◆番外編 マリールート

(第13話 冒険者狩り 3 からのifルート)



 その鮮血の薔薇を見た時からだったと思う。


 倒れゆくタケヤマの後ろに立つ凛とした姿。

 冷徹な目で彼を見下す様子すら好ましく見えた。

 炎を纏ったスカーレットレイピアが返り血をすぐさま蒸発させるため、彼女には返り血一滴もついていなかった。



 僕はメイベルのサブマスに惹かれていた。



 あの人に相応しい強さとはどんなものだろう。

 そればかり考えるようになっていた。

 やがてそれは、『永遠の回廊』に対する執着をも上回るようになっていた。





◇◇◇





「エリアさん、サブマスターの経歴について何かご存知ですか?」


「あら、クラウスさん。サブマスターは私と同時期にメイベルに着任しましたけれども、職務上の上司ということ以外は存じませんわ」


「そうですか……。すみません、変なことを聞いてしまって」


「私がどうかしたのか?」


 どうやら、たまたま後ろを通りかかったサブマスに聞かれていたようだ。

 なんとなく恥ずかしい。


「聞きたいことがあるなら支障のない範囲で答えてやるぞ。私の部屋に来るといい」


 そのまま僕はギルドのサブマスの部屋に連れて行かれた。

 二人きりだ。






「で、何を聞きたいんだ?」


「いや、その……」


 本人を前にすると何を聞いていいかわからない。


「はっきりしないな。そういう奴は私は嫌いだ」


「!」


 僕は意を決する。




「サブマスター。冒険者狩りの件で助けられて以来、あなたのことばかり考えています。でも僕はあなたのことを何も知らないのです。経歴も強さも。そして、新人の冒険者がサブマスターに会う機会はほとんどありません。だからエリアさんが知っていることがあれば教えてもらおうと思いました」


「そうか。お前は私に好意を持っているということでいいのか?」


「はい」


「私は強い者が好きだ。身体の頑強さだけではない。精神もタフでないといけない。そして、さっきも言ったが、はっきりしない奴は好かん」


「はい」


「私の性格は男勝りでキツイと言われ、私自身も異性にはさほど興味がない。それにクラウスより6つ上だぞ。そんな私がいいのか? 大抵の男は見た目で判断して私に言い寄っては女らしくないと言い勝手に離れていく」


「タケヤマを倒したサブマスの姿に惹かれたのです。力強く、美しいと思いました」


「なるほど。私の強さは冒険者でいうと、準S級といったところか。少なくともそれに近い強さがないと私の視界に入ってこないぞ」


「それは、どんな手段で強くなってもいいのですか? 僕のスキルは【交換】なので他人の強さを奪いとって僕が強くなるというものですが」


「与えられた固有スキルを使いこなすことに問題ないと私は考える。その意味では手段は問わない。それに、本当の強さはスキルにはない。スキルで精神は鍛えられないからな」


「なるほど。わかりました」


「ふふっ、私に近づきたいなどと酔狂な奴がいたものだ。最近はいなかったからな。ならばどうだ、軍に来ないか?」


「? サブマスターは軍属なのですか?」


「そうだ。ギルドは国の管理下にあるからな。私はギルドを監視するためにサブマスターとして派遣されているのだよ」


「もしかして貴族なのですか?」


「隠しているわけではないが、あえて公にしているわけでもない。軍へのスカウトは任務そのものではないが、有望な者がいれば各自の責任で行うことがある」


「貴女のお目に叶ったのでしょうか?」


「そうだな。固有スキルがなかなかレアだからな。だが、軍に来ると、スキルは当然国の上層部に知られることになるぞ。ただ、国防の観点から市井の者に知られることはないから、その点は安心してもいい」


