第22話 サレンのアプローチ 

 赤い宝箱からカタリナのピアスを拾った後、2回ほどウォーレンさんが睡眠にかかったりしつつ7階の転移陣に到着した。


 おそらく外はもう夕方近くの時間だから、今日のダンジョンはここまで。

 いったん帰還してキャンプの準備をすることになった。

 

 男性用のテントと女性用のテントで分けて用意。

 夜はたまたま近くに冒険者パーティがいたので、交渉して男6人で1時間半ずつ夜の見張りを担当することになった。



◇◇◇



 少し気になっていたことをウォーレンさんに聞いてみた。


「ウォーレンさん、C級に昇格したらパーティはどうするんですか?」


「そうだな、このパーティは解散だな。俺とサレンはもう冒険をしないから、ミストラルとトルテは多分メンバーを募集するだろうな。それを承知で俺のパーティに入ってもらったから」

 

「C級になるのが商会の跡継ぎの条件なんですか?」


「まあな。この国で一番大きな商会が同じことをしていてな。親父が張り合ってんだ。一番上の兄貴は期限までにC級になれずに他の商会の婿にいっちまった。あと2人の兄貴はC級になっていて、今は親父の補佐だ。あとは俺の結果待ちというわけだ」


「商人も大変なんですね……」


「うちが目指すのは王家お抱えの御用商人だからな。この程度の苦労は当然だ。相棒だって、『永遠の回廊』の踏破が目的なんだろ? そっちのほうが大変なんじゃねーか?」


「どっちが大変なんでしょうね……?」


「ま、どっちが大変にしろ大事なのは目標を立てて努力することさ。あとはその努力があさっての方向を向いていないかを常に確認することだ」



◇◇◇



 夜が明けて、朝食を摂ったら7階からの攻略再開だ。


 7階を抜けて8階からステップワームという魔物が出てくるようになった。

 こいつは地面から飛び出してくるので、【探知】も地面下まで張り巡らさなければならずMPの消費が少し多くなる。

 地面から飛び出して大きな口で睡眠効果付きの噛みつき攻撃を行い、また地面に潜り込んでいく。

 逃げた穴に火魔法をぶち込めば簡単に倒せるが、その場合魔石やドロップ品が地中に現れるので回収に手間がかかる。

 なんとも面倒な敵だ。


 いつもより少し時間がかかりながら、無事10階に到着。


 ここのボスはナイトメア。

 長いたてがみの黒い馬だ。

 突進やいななきのほか、この魔物専用技の『悪夢』を使ってくる。

 この悪夢は、対象1人を耐性無視で100%睡眠にするという恐ろしい技だ。

 しかも、起こすにはアウェイクや鶏声丸を2回使わないといけない。

 が、致命的な欠点がある。

 発動が遅いのだ。

 あと、ナイトメアは【弱者の意地】が発動するレベルでもあった。

 

