第10話 襲ってきたモンスターを【殲滅の力】で攻撃してみた


2日目5



暗がりの中、俺は突然取り囲んできた男達に、出来るだけ友好的に話しかけてみた。


「こんばんは。驚かせてすみません。僕はダレスの冒険者です。皆さんは……」

「死ねや!」


なんだ!?

言い終わる前に、男達の一人が手に持つ蛮刀みたいなのを振りかざして、俺に襲い掛かって来た。


「ちょ、ちょっと! 話聞いて下さい! 俺は山賊とかじゃ無くてですね……」



―――ブン!



盛大に空気を震わせながら、蛮刀が振り下ろされてきた。

相手が戦闘慣れしていなかったのだろう。

その動きは緩慢で、俺は難なくかわす事が出来たけれど……


「ちっ!」


俺に襲い掛かって来た男が舌打ちした。


「てめぇ、腕に自信があるようだけどな。一人でどうするつもりだ? ん?」

「いやだから……」

「野郎ども! やっちまえ!」


やっちまえって……

俺を山賊の斥候か何かと勘違いしているんだろうけれど、随分粗暴な連中だ。


そんな事を考えていると、男達が一斉に襲い掛かって来た。


「おい、待てって言ってんだろ!?」


モンスターか何かに襲撃されて気が立っているのかもしれないけれど、友好的に挨拶して来た相手に、いきなり襲い掛かってくるとは、どういう了見だ!?


とは言え、威勢の割には、男達の武器の扱いはなっていなかった。

動きは雑で、俺如きに、容易に武器の軌道を見極められているのだから。

俺は男達の攻撃を楽々かわしながら、どうするべきか考えていた。


商人だか旅人だか、相手の素性は分からないけれど、とにかく殺したり傷付けたりしたら、あとあと大きな問題になるかもしれない。


と言う事は……


俺は脱兎の如く駈け出した。

街道かられた右の森の中へ。


とにかく、こいつらをまいてしまおう。

今夜は、月は出ていないし、暗い森の中ならすぐにあいつらを振り切れるだろう。

で、急いでナナの所に戻って、さっきの傾いた馬車の周辺を大きく迂回して、ダレスの街に戻る。

狙い通り、森に入ってすぐ、男達の怒号が急速に小さくなっていった。

俺は念のためなお5分程走ってから足を止めた。

背後の様子をうかがってみたけれど、男達の気配は感じられない。


よし、それじゃあナナの所に戻ろう。


ゆっくりと森の中を街道方面に引き返し始めてすぐ、俺の耳に嫌な音が聞こえて来た。

下草を踏みしめる音、小さくしかし聞き間違えようの無い独特の唸り声……


ダイアウルフだ!

しかも複数体!


ダイアウルフはレベル21。

長大な一対の牙が特徴的な狼型のモンスターだ。

ただし大きさは、子牛位はあるけれど。


実は俺は、ダイアウルフにトラウマがある。

このモンスターは、『封魔の大穴』21層にも出没するのだが、まだ駆け出し冒険者だった頃、ダンジョン内で奇襲されて危うく殺されそうになった事があるのだ。

あの時は同じ【黄金の椋鳥】の仲間だったユハナが、【完救の笏】を使ってくれたので、俺は一命をとりとめた。

自然、鼓動が早くなり、あの時の痛みと恐怖が思い出された。


まずい、まずい、まずい!


もしかすると、さっきの傾いた馬車と血の気の多そうな男達は、このダイアウルフ達に襲撃されたのかもしれない。

とりあえず、急いでこの場を離れないと。


しかし暗い森の中は見通しが悪く、ダイアウルフ達の動きがよく分からない。

やがて俺の周囲全方向から、やつらの唸り声が十重二十重とえはたえに聞こえてくるようになった。

どうやら完全に包囲されてしまったらしい。

俺はとりあえず、大きな木を背に腰のショートソードを抜いた。

すぐにでも暗闇の向こうから奴らの巨大な牙が視界一杯に広がる錯覚に襲われた。


どうする、どうする、どうする?


だが案に相違してダイアウルフ達は襲い掛かって来ない。

もしかして、俺をなぶり殺しにする機会をうかがっている!?


昨日、散々俺をいたぶってくれたドラゴニュートどものおぞましい顔が思い起こされた。


くそっ!

昨日からこの方、なんでこうもフラストレーションが溜まる出来事ばっかり起こるんだよ!

