第25話 『ござる』野郎がまた現れた


4日目4



『封魔の大穴』への道すがら、俺は再びあの奇妙な違和感に襲われた。


まさか、またあの『ござる』野郎がつけてきている?


俺はそっと周囲に視線を向けてみたけれど、やはり怪しい事物は見つけられない。

奇妙な違和感は、俺達が『封魔の大穴』39層に足を踏み入れた後も、持続的に続いていた。

俺は39層の入り口に入って10m程の場所で足を止めた。


俺は大声で叫んでみた。


「おい! 誰か居るのか? 居るなら姿を見せろ!」


しかし空しく俺の声がダンジョン内に反響するだけ。

ナナが、口を開いた。


「ここに……」

「ここに?」

「カースが……誰か居るのか……聞いたから……」

「ここに誰か居るの?」


もしや、ナナは察知系のスキルを!?

勢い込んでたずねた俺に、ナナは自分を指差して見せた。


「私が……ここに……」

「……」


うん。

つまり、誰かいるのか? と問われたから、私がここに居ますって答えてくれたんだね……

ナナはイイコダネ


俺は苦笑しながら言葉を返した。


「ナナは姿見えているでしょ? 俺が言いたかったのは、姿を隠してついてきている奴がいるなら、姿を見せろって、そういう事だよ」


ナナが小首を傾げた。


「姿を……?」

「そうそう。ほら、さっきナナがお尻を焼いた奴が居たでしょ? あいつがまた俺達をつけてきている雰囲気を感じたからさ」

「それなら……」


ナナが、俺達の後方やや斜め上、高さにして数mはある回廊の天井部分を指差した。


「あそこに……」

「!」


視線を向けてみたけれど、俺には特に異常は感じられない。

俺はナナに顔を寄せて囁いた。


「もしかして、さっきの奴があそこにへばりついている?」


ナナがうなずいた。


やっぱり居るのか?

それにしても本当になんのつもりだ?

もしあいつが【黄金の椋鳥】の連中に雇われて、或いは頼まれて俺達をつけまわしているなら、警告の意味も含めて、きつくお灸を据えてやった方がいいかもしれない。


俺は再度ナナに囁いた。


「さっきの3割増しで、あいつを焼いてやってくれ」


頷いたナナは、あいつがいるのであろう方向に、右の手の平を向けた。



―――ボボボォ……



先程より幾分強めの炎が天井をめた。

そして……


「あちちちち! 待つでござる! 少々やり過ぎでござる!」


悲鳴を上げながら、何者かが床に落下してきた。

俺は素早く近付くと、そいつをうつ伏せにして背中に腕をじり上げた。

ちなみに炎はすぐに鎮火した。



「いてててて! 参ったでござる! 勘弁して欲しいでござる!」

「勘弁するわけ無いだろ! お前、一体何者だ?」


俺はそいつの顔を覆っている装備をがそうとした。

と、そいつが何かを唱えた。



―――ボン!



