第8話 冒険者ギルドに“仲裁”を依頼した


2日目3



「それにしてもあんた、どうやって助かったの? それと、後ろにいるその子は?」


バーバラの当然な疑問に、俺は今更少し考え込んでしまった。

さて……

どこまで話すべきか?

とは言え、完全な作り話は全く信用してもらえないだろうし、そもそもゼロから物語を作り出す才能も持ち合わせていない。

或る程度事実に沿った話をして、都合が悪そうなところは適当にぼかすか……


「実は、ドラゴニュート達に大穴に放り込まれたんだ」


俺の言葉に、バーバラがこれ以上無い位、目を大きく見開いた。


「大穴って……あの大穴に?」

「大穴って、あの大穴以外無いだろ」


禅問答みたいな会話になってしまってはいるけれど、もちろん、俺達の会話の中の大穴とは、『封魔の大穴』の“大穴部分”の事だ。


「そ、それでどうなったの!? まさか、大穴の最深部に!?」


『封魔の大穴』が生じて数百年。

攻略の最前線は、300層に至ろうとしてはいるものの、いまだ大穴の最深部から生還した者は存在しない。

俺は即座に否定した。


「いや違うんだ」


まあ実際、ナナと出会ったあの不可思議な空間が、大穴の最深部かどうか俺にもわからないしな。


「落下の途中でうまく斜面みたいな所に引っ掛かったらしくて、そこから滑り落ちた場所にあった妙な広間で彼女に出会った」

「広間?」

「ああ。特徴も何も無い白一色の広間だったよ」

「それで?」


バーバラが話の先をうながしてきた。

彼女の瞳が好奇心で塗り潰されているのが見えた。


「で、仕方ないから彼女と新しくパーティー組んで……あ、俺の職とスキルは知っているだろ?」


俺はこの世界でただ一人の技巧供与者スキルギバーという職を授かっている。

そしてそんな俺が持つ唯一のスキルが、パーティーメンバー各々おのおのに、あらかじめ決められた四つのスキルの内一つを与える事が出来る『技巧供与』だ。


バーバラがうなずくのを確認してから俺は言葉を続けた。


「うまく彼女……あ、ナナって名前なんだけどな、とにかく彼女に【完救の笏】を与える事が出来た。で、傷を癒してもらってから、適当にうろついていたら、いきなり地面が光って、気が付いたら地上に戻って来ていたってわけだ」


どうだろう?

怪しまれていないだろうか?


