第39話 イネスと【黄金の椋鳥】の“勝負”が始まった


6日目5



「あれはお前等が捕まえた尾行者が本物だったらって話だ。偽者連れてきといて、さあ、取り下げろって言われてハイそうですかってわけにはいかないだろ?」


どうでもいいけど、ユハナ。

お前は密着し過ぎだ。

ささやきと一緒に、お前の吐息が耳にかかるし、腕にぐりぐりお前の柔らかい胸の弾力が押し付けられているんだよ!

って、まさかわざとか?


「カースさん……」


なおも言葉を重ねようとするユハナを、俺は強引に引きはがした。

そしてイネスに声を掛けた。


「イネスさん、俺の方はその条件で大丈夫です」


いくら【黄金の椋鳥むくどり】の連中が、優秀な『職』――剣聖のマルコ。重騎士のハンス。賢者のミルカ、そして聖女のユハナ――を得ているとは言え、所詮レベル40そこそこ。

対してイネスはレベル200オーバー。

しかも“剣神”という世界でも片手で数える程しかいない超が20個ほどつきそうな凄い『職』についている。

深淵騎士団で副団長を務めている事、それに昨日、レッドベリーでランチを奢って貰った時に聞かせてくれた戦歴第33話から考えて、例えハンディキャップマッチであっても、彼女が敗北する事は考えられない。

だからこそ、ユハナはこうして必死に、なんとかこの勝負を回避しようとしているのだろう。


しかし残念ながら、【黄金の椋鳥むくどり】のリーダー様は、ユハナ程頭は良くない。

案の定、イネスの挑発にしか聞こえない条件提示を耳にして、頭に血がのぼったらしい【黄金の椋鳥むくどり】のリーダー様、剣聖のマルコが大声で叫んだ。


「木刀1本で勝負だと!? ナメやがって。いいだろう。俺達の凄さを思い知らせてやるよ!」

「マルコさん!」


慌ててユハナが止めに入ろうとしたけれど、どうやら他の仲間達もまた、マルコ同様、頭に血がのぼっていたらしい。


「ユハナ! 邪魔するな。ここで引き下がる位なら、冒険者なんかやっている意味は無い!」


顔を真っ赤にして叫んでいるのは重騎士のハンス。


「そうよ! それに私達は魔法も魔道具も使い放題なのよ? これでどうやったら負けるのか、逆に教えて欲しい位よ!」


憤然とした口調でそう言い放ったのは、賢者のミルカ。


結局、ユハナは3対1で押し切られた。

そしてここ、冒険者ギルド地下の訓練場で、鎧を脱ぎ、木刀1本のみを手にした普段着姿のイネスと、完全武装の【黄金の椋鳥むくどり】のメンバー4人との“勝負”が行われる事になった。



10分後、トムソン、魔法系の職員、そして俺とナナ、4人の立会いのもと、実際の“勝負”が始まった。

ミルカが意気揚々と、そしてユハナが半分諦め顔で詠唱を開始した。

マルコとハンスもそれぞれスキルを発動したらしく、彼等の武器が輝きを放ち始める。

それを普段着姿で木刀1本のみを持つイネスが、微笑みを浮かべながら眺めている。


そして……


イネスとユハナの前に展開された魔法陣から強力な魔力が放たれるのと同時に、マルコとハンスも床を蹴り、イネスに襲い掛かった。

彼等の攻撃がイネスに届く寸前……!


イネスの姿が消えた。


いや、正確には消えたように見えた。

イネスは異常な反射神経で、【黄金の椋鳥むくどり】の攻撃全てを回避した。

そしてそのまま彼等全員に木刀を叩き込んだ。



―――ひぎゃっ!

―――ぐぇっ!

―――はわっ!?

―――きゃあっ!?



4人がそれぞれ違う悲鳴を上げ、地面を転がった。

それを横目で眺めつつ、イネスが大仰おおぎょうに驚いたような声を上げた。


「あららぁ? どうされたのですか? もしかして、最初はやられた振りをして、私の油断を誘っている、とかですか?」


……うん。

これ、完全にあおっているな。


それはともかく、どうやら地面を転げ回りながらも、気絶はしていなかったユハナが回復系の魔法を唱え、4人は次々と立ち上がった。


「てめぇ! もう許せねぇ! ぶっ殺す!」


マルコ、いくら頭に血がのぼっているからって、深淵騎士団副団長様にその暴言は、後から色々ややこしいことになっても知らないぞ。

という俺の心の声が届くはずもなく、マルコが必殺のスキルを発動しようとするのが見えた。

俺の隣に立つトムソンが、やや慌てた感じで声を上げた。


「こ、こら! マルコ! それはやりす……」


しかしその言葉が終わる前に、マルコが再び悲鳴を上げ、地面に転がった。

イネスがまたも、信じられない速度でマルコの鳩尾みぞおちを木刀で突いたのだ。


「おやおやぁ? そんな隙だらけでスキルを発動しようとしても、私はぶっ殺せないと思いますよ?」


そして手にした木刀を、器用にくるくる回しながら言葉を続けた。


「それで、どうします? まだ続けます? それとも、そこのメンダースなる男は、自分達が用意した偽物だったって認めます?」


ちなみにメンダースは拘束されたまま、“勝負”の行方を震えながら見守っている。


ユハナが俺の方に顔を向けて叫んだ。


「カースさん、あなたの判断を聞かせて下さい!」

「判断って、なんだよ? “勝負”の話なら、お前らとイネスさんとで決着しろ」


この“勝負”を始めるに当たって、イネスさんはわざわざ条件ハンディキャップ提示を行い、それを【黄金の椋鳥むくどり】が受け入れた。

そこに俺の“判断”が介在する余地はない。


「カースさん……」


しかしユハナは、哀願するような視線を向けて来た。


「元々はあなたがギルドに仲裁を求めた事が始まりです。あなたが仲裁を取り下げると口にしてくれさえすれば、この“勝負”、続ける必要そのものが無くなってしまいます!」


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