第40話 マルコの神経の図太さにちょっぴり感心した


6日目6



「カースさん……元々はあなたがギルドに仲裁を求めた事が始まりです。あなたが仲裁を取り下げると口にしてくれさえすれば、この“勝負”、続ける必要そのものが無くなってしまいます!」


いやそりゃその通りだろうけれど、何が悲しくて、俺を殺そうとした連中――ユハナだって同罪のはず――のために、俺が一肌脱がなきゃいけないんだ?


拒絶の言葉を口にしようとした俺の視界の中で、イネスが動くのが見えた。

彼女はユハナに滑るように近付くと、その脇腹に容赦なく木刀を叩き込んだ。


メキっという確実に何かが折れたような音と、ひぎゃっという悲鳴を残して、ユハナがその場に崩れ落ちた。

そしてそのまま動かなくなってしまった。


……まあ、死んではいないと思うけど……


あんな奴でも、とにかく4年間、一緒にパーティーを組んで、苦楽を共にした元仲間だ。

少しばかりセンチな気分になってしまったけれど、そんな俺の感傷なんか知る由も無いであろう、イネスが残りの連中――マルコ、ハンス、ミルカ――に再び声を掛けた。


「で、どうするの?」


イネスの冷ややかな視線を受けて、【黄金の椋鳥むくどり】の連中が歯噛みした。


「く、くそ……!」

「お、おい、マルコ、どうするよ?」

「そ、そうだわ! メンダースを連れて来たのって、ユハナじゃ無かったかしら? つまり、私達も騙された被害者だったって事よね?」


ミルカがなにやら不穏な事を言い出した。

そしてマルコが声を上げた。


「わ、分かった! 勝負はあんたの勝ちって事にしておいてやるよ。だけど俺達も知らなかったんだ。実はそこのメンダースを連れて来たのはユハナで……」


いや、マルコ。

お前、さっきイネスがメンダースを尋問して、メンダースが“実は頼まれた云々”って言い出した時……



―――メンダース! てめぇ……モガフガ



って、ハンス達に慌てて口元押さえられていたよな?

お前らがメンダースを偽の尾行者に仕立て上げた事情は知らないけれど、さすがに気絶した仲間ユハナにだけ罪をなすりつけるのは、どうかと思うぞ?


イネスがトムソンに顔を向け、にっこり微笑んだ。


「ではこの勝負、私の勝ちと言う事で」



程なくして、メンダースの尋問が再開された。

ちなみにユハナは、冒険者ギルドの救護班による迅速な対応によって、命に別状ない状態に回復している。

そしてすっかり観念したらしいメンダースは、あっさり事情を白状した。


「俺は元々冒険者やっていたんですが、その……賭けで金を……」


俺はそうじゃ無いけれど、冒険者と言う職業柄、賭け事が好きな連中は多い。

メンダースも御多分に漏れず、冒険帰りの夜の酒場で連日、仲間達と賭けに興じていた。

しかし熱くなる性格が災いして次第に借金がかさみ、装備品を全て売り払っても追い付かず……


「で、金に困っていた所で、そこのユハナって奴にこの話を持ち掛けられて……」


メンダースはユハナから、俺の尾行者のフリをしてくれれば、借金全てを【黄金の椋鳥むくどり】が肩代わりしてくれると持ち掛けられた。

そして【黄金の椋鳥むくどり】のパーティーハウスに連れて行かれて、マルコ達他のメンバーにも面通し……


マルコが声を上げた。


「俺は知らなかったんだ! こいつが偽者だって事を。な、そうだよな?」


ハンスとミルカがうんうんうなずいている隣で、意識を取り戻していたユハナが声を上げた。


「マルコさん! 誰でもいいから、とにかくカースさんの尾行者やってくれる人、連れて来いって言ったの、あなたじゃないですか!」

「なんだと? お前、責任逃れは卑怯者のする事だぞ?」


……マルコ、その言葉が全く自分にブーメランしていなさそうな、お前のその神経の図太さにだけは感心するよ。


「信じて下さい! 私はマルコさんに強要されて、仕方なく……」


そこまで口にしたユハナは、わっと泣き崩れた。


しかしイネスはそんな彼女を無視してメンダースに話の続きをうながした。


メンダースによれば、パーティーハウスでの面通しの際に……


1.尾行の理由を問われた時は、噂に聞く、役立たずの『技巧供与者スキルギバー』とかいう世界唯一の『職』にいている冒険者カース――大きなお世話だ!――の私生活に好奇心を抱いたから、と答える事。

2.ニンジャもどきの格好をしていた理由を問われたら、変装した際、偶然、ニンジャっぽくなってしまった、と答える事。


等を皆で話し合って決めたのだという。


そして他に犯罪行為には手を染めていない事。

借金は地道に働いて返すから、どうか帝都に連行して取り調べとか、そういうのは勘弁して欲しい事等を切々と訴えて来た。


イネスが溜息をついた。


「……分かりました。カース殿」

「はい?」


いきなり話しかけられて、少し声がひっくり返ってしまった俺に、イネスが笑顔で問い掛けてきた。


「このメンダースという男の処分について、何か希望は有りますか?」


処分と言う言葉に反応したらしいメンダースがガタガタ震え出した。


「か、勘弁してくれ! 俺は何も……び、尾行すらしてなかったわけだし!」


まあ確かに俺は、別にこいつから何も実害を受けちゃいない。

むしろ話を聞く限り、こいつは弱みに付け込まれて利用されかかった被害者みたいなものだ。


「メンダースの処分はイネスさんにお任せしますよ」



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