第20話 妹

「やっと休みだー!」

 空はリビングのソファで寝転がる。


 今週は何かとイベントがあり、時間が長く感じた。

 氷川さんの転校から始まり、氷川さんにバレそうになり、行き倒れの人を助け、銀髪美少女がホームステイしてきて多分正体がバレていたり…本当に色んな事があった。


 ほろり。

 空の目から自然と涙が流れる。


 しかし…やっと出来る!!


 この!!!


「うおぉぉぉー!!」


 コネコネコネコネコネ


 コロコロコロコロコロ


 タンッ タンッ タンッ




 チンッ


 ガチャ


「うん、上手く出来たな」

 空はオーブンから焼けたクッキーを取り出す。


 僕の今の服装は三角巾に、ウサギのピンクエプロン。このエプロンは妹から誕生日プレゼントで貰った物だ。


 まぁ、このエプロンが自分に似合っていないのはわかっている。だけど大切な妹から貰ったものだ。大切に使わせて貰っている。


 そこでいつも通りの時間に、妹が2階から降りてくる。


「また、作ったのかよ兄貴」

 リビングに入ってくると、呆れた様に眉を顰めながらキッチンに近づいてくる。


 妹の名前は皆月みなづきひかり。光は僕の1つ歳下で高校1年生だ。僕とは違う高校に通っており、全国屈指のソフトボール部の強豪校に入学した。


 勿論、光はソフトボール部に所属しており、1年生ながら背番号を貰った期待の新人らしい。


「あぁ、食べてくれ」

 空は光にクッキーを差し出す。どこにでもある様な手作りのクッキー。しかし、光はよく空の作った手作りクッキーを食べる。


 実はそれには訳がある。



「いつも通りの味?」

「勿論。今回はハバネロ味だ」

 光がプレートの上に置いてある真っ赤なクッキーに手を伸ばす。そしてそのクッキーを口近くまで持っていく。


 パクッ


「うん。美味い」

 光はそう言うと、リビングから出て行く。


 光は辛い食べ物が大好きだ。

 小さな頃から好きで、親は辛い物を食べ過ぎて自分達で何かの病気なのではないかと調べていた程だ。


 それにしても…


 あんなそっけない態度取っておいて…全く、可愛い奴だ。

 空は1人ニヤリと笑う。


 光は感情をあまり顔には出さないが、耳がピクピクと動いていた。これは光が嬉しい時に出す動き。


 小さな時から変わらないな…。

 空は三角巾を外し、お菓子作りで使った道具を洗っていく。


 数十分後。

「おっし! こっちの普通のクッキーは後で食べるか」

 僕が手を拭き、クッキーを容器に入れていると光がリビングの扉の隙間から此方を見つめている。


「兄貴、少しいいか」

「お、どうした?」

「実は…」

 光は言いづらそうに此方を見つめる。


「はぁ…またか」

「うん…」

「そこに座ってろー」

 空はそう言いクッキーを容器に詰めるのをひと段落させると、光の元へ向かう。


「で、何処を痛めたんだ」

 光は良く怪我をしてくる。

 光のソフトボールでのポジションはキャッチャー。1番怪我の多いポジションだからというのは理解できるが、3ヶ月に1回は流石に怪我し過ぎだと思う。


「こ、腰…」

 光は腰をさすりながら言う。


 空は光にうつ伏せになる様に指示すると、光の身体に跨る。


 そして、指圧をしていく。


「ここは?」

「痛くない」

「じゃあここは?」

「い! 痛い!!」

 光の声が裏返り、大声で叫ぶ。


 ペシッ


「ちゃんと湿布して寝てれば治るぞ」

 空が頭を叩くと、光は起き上がり此方を睨んでくる。


「イッテェな」

 光の声はゴゴゴゴゴっという効果音が鳴ってきそうな睨みを効かしている。


「何だ? 頭を叩かれるのがそんなに嫌だったか?」


 凄く優しめにやったつもりだったんだが。


「ちげーよ!! 腰だよ! 腰!!」

「あぁ、そっちか」

「そっちか、じゃねーよっ!!」

 光が空の顔スレスレまで近づく。


「そこまで言うなら、怪我をしない様に努力しろ」

 空がそう言うと、光は大人しくなる。


「努力って…何をすれば良いんだよ」

「毎日言ってるだろ、準備運動、柔軟性を高めて可動域を広くする。まずはお風呂に入った後、柔軟でもすれば良い」

 空がそう言うと、光はそっぽを向く。


 …無視すんなよ。


「もっと酷い怪我をしてみろ、下手したら手術ってなるかもしれないだろ!」

「そんなの兄貴が居れば…」

 光がボソボソと喋っている。


「何か言ったか?」


 どうせ僕がうるさいだの言ってるんだろうが、仕方がない。可愛い妹だ、心配になる。


「なんでもない!!」

 光がそっぽを向き、大声を上げる。


 は、反抗期か?


 というか…


「光は何で怪我をしたんだ?」

 僕がそう聞くと、光が動きを止める。


「…別に」

「…どうせ面倒臭いとか言って、また準備運動を怠ったんだろ?」

「…」


 光は何も言い返す事なく、視線が下を向く。


「光…前から言ってるだろ。どんなスポーツでも準備運動は大事だって」

「してるって!」

 諭す様に言うと、光は反論してくる。


「してるって言っても光の事だ。2、3分で終わらせてるだろ」

「うっ…」

 そこで光は口を閉じる。


 光は極度の面倒臭がりだ。何でも極力最小限に済まそうとする所がある。


 お風呂も5分ぐらいで速攻上がってくるし、朝、顔を洗わない事なんてザラにある。


 全く、世話のかかる妹だ。


「ああ!! もう!うるさい!! 部屋で寝てれば良いんだろ!?」


 バンッ


 光はそう言うとリビングから出て行った。


 …追い詰め過ぎたか。


 空はキッチンに行き、残ったクッキーを詰める。




 …明日またクッキーを作ってやるか。

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