破裂音と共に、突然周囲に煙が立ち込めた。

目に強烈な刺激を感じた俺は、思わず自分の目を手で抑えようとして、そいつの拘束を解いてしまった。

視界が奪われた中、俺の下から『ござる』野郎がすり抜けていくのが感じられた。


「待て!」


慌ててめくらめっぽうに片手で周囲を探ったけれど、むなしくくうつかむだけ。

結局煙が晴れ、俺の目が落ち着きを取り戻したのは、それからたっぷり1分以上経過してからであった。


落ち着きを取り戻した後、俺はナナにたずねてみた。


「ナナはさっきの奴の姿、遠くからでも見えたみたいだけど、何かそういうスキル持っているの?」


もしそうなら、今後姿を隠して襲って来るモンスターなんかとの戦いにも重宝するはず。

しかしナナは残念ながらと言うべきか、案の定と言うべきか、小首を傾げて固まってしまった。


「……まあいいや。もしまたあいつが居るのに気が付いたら、その時点ですぐに俺に教えて」


ナナがコクンと頷いた。

ともあれ、彼女の能力に関しては、やはりこうやって色々一緒に行動する中で、都度、確認していくしかなさそうだ。



その後は妙な違和感が再燃する事無く、また、ナナに聞いても『ござる』野郎が再び姿を現す事無く、順調にモンスターを狩り続ける事が出来た。

4時間後、俺達二人のリュックサックマジックボックスが魔石とドロップアイテムで満杯になった時点で、

今日のダンジョン探索を切り上げる事にした。



夕方の6時前。

街が茜色に染まる中、俺達は冒険者ギルドまで帰って来た。

ギルドの1階大広間の奥にある4つのカウンターは、今日も長蛇の列が出来ていた。

例の如く、バーバラが受付をしているカウンターに並んだところで、俺は隣の列、俺から見て10人程前に、嫌な顔ぶれがやはり列に並んでいるのを発見してしまった。


マルコ、ハンス、ミルカ、ユハナ……【黄金の椋鳥】の連中だ。


やつらもすぐに俺とナナに気付いたらしく、しばらくチラチラこちらに視線を向けながらお互い何かを相談する素振りを見せた後、ユハナが一人で俺達の方に近付いてきた。

ユハナはまるで聖女のような――実際、聖女の職を授かっていやがるけれど――微笑みを浮かべたまま、俺に話しかけてきた。


「カースさん、こんにちは」


俺は挨拶代わりに、ただ思いっ切りにらみ返してやった。

ユハナはそれを気にする風も無く、言葉を続けた。


「今日は『封魔の大穴』に潜っていたのですか?」


無視を決め込もうとしたけれど、なぜかユハナは微笑んだままだ。

はっ!?

もしや、やはりあの『ござる』野郎が俺達をつけ回していたのはこいつらの差し金で、俺達が『ござる』野郎を追い払ったから、探りを入れてきているんじゃ?


俺はユハナを睨みつけながら、言葉を返した。


「おい、どういうつもりだ?」


ユハナがわざとらしくキョトンとした顔になった。


「どういうつもりも何も、カースさんとお話がしたかっただけですけれど?」

「違う! お前等、俺達に尾行をつけていただろ?」

「尾行?」


ユハナが怪訝そうな顔になった。

今度の表情にわざとらしさは感じられない。

あれ?

しらを切っている?

それとも『ござる』野郎は、実はこいつらとは無関係?


判断がつきかねて再び黙っていると、ユハナが口を開いた。


「誰かに尾行されているのですか?」

「……お前らには関係ない」

「関係なくは無いですよ。だって私達、4年も一緒に冒険してきた仲間じゃないですか」


ユハナがとびきりの笑顔になった。

くそ!

この笑顔に騙されていた昔の俺が恨めしい。

騙されていたって言っても、こんなに笑顔が素敵で優しい女はいないって勘違いしていたってだけだ。

こんなに笑顔が素敵で優しい女性と付き合えたら幸せだろうな、なんて夢想した事は断じてない!

って待てよ……


俺はある事を思い付いて、ユハナに声を掛けた。


「確かに俺達は4年間、一緒に冒険して来た仲だったな」

「そうですよ、カースさん」

「て事は当然、“元仲間”の頼みって、聞いて貰えたりするのかな?」

「なんでしょう? 私達に出来る事ならなんでも……あ、その前に私達のパーティーに戻ってきますか? そして皆で一緒にあなたの願いをかなえていきましょう!」

「その事なんだけどな。考えてやってもいいぞ?」


俺のその言葉を聞いたユハナが、で驚いたような顔になった。


「本当ですか?」

「ああ本当だ。但し条件がある」

「条件?」


俺は頷いた。


「さっきも言ったけれど、俺は何者かに尾行されている。その何者かを捕まえて、俺の所に連れて来て欲しい」


さあどう出る?

もしあの『ござる』野郎が、こいつら【黄金の椋鳥】の差し金で動いていたのなら、当然、俺の所に連れて来る事は出来ないだろう。

まあ代わりに“替え玉”を連れて来るかもしれないけれど……

天井に逆さまに張り付いたり、周囲に完全に溶け込めるカメレオンみたいな装備だかスキルだか持っているような奴が、その辺にごろごろ転がっているとはとても思えない。

その辺を突っ込んでやれば、そいつが本物の『ござる』野郎かどうか、見破れるんじゃないだろうか?


ユハナがチラッと【黄金の椋鳥】の連中に視線を向けた。


「カースさん、そのお話、後でもう少し詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

「ああ、構わないさ。ただし、話をする場所はここ、ギルドの大広間限定だ」

「ではまた後程のちほど……」


ユハナはそそくさと【黄金の椋鳥】の連中のもとに戻って行った。


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