 というわけで、発動される前に僕が一閃して終わり。

 お供のブルーブル2体もいたが、それもすぐに片づける。

 ボスは魔石とドロップ品の黒馬のたてがみを残して消えていった。


 今日はボスを4回倒して攻略を終了。

 また、キャンプで一晩過ごす。


 次の日は2回倒して、いったんメイベルへ帰還した。





 もう一度2日かけて休息と消耗品の補充などの準備を整えて、午睡の草原へ向かう。

 今度も2泊3日で、あと9回ボスを倒せばノルマ達成だ。



 2泊目のキャンプのときにそれは起こった。




 僕が見張りをしていたら、サレンさんが隣にやってきた。

 たぶん香水だろう、甘ったるい匂いがする。


「クラウスくん、あなたとても強いのね。正直最初に会ったときは頼りなさそうに見えたけど、こんなに強いと思わなかったわ」


「はあ、ありがとうございます」


「どうしてそんなに強いのかしら? 教えてくれないかなぁ?」


「冒険者に登録する前から鍛えていましたので」


「それだけじゃあこの強さは説明できないわ。何か強いスキルを持っているんでしょう?」


「そうかもしれませんね」


「もう、つれないわねぇ。でもそういうところも素敵よ」


「はあ……」


 そして、サレンさんは僕の正面に回り、先ほどより近づいて目を合わせてくる。

 僕は少し離れて目線を少しそらして目が合わないようにする。


「クラウスくん、私と付き合ってみない?」


「どういう意味ですか?」


 ここはすっとぼけておく。


「男女のお付き合い、という意味よ」


「サレンさんにはウォーレンさんがいるでしょう」


「ふふっ、だからナイショでね」


 二股かけるつもりか。

 何考えてるんだ。

 いや、わかってるんだけどね。


「…………」


「誰か仲のいいでも既にいるのかしら? 私は気にしないわよ」


 僕が気にします。

 ってまあいないけどさ。


「別にいないですけど」


「ならいいわよね。私に魅力がないかしら?」


「そういう問題ではないと思うんですが……」


「ウォーレンのことを気にしているの? 大丈夫よ。別れてもいいくらいだから」


 嘘だ。


「ふふっ、考えておいてね。悪いようにはならないわ」


 ……それはサレンさんにとって、だ。






 サレンさんが去っていったあと、僕はため息をついた。

 そして、サレンさんのスキルを思い浮かべる。


スキル

【生活魔法】【初級剣術Ⅱ】【探知Ⅱ】

【罠発見Ⅲ】【レアドロップ率上昇Ⅱ】【詐術】


固有スキル

【一意専心】



 そう、サレンさんは僕に悪意を持っている、とスキルが判断していた。


 【詐術】は、会話の時に自分の思うように相手を誘導しやすくしたり、自分の本心を悟られにくくなる効果がある。

 相手との距離を近づけたり、目を見つめたりなどの行動で効果が強くなる。

 

 このスキルが見えていたからやたら近づいてくるようになったサレンさんから一定距離を保ち、失礼にならない程度に目を合わせないように心がけていた。


 そして、もったいないな、と思ったのが【一意専心】だ。

 この固有スキルは、一つの物事に集中すればするほど成功率が高くなるというスキルだ。

 戦闘用のスキルであれば、一つのスキルを集中して使えばレベルが上がりやすくなるし、それ以外の物事でも効果は発揮される。

 ウォーレンさんと僕の二股をすれば、このスキルの恩恵を受けられなくなる可能性が高いと思われる。


 


 最初は、なぜサレンさんのことが見えるようになったのか全然わからなかった。

 恨まれたりとか疎まれるようなことに心当たりがないのだ。

 パーティ加入直後は僕の実力を疑っていたようだが、今はそうではないはずだ。


 サレンさんの考えがよくわからないな、と思っていたら、【交換】スキルが反応した。

 のだ。

 思考も交換の対象にできるから、その前提として読めるようだ。

 ただ、思考を読めるならあえて思考を【交換】して僕の思考を相手に与える必要はない。




 そうしてわかったサレンさんの考えはこうだ。


 まずサレンさんは、ウォーレンさんが商会の後継ぎになる可能性があるので付き合っている。

 他にも将来有望な人間がいれば目をつけておきたいが、異様なまでの強さを発揮する僕を見て将来性があると思った。

 そこで、ウォーレンさんが後継ぎになれなかった場合に備えて僕をキープしておきたい。

 年下だと御しやすいだろう。



 とまあそんな感じだ。

 あと、ウォーレンさんと別れてもかまわない、と言っていた時のサレンさんは、もしウォーレンさんが後継ぎになれなくても別の商会を立ち上げるなりして成功する可能性も捨てきれないからまだ別れるつもりはない、と考えていた。

 顔も結構好みらしい。

 だから嘘だ。



 サレンさんの考えは一般的にどう評価されるのか、僕にはわからない。

 ただ、いつか僕も捨てられそうなので付き合うのはお断りだ。


 と、ここまでわかって【交換】スキルにより悪意がある、と判断されたのは、自分の将来のために僕を利用しようとサレンさんが考えたことなのではないかと思った。

 

 だけど、僕としては交換するほどでもないと思うので、交換しないことにした。






◆◆◆◆◆◆


 いつもお読みいただきありがとうございます!


 クラウスの思う悪意と、スキルが反応する悪意にはズレがある、というお話でした。

 スキルが反応するのは、相手がクラウスにとって悪影響を及ぼす意思を持っている場合です。

 今回のように、本人があまり気にしていなくても勝手に発動します。

 逆に、本人が不愉快に思っても相手が善意からの行動と思っていれば発動しない場合もあります(第3話のエリアとの会話)。

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