第6話 盗賊との戦いで得たもの
殺されるかもしれないという感情を盗賊と【交換】する。
そして、僕は余裕を取り戻した。
が、同時に殺意も持ってしまう。
感情を交換された盗賊は突然顔が青くなりその場に膝をつく。
それを見た僕はすかさず近付いて剣を振り、首を狙って頸動脈を深く切り裂く。
噴水のように勢いよく飛び出る赤い返り血が僕を染めた。
そして、ついに盗賊のステータスは見えなくなった。
「お、おい、ジェイク! このガキっ!」
残ったほうの盗賊は予想外の事態に動揺しながらも僕に斬りかかってくる。
こいつも殺してやろうと思ったが、殺してしまうとスキルが【交換】できなくなるのがさっきわかったので殺すのはやめておく。
腕力にものを言わせて、盗賊の剣を弾き飛ばしてやる。
D級程度のステータスしかないくせに僕に勝てるわけないだろ、と少し腹が立った。
なんだか少し感情が昂っているようだ。
あのジェイクとかいうやつの感情に引きずられているのかもしれない。
盗賊の手足を適当に斬りつけて逃げられないようにした後で、ライネルさん達がやって来た。
「おい、無事だったか? すまねえ、2人もそっちに抜けられちまった。……これは、お前が2人をやったのか?」
「ああ、ライネルさん。返り血を浴びただけで僕は無事です。こんな雑魚に遅れを取るわけないですよ」
「……そうか。まあとにかく無事でよかった。こっちも一人捕まえたからな。あとは逃げられちまったが。ランベールの町で衛兵に引き渡せば、後でいくらか報酬がもらえるぞ」
結局、馬車の荷物は無事で済んだ。
『酒人公』も2人ほど軽くけがを負っただけで済み、戦闘の後始末を終えてから盗賊2人と死体を一つ追加した。
翌日僕たちはランベールに到着した。
ランベールに着いてから、運んできた荷物をクレミアン商会のランベール支部で下ろす。
これで依頼の半分は終わりだ。
メイベルに運ぶ荷物は明日積み込めばいいそうだ。
今日はもうすることがないので、『酒人公』が酒場に誘ってくれたが、僕は疲れたからといって断ってクレミアン商会が用意してくれた宿の部屋に直行した。
◇◇◇
盗賊との戦いでいくつかわかったことがある。
まず、交換した感情は一時的なものだったということだ。
戦いが終わったあと、しばらくして僕から盗賊を見下す感情と殺意が消えていた。
あのときの僕は別人だったのではないかとさえ思える。
交換したのが感情でよかったと思う。
もし性格を交換していたらそれはもはや僕ではないだろう。
またおそらくレベルアップした後の【交換Ⅱ】のおかげなのだろうが、一度スキルで見た相手の居場所がわかるようになっていた。
自分と相手の現在地を交換しようと思えば、相手の現在地がわかるのだ。
例えば、今日衛兵に引き渡した盗賊2人は、いまランベールの牢屋にいるし逃げだした盗賊のリーダーは山中のアジトにいる。
現在地の交換を使えば、相手の現在地次第で長距離の移動が一瞬で済むから便利かなとも思ったが、移動先の周辺の状況はわからないから移動先で敵に囲まれてました、なんてことがあったら困る。
あと、同じ相手に一回しか使えないから、ステータスかスキルの強化のために使ったほうがいい。
で、本命は、ステータスかスキルの交換だ。
盗賊のうち、3人をこの目で見ているので3日かけて交換しよう。
その3人は、捕まえた2人と僕が最初に姿を見ていたリーダーだ。
今は器用のステータスがほしい。
盗賊との戦闘では、感情を交換した相手の動きが止まっていたから簡単に攻撃できたようなものだし、もう一人もかなり動揺していたからね。
命中率を上げておきたい。
3人を比べるとライネルさん達が捕まえた盗賊が最も器用が高かった。
こいつで決まりだ。
器用:143(←38)
翌朝クレミアン商会のランベール支部で荷物を積み込み、往路と同じメンバーで出発。
復路はフォレストウルフやスライムがたまに出てくるくらいで特に何もなかった。
3日間の移動のうちに、残り2人の盗賊と【交換】しておく。
速さ:90(←54)
器用:328(←143)
スキル
【トラップシーカーⅢ】(←【速さ半減】)
【器用上昇Ⅲ】(←【器用半減】)
【探知Ⅱ】(UP)
【隠蔽Ⅰ】(NEW)
【初級錬金術Ⅰ】(NEW)
【毒耐性Ⅰ】(NEW)
【トラップシーカー】は、盗賊のリーダーが持っていた。
これ一つで罠の設置、発見、解除、宝箱の解錠等ができる便利スキルだ。
僕はまだソロで活動するつもりなので、いずれ罠のあるダンジョンに備えてもらっておく。
