第33話 ケーキ

 僕は未だにレシティと抱き合っていた。

 あれから10分程は経っただろうか。今まで天井を見上げて耐えていた理性が段々となくなって来ている。


 柏原の胸が当たっていた時は、姉がふざけてる感があって何回もやられている所為か、慣れていた。


 で、でも、同級生…しかもこんな可愛い子に…。


 それは自分の身体にも影響を与えて来ていて…


「そ、空さん…何でそんな離れようとするんですか…わ、私暗いところは…」

「わ、分かってるけど、男子にはどうしても離れたい時がある生理現象なるモノがあって…」

「は、離れるなら! 皆さんに空さんがマジックドクターと言う事をバラします!」

「え、そ、それは…」


 ガバッ


 レシティが勢いよく空に抱きつく。

 僕はそれを断り切れず…。


 それと同時に…


 …終わった。何もかも。

 そう思った。


「…はぇ?」


 一瞬の沈黙の後、変な空気が流れる。


 そして。


「え、あ、あれ、こ、こここここれは!?」


 何も言い訳は出来ない。高校生が可愛い同級生と抱き合えばどうなるのか、分かりきった事だ。


 空はレシティの視線が自分の顔よりも下を向いてる事を感じながら、静かに目を閉じる。


 どうせなら、これが夢であってくれ。


 そう願って。


 ボフッ


「キュウ」

「レシティさん!?」


 いきなり倒れたレシティを、空は抱き抱える。


 ガチャ


「お、お嬢様。申し訳ありません」

「申し訳ありませんでした、お嬢様」


 申し訳そうに吃る老齢な執事、そしてキリッとした姿勢でハキハキと喋るメイドが部屋の扉を開ける。


「「え?」」


 その2人の姿、声は僕の頭から離れる事はないだろう。


 興奮した男が、気を失っている主人の身体を抱き抱えている。

 その姿を見てか、2人はそれぞれの反応を示す。


「お、おのれ〜ッ!! 調子に乗りおって!! この小童がぁぁぁッ!!」

「…なるほど。もしかしてこれは結構脈アリかもしれませんね…」


 執事のセバスさんに関しては、何かに進化しそうな勢いだった。


 …ごめんなさい。




「何をしてたんですか? レシティは?」

「え、いや、別に、し、知らないですけど?」


 僕は部屋に戻ると氷川さん、雄太郎とソファに座り話し合っていた。


「うん? 珍しいな? 空が吃るなんて? 何か変な事でもしたのか?」


 雄太郎が言う。

 何でこう言う時に限ってお前は鋭いんだ。馬鹿の癖に。


「え、皆月君、何かした


 ガチャ


「お待たせしました。皆様」


 突然先程まで怒っていた執事のセバスが、晴れやかな笑顔を浮かべて、部屋に入って来る。


 ナイスタイミング。


「セバスさん。レシティは今何処に?」

「お嬢様は突然体調を崩してしまいまして…今日は、これをお詫びにと」


 セバスはテーブルの上に高級そうなチョコレートケーキを置いた。


「こちら、シェフの特製ケーキになります。何層にも重なった層の間には、季節の果物のソースを組み合わせており、口の中で盛大なハーモニーをーーー」


 何と言う事か、さっきまであんなに怒っていたセバスさんがこんなのを持って来てくれるとは。あの時は本当にこの世のチリにしないと許さないとでも言う風な感じに迫って来たのに。許してくれたと言う事だろうか。


「それではどうぞ」


 スッ スッ


 氷川さん、雄太郎の前に音もせずに特製ケーキを置いていく姿は、流石執事と言った所だろうか。


 それにしても、あんな事があったとはいえ、ケーキを食べれるとは。シェフに会えないのは残念だが…。


 空はウキウキになりながらケーキを待つ。


 そして。


 ガタッ


「こちらダークマターになります」

「…ん?」

「ダークマターです」

「……」

「食え」


 晴れやかな笑顔は何処に行ったのか、2人には聞こえない小声で、しかも僕にしか見えない鬼の様な表情でセバスさんは言った。


「お嬢様にやった事を考えればこれぐらい食うだろ? あぁん? 食わないとは言わせねぇからな?」


 …元ヤンかな?


 ゴンッ


「失礼しました」


 すると、先程会ったメイドのマイさんが、セバスさんを連れて行った。何か物凄い音は聞こえたが、何をしたのか分からなかった。

 ただ、セバスさんはグッタリしていたとだけは分かった。


 その後、僕は2人からケーキを分けて貰い、口を綻ばせながら食べた。


 そして。


「今日はお世話になりました。最後にレシティに会えなかったのは残念だけど…」

「本当に楽しかったっす! 何よりハーデンさんとの出会いが俺の宝物だったっす!!」

「いや、あの、本当に今日はお世話になりました。ありがとうございました」


 僕達は門の前でハーデンさん、メイド達に向かって礼をする。


「雄太郎! 筋トレは毎日の継続が大事だからなッ!!」

「いえ、此方こそお嬢様と仲良くして貰って嬉しい限りです。またお越し下さい」


 ハーゲンさん、マイさんがメイドの代表をして言う。


 僕達は豪快に手を振っているハーゲンさんと、深々と礼をしているメイド達を背に手を振って帰路に着いた。




 *


「あ、お帰りなさい」

「ただいまーって…ママ…何か顔色悪くない?」

「え、そんな事ないわよ。さ、早く手洗って来なさい」

「ほ、本当に大丈夫なの?」


 ガタッ


「ママッ!?」

「…大丈夫」

「病院に行こう!! 私もう…」

「……葵、実は私病院に行って来たの…」

「え……」

「…難しい手術になるんだって…普通のお医者さんなら成功率は10パーセントも無いみたい…」

「…」

「まぁ、ウチにはお金も無いから、まず手術も出来ないんだけどね…」

「……」

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高校生ながら天才外科医だという事を僕は隠したい 〜この子はあの時手術した子だよな…〜 ゆうらしあ @yuurasia

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