第21話 お願い

「…皆月君、ちょっと良いですか?」

「あー…うん」

 空が休日をお菓子作りで終わらせて、次の日の2限目終わりの休み時間。


 空は麗奈に呼ばれて廊下に出た。


 まさか氷川さんに呼ばれるとは…。

 しかもこの深刻そうな顔、何があったんだ?


 氷川さんはこちらを振り返り、


「皆月君って頭良いですよね?」


 突然そんな事を聞いてきた。


 な、何だ? 何かの作戦か?


 とりあえず此処は頷いておくか。


「うん」

 空は疑いながらもそれに頷く。


「…何よ、その自信満々な答え方は。ぶん殴りたい」

「え?」

「…なんでもないです。それにしても流石皆月君ですね。 授業中、外の方しか見てないのに、当てられたら答えられるんですから」

 麗奈は笑顔で言ってくる。


 ……氷川さんって絶対裏あるよね?

 時々舌打ちしたりしてるし。今だって、なんか不穏な言葉が聞こえた気がするし。


「そこでお願いなんですけど…私に英語を教えてくれませんか?」

「英語?」


 麗奈は頬をぽりぽりと掻きながら言う。


 英語なら別に…。中学に上がるまで、外国にいたから得意だけど。


「実はこの前、先生に…」


『次の週は英語のスピーチをやる。そうだなー…最初は氷川さんからやってもらおうかな』


「と言われてしまいまして…」


 うわぁ。転校してきて次の週には英語のスピーチ、しかも最初。英語が出来て、明るい人じゃないと結構キツイかも。


 氷川さんって、結構根暗な感じだし。


「…何を考えてるんですか?」

「え、いや? 何も?」


 顔に出ていたのか、麗奈が訝しげな目で此方を見つめる。


 そして大きなため息を吐いた後、呟く。


「私、英語だけは本当にダメで…」


 …ねぇ?

 この前の数学の時間は何だったのかな?


「だから教えて欲しいんです、お願いします」

 麗奈が頭を下げてくる。



 …寝る時間が惜しいけど、流石にそんな理由で断ったら可哀想か。


「うん、分かった。教えるよ」


 そう言った瞬間、氷川さんの顔が綻ぶ。


「ありがとうございます!」


 ドキリッ


 …何だ今の。変な動悸が。

 空は心臓辺りを押さえる。


「どうしたの?」

 氷川さんが此方を見て、不思議がっている。


「いや…なんでもない」

 空は首を傾げながら、胸を撫で下ろした。






 放課後。


「なんでこんなギリギリに…」

「すみません、休日はやりたい事があって…」

 空は図書室で、麗奈のスピーチを考えてあげていた。


 最初教室でいいだろうと思ってたが、氷川さんが、教室だと皆月君と仲良くしている様に見えて嫌だと言ってきた。


 ハッキリ言う。傷ついた。


 そして僕は何故ダメなのか理由を聞いた。


 すると、


『皆月君、女子からの評価最悪ですし…』


 …いや、めっちゃ傷ついた。


 ◇


 放課後 図書室


「まぁ、スピーチって言うからには最初は名前かな」

 空は呟く。


 高校の英語のスピーチなんてそんなもんだろ。


「ま、い、ねーむ…イズ? レイナ?」

 氷川さんが眉間に皺を寄せながら、途切れ途切れにカタコトの英語を話し、此方を見ている。


「…」

「な、何ですか!」


 …分かっていた事じゃないか。


「いや、なんでもないよ」

「なら、その憐れみの目をやめて下さい!!」

 麗奈が叫ぶと、図書室にいる人が此方を睨む。


「氷川さん、此処は図書室だよ? もう少し静かにしようか」

「…うぅ」

 麗奈は項垂れる。


 ちょっとからかい過ぎたかな? そろそろ真面目に教えてあげた方がいいかも。流石に。


「My name is Reina Hikawa.」

「へ?」

「へ? じゃないよ、氷川さん。復唱して」

「は、はい」

 氷川さんはまだ少し辿々しいが、どうにか英語と聞き取れる程には復唱する。


「うん。いい感じだね。じゃあ次は自分の事について話そうか? このノートに何を話したいか、書いてくれる? そしたら僕が訳すから」

「わ、分かりました」

 麗奈はノートに自分の事を書いていく。



 ◇


 …皆月君は本当に頭がいいんですね。

 私はノートに書きながら思う。


 しかもあの発音…先生よりも良いんじゃないですか?

 麗奈は空の方に視線を向けると、空は窓の外をボーッと見ている。


 いつも授業中でもこんななのに…本当に不思議な人です。


 ◇


「書き終わりました」

 麗奈が空にノートを差し出す。


 ……うん。これならすぐに終わるな。


「じゃあ、僕がノートに英語で訳すから、ちょっと待っててくれる?」

 空はカバンの中から筆箱を取ろうとする。


 すると、


「これ…どうぞ」

 麗奈が自分のシャーペンを差し出してくる。


「え? いいの?」

「教えて貰ってるんですから、良いに決まってます」


 …へぇ、氷川さんってこんな気が使える人だったんだ。意外だ。


「…また何か考えてませんか?」

「…いや、ありがとう」

 空は麗奈からシャーペンを受け取る。


 麗奈はシャーペンを空に渡すとそっぽを向いた。


 空は麗奈から貸して貰ったシャーペンを見つめる。


「…結構使い込んでるシャーペンなんだね」

「何ですか? そんなボロボロですか?」

 氷川さんが機嫌悪そうに此方を振り向く。


「いや、使い込んでいるって事は、物を大切にしてるって言う証拠だから、僕は良いと思う」

「…」

 麗奈は何も言わずに、空から顔を晒した。


「まぁ、何だろ。強いて言うならもうちょっとちゃんと乾かした方がいいのかなって」

「…は?」

「だから、シャーペンのグリップ部分が濡れてるからちゃんと洗った後は乾かした方

 空は最後まで言葉を発する事が出来ずに、麗奈の拳が空の顔面を捉えた。


 意識を失っていく途中、聞こえてきたのは、


「うっさい!! 悪かったわね! どうせ手汗凄いわよ!!」




 …僕って奴は…とんだ大馬鹿者だ。

 空は静かに意識を失った。

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