦略的撤退でございます。貴方様の勇猛さは誰もが知るところでございます。そしる者は誰一人としておりません。どうか王都にこの状況を告げ、対策を講じていただきたく存じます」


 クオーツの勇猛さを知るスピネルの部下は口を挟まずにはいられず、クオーツの言葉を否定する。


「これは指揮官としての命令だ。逆らうことは許されぬ。王都へ行け!」


「……わかりました、殿。どうかご武運を、お兄様」


 踵を返してクオーツは去っていく。

 スピネルはもう二度と会うまいとその姿を目に焼きつけていた。



◇◇◇



「敵側の増援です。グレートドラゴン10体が現れました」


 部下から絶望的な報告が上がってくる。


「そうか……。いよいよ正念場だな。みな、覚悟はよいか?」


「もちろんです。我ら辺境軍部隊、もとより覚悟は出来ております」



 スピネルは白い剣を構えてグレートドラゴンの前に立ちはだかる。

 一体でも道連れにしようとスキルの発動を構えた瞬間、上空から緊張感のない声がした。





「武闘会のときのグレートドラゴンが10体もいる。弱点属性はないんだっけか。他にも見たことない魔物がいる。証拠があるかもしれないから、風魔法にしとこう。悪党のスキルっぽくてちょっとやだけど、『エアーシューター!』



 轟音を伴う小さい風の渦がグレートドラゴン達を襲い、一瞬のうちに切り刻まれ、光の粒子となって消えていく。


「みんな傷だらけみたいだ。『セレスティアルヒール!』」


 その場にいる全員に光の羽が舞い降り、たちまち全快させる。


「……一体何が起きているんだ? 夢なのか? 俺はもう既に死んでしまったのか?」


「いえ、スピネル様、生きていますよ」


 ふわりと降りてきたクラウスがスピネルに告げる。


「後でお渡しする物がありますが、とりあえず今は東側の敵をお願いします。僕は西側から殲滅してきます」


 そして西を向いたクラウスは再びエアーシューターを発動し、その場にいたサタンウルフやダークソウルなどを巻き込み倒していく。

 まばらに生えている木々も切り刻まれ、あちこちに散乱している。

 ところどころに人工的な黒い塊が見つかった。




「あの者ばかりに負担をかけるな!」


 奮起したスピネルが部下を率いて残っている魔物に攻撃していく。

 MPが切れているため、必殺のブランシェレイドは使わないが、巧みな剣捌きで敵を倒していく。

 ただ少し敵の数が多いので、西側をあらかた片付けたクラウスは側面から加勢した。


「剛破旋風剣!」


 剣を下段から振り上げ、小規模な竜巻を起こして敵にぶつける。

 風魔法を乗せた上級剣術である。


 進路上にいた魔物は上空へ回転しながら巻き上げられ、霧散する。

 魔石が次々とディメンジョンボックスに自動的に回収されていく。



◇◇◇



 あらかた敵を殲滅し終えた後、スピネルさんがこちらに寄ってきた。


「助太刀感謝する。お前はクラウスだろう? 武闘会テロ事件のときにいた」


「そうです。スタン侯爵様から頼まれて馳せ参じました」


「あれだけあった魔物の気配はもうしない。砦に戻ろう。そこで持参してきた物を見せてもらおう。おい、クオーツを呼び戻せ!」



 スピネルさんは少し前に出発したはずのクオーツさんを呼び戻すため部下に命令していた。


 こうして、呼び戻されたクオーツさんとスピネルさんと砦の指揮官室で話をする。

 金髪の美男美女兄妹とか、なかなか見ない景観だ。


「あらためて感謝を述べる。敵の殲滅のみならず負傷した味方の回復まで行うとは。死者は出てしまっているが、最小限で済んだと言えるだろう」


 いくら光の回復魔法があっても死者の蘇生はできない。

 時空魔法でもだ。



「お褒めにあずかり恐縮です。こちらを預かってまいりました」


「これは、国王様の封蝋! 中を拝見させていただく。…………早速だが、物資をお渡しいただきたい。それと、貴殿には指揮官同等の権限を与える。自由に行動してよい。もちろん軍規の範囲内だが」


「ありがとうございます。とはいってもすることは魔物を倒すくらいなものですが」


「お兄様。いったいどういうことですの?」


「彼の者は王国からの援軍だ。可能な限り彼に便宜を図ること、との勅命だ」


「なんと…… 真なのですか?」


「王の書状を疑うのか? それにクオーツは見ておらんだろうが、S級の魔物をそこらの虫を無造作に踏むかのごとく蹴散らしたのだ」


「まあ…… サンバッシュ家に婿入りしていただきたいですわ。私で構わなければ」



 少し前に似たような事を言われた気がするけど……



「クラウス殿が困っている。戯れはそこまでにしておけ」


「いやですわ、本気ですわよ」


「申し訳ありません、あなたもとても魅力的ですが、先に将来を約束した方と出会っておりますので、ご容赦ください」


 テレプレートを通じてエリアに助けを求めたら、こう答えなさいと返事がきた。

 気障きざすぎない?


「あら、秒速でフラれてしまいましたわ。でも、第二夫人でもよくてよ。子種さえいただければ。ご迷惑はおかけしませんわ」



 なんて事言うんだ。



「やめておけ。我らほど力にこだわりはないのだ。すまぬ、クラウス殿。我が家は辺境地を預かるゆえ、力を追い求める気風にある。貴殿の強さは魅力的だが、意志を無視することはない」


「わかりました。あの、それでは、物資を引き渡します」




◆◆◆◆◆◆


※この話の番外編を書いています。

◆番外編 クオーツルートhttps://kakuyomu.jp/works/16818093083567610939/episodes/16818093083568209162


 いつもお読みいただきありがとうございます!


 婿入りしろのくだりは第74話でもやってます。

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