こいつらまとめて死んでしまえ!


ん?

そう言えば……


俺は昨日、1000層?でウロボロスを一撃でほふったあの【殲滅の力】の事を思い出した。

あの時はただ、ポップアップの▷YESを選択しただけだったけれど、あれって能動的には使えないのか?


俺は試しに心の中で念じてみた。


『【殲滅の力】……』



―――ピロン♪



「おわっ!?」


軽快な効果音と共に予期せぬポップアップが立ち上がり、俺は思わずってしまった。



【【殲滅の力】を使用しますか?】

▷YES

 NO


残り04時間31分15秒……



とりあえず、【殲滅の力】とやらが使用出来そうだ。

確かナナに名前を付けた時、義務がどうとかで、一日一回、【殲滅の力】を使えって話になっていたよな。

ちょうどいい。

今使わなくていつ使うんだ?


俺は迷わず▷YESを選択した。


瞬間……

凄まじい閃光が俺の目を焼いた。

全てが白く染まる中、轟音が大気を震わせる。



―――ゴゴゴゴオオオオオォォォォ……



この世のモノとは思えない凄まじい音圧を全身に浴び、俺は思わずその場にうずくまってしまった。

聞き慣れた効果音が、どこか遠くから聞こえてくる。



―――ピロン♪



『ダイアウルフを斃しました』

『経験値49を獲得しました』

『ダイアウルフの魔石が1個ドロップしました』



―――ピロン♪



『ダイアウルフを斃しました』

『経験値49を獲得しました』

『ダイアウルフの魔石が1個ドロップしました』

『狼の牙が1個ドロップしました』



―――ピロン♪



『ダイアウルフを斃しました』

『経験値49を獲得しました』

『ダイアウルフの魔石が1個ドロップしました』



―――ピロン♪

…………

……



永遠にも刹那にも思える時間経過の末、ふいにあたりが静かになった。

俺は恐る恐る顔を上げた。

焼かれたはずの視力に、なぜか問題は無さそうであった。

しかし先程までとは周囲の状況は一変していた。

俺を中心として、半径100m程に渡って、鬱蒼うっそうと生い茂っていたはずの木々は、どこかに消滅していた。

地面の下草も消え、土がむき出しになっていた。

そして……ダイアウルフ達は消滅し、やつらが残したと思われる魔石やアイテムが、あちこちに散乱していた。

刹那、呆然としてしまった後、気を取り直した俺は、慌てて魔石とアイテムを拾い集めて回った。

リュックサックマジックボックスに放り込む際、確認してみると、魔石が20個、狼の牙が3個。

もしかすると、もうちょっと落ちているかもだけど、暗いし、なんだかとんでも無い事になってしまったし、ここは出来るだけ急いでこの場を離れた方が良いだろう。


俺はリュックサックマジックボックスを背負い直すと、ナナの待つ場所へと走り出した。



ナナは俺がその場を離れた時そのままの姿勢で街道脇の倒木に腰を下ろしていた。

俺はナナに声を掛けた。


「変わった事無かった?」


ナナは小首を傾げた後、俺がやって来た方向を指差した。


「光が……」

「光?」

「綺麗な……光が……」


恐らく、俺の使用した【殲滅の力】を目撃したのだろう。

【殲滅の力】……


俺は改めて昨日、【殲滅の力】がらみで立ち上がったいくつかのポップアップの内容を思い返した。



【???にナナという名前を与えました】

【名付け親のあなたには、以下の義務が生じます】

【義務を果たせなかった場合、あなたは死にます】


1.ナナを死なせない。

2.ナナの力を一日一回解放する。



そして彼女とパーティーを組んだ直後に立ち上がった、もう一つのポップアップ……



【【殲滅の力】を獲得しました。一日一回、ナナの代わりに力を解放して下さい】



つまり、【殲滅の力】って、元はナナの力って事、だよな。

あの正体不明の凄まじい“力”。

アレは一体……?


「ナナはさ、【殲滅の力】ってなんだか分かる?」


ナナは怪訝そうな顔をした後、ふるふると首を振った。

もしかすると、ナナが何者なのかって話と関係しているのかもしれないけれど……


俺と会う前の事を一切合切いっさいがっさい覚えていないらしい彼女から、今はこれ以上、何も聞き出せそうになかった。


諦めた俺は、ナナと一緒に街道沿いをダレスの街に向けて歩き出した。


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