話し終えてから、そっとバーバラの表情をうかがってみた。

彼女の表情からは、驚愕以外の感情は読み取れなかった。

とはいえ、俺も相手の感情を読むのが殊更ことさら得意ってわけじゃない。

彼女が本当はどう感じたかは、まさに彼女のみ知る、だ。


彼女は大きく息を吐いてから問いかけてきた。


「その妙な広間、何層位にあったの?」

「それがよく分からないんだ。40層の通路から投げ落とされたから、それより下層だとは思うけれど」

「ふ~ん……」


バーバラは、今度はナナに話しかけた。


「で、あなたはどうしてそこにいたの?」

「……?」


ナナは小首を傾げた。


「彼女、どうやら記憶喪失みたいでね。名前以外は、何も覚えていないんだ」


正確には、名前すら『???』だったから、俺が適当にナナってつけたんだけど。


「記憶喪失……ね」


バーバラが何かを考える素振りを見せた。

ナナについて、あんまり突っ込まれても困る。

俺は話題の転換を図る事にした。


「なあ、それで冒険者ギルド的に、あいつら【黄金の椋鳥】に何か罰与えたりとか出来ないのか?」


バーバラが難しい顔になった。


「あんたも知っても通り、ギルドに出来るのは“仲裁”だけよ。まあ一応、マスターには報告しておくから、今日明日の内に呼び出しがあると思うけど」


“仲裁”とは、冒険者同士の間でトラブルが発生した場合、ギルドが双方の間に入って、“和解案”を提示する仕組みの事だ。

一応、“和解案”を拒否した側は、一定期間、クエスト受注やアイテムの鑑定、買い取りといった、ギルドの提供するサービスを受ける事が出来なくなる。

そこから先になると、街の裁判所や警察を頼る事になるけれど、彼等は基本的に、冒険者同士の争いには不介入を宣言する事が多い。


「分かった。じゃあ、マスターのトムソンさんに宜しく伝えておいて」


この街の冒険者ギルドのマスターは、トムソンという名のドワーフの男性だ。

レベルは210を越え、50代になった今も、時々『封魔の大穴』に潜っていると聞いている。


「今出かけているから、帰ってきたら話しておくわ。それであんた、もうあのパーティーハウスには戻らないのよね?」


彼女が言っているのは、【黄金の椋鳥】のパーティーハウスの事だろう。


「そりゃね。まあ、置いてきた着替えとか私物、それに俺の金庫は取り返したいところだけど」

「それもマスターに伝えておくわ。それで今夜はどうするの?」

「多分、『無法者の止まり木』に泊まると思う。昨日もあそこに泊ったから」

「分かったわ。変更があったら知らせて頂戴。実際の“仲裁”日時が決まった時、連絡取れないと困るから」

「了解。それで早速なんだけどさ……薬草採取みたいな戦わなくて済むクエスト、受注できるかな?」


現在の手持ちのお金は、3万ゴールドを切っている。

俺も冒険者である以上、今後また『封魔の大穴』に潜りたいとは思っているけれど、今の所持金じゃ、ナナの武器防具すら満足に買い揃える事は不可能だ。

ならば実入りは少ないけれど、薬草採取や届け物みたいなモンスターと戦わなくても達成出来そうなクエストをこなして、コツコツお金を貯めて行く必要がある。


バーバラが手元のクエスト台帳をりながら、俺に聞いてきた。


「ところであんたの新しいパーティーの名前は?」

「……【死にぞこないの道化】」

「ぷっ」

「おい、今噴き出したよな?」

「噴き出すわけ無いじゃない? 死にぞこないって、まさに今のあんたにぴったりとか、そんな失礼な事、連想したりしてないわよ」


……連想したんだ。

まあ確かにパーティーの名前考える時第3話、自虐的になっていたのは確かだけど。


「そうそう、これなんかいいんじゃない?」



『ツボの届け物;ロイヒ村のベレ骨董品屋まで。至急 報酬5,000ゴールド』



「ロイヒ村なら半日あれば往復出来るし、街道沿いを行けば強いモンスターも出現しないわよ?」


今は……

時刻を確認しようとして、俺は右下に表示中の数字に目が行った。



残り11時間55分06秒……

現在001/100



右下の数字、上段は、日付が変わるまでの残り時間が表示されているから……今は正午過ぎ。

夕方、日が沈む前には帰って来られるだろう。

しかし昨夜、宿屋『無法者の止まり木』にナナと二人、一泊朝食付きで5,000ゴールドだった。


……うん、まさに自転車操業。


「追加で何か受注出来ないか? 同じ方面への届け物とか途中でこなせそうな薬草採取とか」

「そうね……」


バーバラがクエスト台帳を再びめくりだした。


「コレはどう?」



『ヒーリンググラス採取;ロイヒ村のベネット治療院まで。1本20ゴールド』



ヒーリンググラスは、そのまま生で食べても多少のHP回復が期待できる薬草の一種だ。

通常はエキスを抽出して、種々のHP回復ポーションの原材料として利用されている。


「ロイヒ村近くに群生地があるから採取自体はそんなに困らないわ。ただし……」

「ただし?」

「群生地の近くにゴブリンの巣があるから。もしかしたら“多少”戦わないといけないかもだけど」

「ゴブリンか……」


レベル20程度のモンスターだ。


今の俺の装備――革鎧にほんのちょっと魔法強化されたショートソード――でも1匹2匹程度なら、そう問題無く斃せるだろう。


「それじゃあ、その二つを引き受けるよ」


クエスト受注票と、ロイヒ村に届けるためのツボを受け取った俺は、それらをリュックサックマジックボックスに放り込んだ。


「夜までには帰って来られると思うから、【黄金の椋鳥】の件、宜しく」

「任せておいて」


バーバラの笑顔に見送られ、俺とナナは冒険者ギルドをあとにした。


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