第29話 お弁当2

「え、用事があったんじゃ…」

「今なくなったんです」

 麗奈はそう言うと同じ席に座り直す。


 クソッ…ここだと話しづらい話なのに…


「あの、氷川さん、聞きたい事があるんだけど…」

「…なるほど」

 麗奈は空に対してニコリと笑った後、レシティの方を向く。


「レシティ、皆月君も一緒にお弁当を食べたいみたいなんだけど良いかな?」

「「え!?」」

 麗奈のその発言に、空とレシティは驚きの声をあげる。


「わ、わわわたすぃですきゃ!?」

 レシティは目を回しながら噛み続ける。


「うん。レシティは良い?」

 麗奈がもう一度聞くと、レシティは少し目を右往左往させて恥ずかしげに小さく頷いた。


「よし! じゃあ皆月君はお弁当持ってきてください」

 麗奈は淡々と空に言う。


 何でこんな目に…。しかもレシティさん? は僕の正体が分かってそうだから、あまり関わりたくは無いんだよなー。

 空は表面上は笑顔で、内心は少し憂鬱に、言われた通りにお弁当を教室から持ってくる。




「あれ? 浜田さんも来たんですか?」

「あー、教室でぼっち飯をしてたから連れてきた」

 空の背後には弁当箱を持って、少し涙目の雄太郎がいた。


「だって空がいきなり教室から出てくからじゃねーかよー!!」

「まぁ、ちょっと用事がな。…で一緒でも大丈夫かな?」

 空がレシティに聞くと、コクコクコクコクと高速で首を縦に小さく振っている。


 いや、人形か。

 心の中でそう思いつつ、空と雄太郎は近くにある机を持ってくる。


「皆月君はこっちに座って下さい」

 麗奈が指差す方向は…


「僕がレシティさんの隣?」

 麗奈の隣ではレシティが目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。


「はい。皆月君はもっと女子に自分の性格を知ってもらうべきなんです。貴方の今のイメージはこの人と同じなんです…から…」

 麗奈は横目でを蔑んだ目で見る。


「うひょー!! 空!! まさかこんな美少女達と飯が食えるなんてな!! これだとおかずなんて無くても米が進むぜ!!」


 …。


「なるほど…分かった」

 空はそう言うとレシティの隣の椅子へと座る。するとレシティの身体は少しビクッと反応を見せる。


「よろしく」

 そう言うと、此方に目を向けずに下を向いたまま頷く。


 …誰かから僕のイメージを聞いたのかな。全然目を合わせてくれない。病院で最初会った時はこんなんじゃなかったから……はぁ、やっぱり聞いたんだよなぁ。

 空は1人で納得すると、レシティに話しかける。


「あ、レシティさんのお弁当美味しそうだね。ホームステイ先の人に作って貰ったの?」

「ッ!!」

 レシティは首を横に振り否定する。


 ん? 違うのか?


「レシティはお父さんの実家に泊まってるみたいです、なので不自由なく暮らしていると話していました」

「へー、そうなんだ。てことはお婆ちゃんに作って貰ったのかな?」

 それに対して、レシティはまた首を横に振る。


 また違うのか?


「しぇ、シェフが作ってくれます…」

「「「へ?」」」

 3人の声が揃って、全員がレシティの顔を見る。


 い、今、小さくてよく聞こえなかったけど…シェフって言った!?


「レ、レシティ? シェフって?」

「? シェフはシェフですけど…」

 レシティは何を言ってるの? とでも言いたげな顔で麗奈を見ている。


「シェフ…シェフ…」

 雄太郎はうわ言の様に呟く。


 マジか…レシティさんはお嬢様って事?

 言われてみれば所作が所々お嬢様っぽい気がする。


「こ、これもシェフに作って貰いました」

 そう言ってレシティはカバンからある物を取り出す。


「…カヌレか……1口食べてもいい?」

「ど、どうぞ」

 レシティはそう小声で言うと、カヌレを空に手渡す。そしてそれを口に運ぶ。


「っ! 美味い!!」


 凄い! カヌレだったら自分でも作れるけど、こんな濃厚な味わいのカヌレ初めてだ!


「レ、レシティ! 私にも!」

「お、俺も!」

 空の反応を見て、2人もレシティに頼む。


「ふふっ、どうぞ」

 レシティは可憐に笑うと2人にカヌレを渡す。


 2人は、カヌレを食べると味を噛み締めている様で、静まり返って口の中をモグモグさせている。


「凄いね、こんな美味しいお菓子を作れるシェフがいるなんて。僕もお菓子を作るけど此処までは美味しく出来ないかな」

「お、お菓子を作られるんですか?」

「まぁ、休日にお菓子を作ったりするからね」

「…凄いです。まさか料理まで出来るとは思いませんでした」

「そうだ!」

 するとカヌレを食べ終わったのか麗奈が突然立ち上がる。


「今度の休み、レシティの家に遊びに行ってみましょう!」

「え、」

 空から声が漏れる。


「そ、それはいいですね、ぜひいらして下さい」

 レシティは少し顔を赤らめながら空達に言う。するとそれに皆んな賛成なのか、遊びに行くという方向で話が進んでいく。


 …何故こんな話に。折角の休日なのに家でゴロゴロ出来ないのか。


 そんな事を思っていると、授業開始10分前に鐘が鳴った。


「そろそろ時間みたい。じゃあレシティ、またね」

「は、はい。皆さんも、また」

 レシティが向けた笑顔は、空が今まで見た笑顔の中で1番輝いていた気がした。



 …氷川さんと結局話す事出来なかったな。早めに聞いときたい。

 隣の教室から出て自分の教室に戻る途中、空は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る