「そうなんですね」


「私への好意を利用するようで申し訳ないが、私の見立てだとクラウスの固有スキルは必ず国の役に立つ。何せ悪意を持つ者を道具などもなくノーリスクで判別できるのだからな。テロリストやスパイを容易に炙り出せる。その上其奴らが厄介なスキルを持っていても対策を立てられるし、汎用スキルなら【交換】により無力化できる。大いに貢献するだろう」


「なるほど。そんな考えもあるのですね。僕を見出した、ということでサブマスターの軍での評価は上がりますか?」


「おそらくはな。スカウトはある意味出会いが一番の要素だから、私はあまり重視していないがな。まあ、すぐに決めるというわけにはいかないだろうから、少し考えてくるといい」


「いえ、今決めます。軍に入らせて下さい」


「焦らなくてもいいんだぞ。家族との相談もあるだろう」


「即断即決のほうがサブマスターの好みに近いのではないかと思います」


「確かにな。だがそれは浅慮が好きなわけではないぞ。まあいい。ならば、まずは私の家に来てもらうぞ」



「えっ、それは早すぎませんか」



「何を勘違いしている。いきなり軍には入れないから、まずは私の家の警備に見習いで雇われるのだ。私の名前はマリーディア=ディアゴルド。ディアゴルドの名前くらいは知っているだろう。そこでの見習いに耐えられれば軍に入れるぞ。平民からなら最短コースだ」


「武門の誉れ高い名家ディアゴルド家の御令嬢だったんですね。思ったより高嶺の花だった……」


「御令嬢と呼ばれるのも久しぶりだな。怖気づいたか?」


「いえ、身分差が大きいですが僕の人生を賭けるに値すると思います」


「期待しているぞ」





◇◇◇





 そういうわけで僕はディアゴルド家に警備見習いとして雇われることになった。


 サブマスの目論み通り、僕は一月もしないうちにディアゴルド家に潜伏していたテロリストを発見し、【交換】により無力化した上で捕縛に成功。

 【交換】で得たスキルは暗殺向けだった。


 しばらくして正式に軍に入った僕は斥候部隊に配属され、そこからほどなく国王直属の特務部隊に異動となる。


 異例の速さで出世した僕は、一代限りの貴族位も与えられた。

 ディアゴルド家で雇われてから5年経って20歳になったときには、特務第一部隊長となった。

 これで身分の問題は大丈夫だろう。





 そして……






「マリーさん、僕と結婚して下さい」


「いいぞ」


「僕は今一番幸せです」


「私もだ。可愛いときのクラウスもよかったが、今のクラウスも好きだぞ」


「ん、そんな目で僕を見てたんですか?」


「そういうわけではないが、好みの範疇にいたのは間違いない。私のことを好きと言った時はまさかと思って驚いたが」


「そんな風に見えませんでしたが……」


「職業柄感情を出しにくいからな……」


「ええ、今なら分かります……」


「これから末永くよろしく頼むぞ」


「はい、こちらこそ。よろしくお願いします、マリーさん」


「マリー、と呼んでもいいのだぞ」


「マリー」


「なんだ?」


「ちょっと恥ずかしいですね……」


「『神出鬼没の粛清者』とは思えん純情なセリフだな」


「仕事は仕事だと割り切れるようになりましたけど、僕自体は変わってないつもりですよ。その名は周りが勝手に僕を怖がっているだけです。国に叛意を持たなければいいだけなのですから」


「そうだな。冗談だ。お前のことは私が一番理解しているさ。だから、気にするな」




 そして、ディアゴルド邸のマリーの私室にて、二つの影が交わった。








◆◆◆◆◆◆


 いつもお読みいただきありがとうございます!


 正月なのでちょこっと書いてみよう、と思って即興で書いてみました。

 番外編ということでifルート、マリー編です。

 設定は本編と異なります。


 クラウスは年下の男の子ですが、実はマリーのストライクゾーンにいたとしたら、という想定です。

 あと、特務第一部隊は、内部の綱紀粛正担当で国王の意に沿わない者をこっそり粛清しています。

 つまり、国の犬エンドですね。

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