代わりに【速さ半減】を交換した。
罠も使えず、のろまな盗賊なんてたぶんすぐ捕まるだろう。
もう一人、僕が捕まえた盗賊は【器用上昇】のレベルが一番高かったので、僕の【器用半減】と交換しておいた。
そして、器用が上がった瞬間、【探知】がレベルアップし、さらに【隠蔽Ⅰ】【初級錬金術Ⅰ】【毒耐性Ⅰ】が生えてきた。と
いうことは、これらのスキルは器用のステータスが関係するということか。
【探知Ⅱ】は、気配察知の範囲が10メートルまで広がり、また人間と魔物の区別がつくようになった。
ただ、範囲を広げれば広げるほどMPの消費が大きくなる。
【隠蔽】は、【探知】とは逆に自分の気配を遮断して見つかりにくくなるスキルだ。
これは、探知のレベルアップに伴い出てきた可能性がある。
いわゆる『隣接スキル』というやつだ。
関連性が強いスキルは、同時に生えてきたり、片方のスキルを使っているともう片方が生えてくることがある。
【初級錬金術Ⅰ】は、僕が母のポーションづくりなどを手伝っていたことも関係するかもしれない。
【毒耐性Ⅰ】は毒にかかる確率を10%下げ、毒にかかった場合でもその効果を10%低減する。
ちなみに錬金術スキルは就職に有利となる。
なぜかというと、薬やポーション類は錬金術スキルを持っていないと作成できないからだ。
実は、僕の母も初級だけどこのスキルを持っている。
スキルのない者がポーションを作成する手順を踏んでも、できあがるのはただ色と味がついている水で効果を発揮しない。
材料が無駄になるだけだ。
◇◇◇
およそ一週間ぶりにメイベルに帰ってこれた。
クレミアン商会で依頼の確認書をもらい、ギルドの受付で報酬をもらおう。
さきにランクの高い『酒人公』が清算を済ませる。
エリアさんとライネルさんが何やら話していた。
『酒人公』の清算が終わった後、ライネルさんが声を掛けてくる。
「無事に依頼が終わったな。俺たちは夕方行きつけの酒場で一杯やるが、来ねえか? 奢ってやるぞ」
「ありがとうございます。今回は是非ご一緒させてください」
「なら、また後でな」
ランベールでは疲れていたのとスキルの考察のため断っていたが、さすがに2回も断るのは失礼だろう。
依頼中は野営の仕方とか教えてくれたし、親切にしてもらった恩もある。
夕方になって『酒人公』が待っている歓楽街の酒場に入る。
彼らはすでに飲み始めていた。
「よ、来たかクラウス。まあ座りな。好きなもん頼んでいいぞ。何か飲むか?」
「こんばんは、ライネルさん。お酒はまだ早いと思うのでミルクにしたいです。食べ物はみんなと同じものがいいです」
「そうか、まあ無理強いはしないさ」
このあと、頼んでいた料理が運ばれてきた。
僕は揚げ物を摘まみながら『酒人公』の面々と楽しく話をしていたが、ふと少し離れたテーブルから聞こえてきた会話に気をとられた。
「おい聞いたか、剛力無双が拠点を移したってよ」
「ああ、エリアさんに近づいたC級の冒険者に喧嘩売って返り討ちにあったんだろ。しかもそのうち二人は瀕死に追い込まれたってな」
「自分で喧嘩売っといてそのザマだから恥ずかしくてこの街にいられなくなったんだろうよ。今までボコってきた奴らからのお礼参りも怖いだろうしな」
「エリアさんへのアプローチもやり過ぎだったし、いなくなって清々するぜ」
(あの剛力無双か。【交換】スキルで4人のうち2人は最大HPと体力がF級並みしかないから、C級が相手だと下手すれば瀕死にもなるよな)
「クラウス君? どうしたの?」
エリーゼさんから声をかけられる。
「いえ、なんでもありません。エリーゼさん、剛力無双って知ってます?」
「ああ、あの脳筋パーティね。直接は知らないけど、素行が悪いらしいわね」
「なんだ、剛力無双の話か。俺も絡まれたことがあるぞ。エリア嬢に近付くと痛い目を見るぞ、ってな。まあ俺はエリーゼ一筋だから関係ない、って言ってやったけどな」
「まあ、ライネルったら、うふふ」
この二人は夫婦だった。
このあとも、二人の出会いやのろけ話を聞きながら楽しい時間を過ごした。
◆◆◆◆◆◆
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回は説明が多いので、少し長くなっています。
クラウスがミルクを頼んだのは酒が飲めないからです。
居酒屋で頼むミルクといえばカルーアミルクですよね。
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