第9話 弱っていたゴブリンを一蹴した


2日目4



ダレスの街を出た俺はナナと並んで、街道沿いをロイヒ村に向かって歩き始めた。

幸い天気も良く、風も穏やかだった。

途中休憩を挟みながら2時間程歩いた俺達は街道を逸れて、右側に広がる森へと足を踏み入れた。


確かバーバラから聞いた話では、街道から20分程森の中に分け入った場所に、ヒーリンググラスの群生地があるはずだけど……


目的の場所は、程なくして見つかった。

森の中の開けた場所、小さな泉の周りに文字通り、ヒーリンググラスが群生していた。

俺はナナと手分けして、早速ヒーリンググラスの採取に取り掛かった。

何しろ、1本たったの20ゴールド。

少なくとも100本単位で集めないと、割りに合わない。

ロイヒ村へのツボの配送も請け負っているし、今日中にダレスの街に戻るつもりだから、自然、時間も限られてくる。

夢中でヒーリンググラスを採取していた俺の耳に、突然、耳障みみざわりな叫び声が飛び込んできた。



―――ゴブゴブブブブゥ!



ゴブリンだ!


顔を上げると、まさに1匹のゴブリンが、ナナに棍棒を振り下ろそうとしているのが見えた。

ナナは、当惑したような雰囲気のまま固まっているように見えた。


「ナナ!」


考えるより先に体が動いていた。

なぜかゴブリンの棍棒を振り下ろす動作がゆっくりと見えた。

そして俺は、棍棒がナナを捕えるより先に、彼女と棍棒との間に身体を滑り込ませる事に成功した。

直後……



―――バギッ!



俺の背中で何かが砕け散る鈍い音がした。

そして、俺の背中に激痛が……あれ?

激痛どころか、何かが当たった程度の感触しか無かったんだけど?


俺は恐る恐る背後に首を回した。

俺の視線の先には、砕け散った棍棒を右手に握りしめ、狼狽している感じのゴブリンの姿があった。


棍棒、もしかして……?

腐っていた?


どうやら湿気か何かで、棍棒内部はボロボロだったのだろう。

で、俺の背中に当たった瞬間、砕け散った、と。

状況を理解した俺は素早く立ち上がると、腰のショートソードを抜いた。



―――ゴブブブゥゥ……



ゴブリンが怯えたような表情を見せて後退あとずさった。

しかしだからと言って、ここでこいつを逃がしたら、後から増援連れて舞い戻って来るのは目に見えている。

俺は棒立ちのゴブリンにおもむろに近付いて、ショートソードを振った。



―――ドシュッ!



あれ?

偶然だとは思うけれど、一撃でゴブリンの首が飛び、同時に光の粒子となって消えていく。

そしてポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪



『ゴブリンを斃しました』

『経験値48を獲得しました』

『ゴブリンの魔石が1個ドロップしました』



どうやら元々弱っていたのだろう。

だから新しい棍棒も用意出来ず、俺程度のショートソード一振りであっけなく死んでしまったのだろう。

何はともあれ、斃せて良かった。


俺はゴブリンの魔石を拾い上げながら、ナナの様子を確認した。

彼女は俺が覆いかぶさる事で、地面に倒れてしまっていた。

ゆっくりと起き上がろうとする彼女に手を貸した。


「大丈夫? 怪我は無かった?」


ナナはコクンとうなずいた。


「あの……ありが……とう……」

「気にしなくていいよ。その内お金溜まったら、ナナにも何か防具買ってあげるからさ」


彼女のステータスは相変わらず不明だけど、少なくとも俺が供与したスキル【完救の笏】が使用可能なのは、身をもって確認済みだ第4話

とりあえず彼女の防御力を上げておけば、死なない限り、彼女に癒してもらえるはず。

それはともかく、俺は現時点での“戦果”を確認してみる事にした。


「ところでヒーリンググラス、何本採取出来た?」


彼女にはあらかじめ、採取したヒーリンググラスを入れる用に、布製の大きな袋を渡してあった。

彼女が袋を差し出してきた。

俺が採取した分も合わせて一緒に数えてみると、合計153本。

1本20ゴールドだから、締めて3,060ゴールドだ。

あと、ゴブリンの魔石も1個手に入ったから、これもギルドに持ち帰って売れば100ゴールド弱にはなるはず。


どうしようか?


俺はチラッと視界の右下隅に表示されている数値に視線を向けた。



残り08時間53分36秒……

現在01/100



これは日付が変わるまでのタイマーみたいなモノだから、実際の時刻は……午後3時過ぎって所か。

時間的にはもうちょっといけるか?

でもまたゴブリンが襲ってきて、複数だったりしたら、ナナを護り切れないかもしれない。

なにせ彼女が身にまとっているのは、あの不可思議な空間で出会った時と変わらない薄汚れた白っぽい貫頭衣のみ。

どう見ても、防御力が高そうには見えない。

仕方ない。

ヒーリンググラスの採取はこの辺で切り上げておこう。

とりあえず、今夜はダレスの街に戻った後、『無法者の止まり木』に泊まるとして、昨夜と同じ条件なら、俺達二人、一泊朝食付きで5,000ゴールド。

ツボの宅配の報酬が5,000ゴールドだから、ヒーリンググラス採取の報酬3,060ゴールドとゴブリンの魔石100ゴールド弱は、丸々黒字になる計算だ。

まあ、朝食以外の俺達の食費その他を考えれば、かつかつなのは変わらないけれど。


ちなみに、【黄金の椋鳥】のパーティーハウスで俺が住んでいた部屋には、俺の金庫が置いてある。

あの中には、俺がこの4年間で貯めた1,000,000ゴールド位の全財産が入っていたはず。

冒険者ギルドに“仲裁”依頼してあるし、上手くいけばあの金庫も他の私物と一緒に取り返せるだろう。

ならその貯金を使って、俺達の再出発のための装備購入費用に充てる事が出来るかもしれない。


そんな事を考えつつ、俺はナナと一緒にその場を離れた。


再び街道に出て歩く事小一時間。

午後4時前に、俺達は無事、ロイヒ村に到着した。


ツボをベレ骨董品屋へ、そして採取したヒーリンググラス153本をベネット治療院に届けて依頼を無事終わらせる事が出来た俺達は、少し休憩した後、ダレスの街へ戻る為、街道上を引き返し始めた。

今のところ、非常に順調な感じだ。

モンスターとの交戦もヒーリンググラス採取の際のゴブリン戦のみ。

最近、あいつら【黄金の椋鳥】と一緒に『封魔の大穴』に潜ってばかりだったからな……

こうして太陽の下、お気楽な依頼クエストをこなすのは、一周回って逆に新鮮だ。


やがて日は大きく傾き、地平線の向こうへと沈んで行った。

周囲に次第に、夜のとばりが下りて来る。

時刻は午後7時になろうとしていた。

あと1時間位でダレスの街に着く。

そんな中、俺はふと、前方から届くかすかな異変に気が付いた。


風に乗って、複数の剣戟けんげきの音が聞こえて来る。

何者かが戦っている?


俺は隣を歩くナナにささやいた。


「ちょっと見て来るから、ここで待っていて」

「?」


どうやら前方の異変に気付いていなさそうなナナが小首をかしげた。


「この先で戦闘が起こっている感じなんだ。モンスターなのか山賊なのか、とにかく様子を見て来るから、ここで動かず待っていて」


ナナは素直にうなずくと、街道脇の倒木の上に腰掛けた。

俺は腰のショートソードを抜くと、前方に向かって、慎重に進み始めた。


なにしろ、スキルも何も持っていない俺の耳に剣戟の音が届くくらいだ。

恐らく100mも離れていないんじゃないかな。

その割には何も見えないけれど、この辺街道沿いとは言え、起伏や木々で視界が妨げられているしな。


ところが100m進んでも、200m進んでも、一向に戦いの様子は見えてこない。

音は確かに前方から聞こえてきているのに、おかしいな?

よっぽど大きな音か、それとも風の影響か何かで、より遠くの物音が耳に届いているのだろうか?

首をひねりながら進んでいくと、やがて剣戟の音が聞こえなくなった。

戦いが終わったのだろうか?


どうしようか?

戻ろうかな?

でも、せっかくここまで来たんだ。

もう少しだけ進んで……


好奇心の方がまさった俺が、なお100m程進んだところで、街道の先が少し明るくなっている事に気が付いた。

近付いてみると、手に松明たいまつを持ち、やや傾いた馬車の周りで何かをしている数人の男達の姿が見えて来た。

もしかしてモンスターか何かに襲撃されて、撃退できたものの、馬車が壊れたとかだろうか?

とにかく、戦いは終わっていそうであった。

何があったかは気になるけれど、ナナを一人で待たせてしまっている。

一旦彼女の所に戻って、改めて一緒に街道上を進めば、どうせ彼等と行き会うだろう。


そう考えて彼等に背中を向けて戻ろうとした時、後ろから声が上がった。


「おい! あそこに誰かいるぞ!」

「何!? てめぇ、何者だ!?」


そしてこちらに向けて走って来る複数の足音。

なんだなんだ?

まさか山賊か何かに間違われた?


気が付くと、俺はあっという間に複数の男達に取り囲まれていた。


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