第5話 魅惑のもふもふ

 ラキが急に俺のところから飛び出て、ごめん寝の状態になった。どうしたんだろうと、背中を触りかけた時に止められる。



『私が良いと言うまで、そっとしておいてくれる?これ以上は私が持たないわ……』



もしかしてラキは照れてるのかな?ついつい触りたくなる。でもそれは我慢して移動しよう。俺が耐えられる内に。



「分かった。それじゃあ二階に行ってるから、落ち着いたと思ったら戻ってくるね」

『ま、待って。二階には行かないで、ここで待ってほしいの。お願い』

「お願いされなくても、言われたらちゃんとここにいるから。大丈夫だよ」

『ありがとう』



こうして俺はラキをもふもふしたい衝動を抑えながら、この場にいる事になった。立っているのも、疲れてくるし座って待っていよう。


 ここからが長かった。ラキの照れるのが終わるまで、かなりの時間がかかっている。それに加えて時々不規則に動く尻尾を、見ているだけでも手が出そうになった。


 堪えるのはもう限界に近くて、自分の意思では抑えが効かない。これでは駄目だと思った瞬間、ラキからの許可が下りる。



『平気になったわ。もう良いわよ……ってエリ、無言で触り始めないで!そういう意味で言った訳じゃ、ない。あっ、そこは駄目、だか、ら止め、て。止め、てって言ってい、るでしょ、うが!』



俺は無心で、ラキの毛並みやあんなところやこんなところを堪能していた。ラキの猫パンチを顔面に食らって、仰向けになる。


 そこでようやく正気を取り戻して、自分が何をしでかしたのかを認識した。



「ごめんなさい。もふもふしたいのが抑えられなくて、好き勝手に触りまくりました。」

『触るのは別に良いわ。だけど、私だって心構えをする必要があるのよ。だからそういう事はせめて一言は言って。そうじゃないと、さっきみたいな事になるわ。分かった?』

「はい……」



申し訳ない気持ちでいっぱいになって、顔を両手で隠す。穴があったら入りたい。



『ちゃんと反省しているみたいだし、もふもふ?する事を許可するわ』

「えっ良いの。俺がまた同じ事を、繰り返しやるかもしれないのに?」

『またやるとは決まった訳じゃないでしょう?もし、二回目したら……その時は考えるわよ』

「そっか。ラキが許してくれるなら、なんでもいいや。二回目を作らないように頑張るね」



ちゃんとした許可をもらったので、これで心置きなくもふれる。なんとなく顎の下に手を伸ばして触った。ふわふわとした触感が癖になって、いつまでも触り続けたい。


 でも、他の場所ももふりたくなってきた。更に奥に手を伸ばしてお腹を触る。顎の下とはまた違うふわふわ感。ここも素敵なもふもふポイントだ。


 そんな感じでラキをもふもふし続けて、かなり満足できたので今回は終了。ラキにお礼を言わないといけないね。



「ありがとう、ラキ。楽しい時間になったよ」

『そう、良かったわ。これからはちゃんと言いなさいな。さっきのようになる前にね』

「うん。気を付ける。それで今からどうする?もう昼にはなったと思うんだけど」

『家で過ごすならこのままだろうし、外に出かけるなら一緒に行くつもり。だからエリに任せるわ』



そうだなー、ラキもついてきてくれるみたいだし、外に出かけようかな?このまま家で過ごすのはもったいないきがする。



「それじゃあ外に行こうかな。出かける準備するから、少し待っててね」

『分かった。それじゃあ、動くのに邪魔になるから降りるわ』



ラキがスッと俺の上から降りた。起き上がって袋を取りに行く。何袋か持ってハッとした。前と同じ事になっても、問題ないように多めに袋を持っていこう。


 ポケットがいっぱいになるほど袋を入れる。これで、準備は終わったかな。でも行く前にトイレと水飲みしてからだ。


 良し、準備完了。じゃあ、外に行こう。



「ラキ、準備終わったから行くよ!」

『そうなのね。それじゃあ行きましょうか』



家を出て適当に歩き回る。うーん、なかなかめぼしい物が見当たらない。どうしようかなと悩んでいると、離れたところから声が聞こえてくる。



『助けて!』



これは動物の声?そう認識した途端、俺はその方向に走り出していた。ラキもついてきてくれる。ラキは呆れたような顔をしながらも、注意してくれた。



『ドラゴンの時と同じように怪我しないように。それだけは気を付けなさいよ。私が先に行って様子を見てくるから、エリは状況を確かめてから行動する事。分かった?』

「うん。分かってる。ラキも気を付けてね」



ラキがボソッと何かを言った気がした。だからどうしたのと尋ねてみたけど、私の独り言だから気にしないでと言われてしまう。


 じゃあ行くからと言ってラキは先に向かって行った。俺も急いで確認しに行こう。気合を入れて走るスピードを上げた。


 目的地に近づいたから速度を落として、周りの木に隠れた。チラッと何かが起こった場所を見る。そこにはラキと人間の姿があった。



『貴方はさっさと逃げなさい。この人間には敵わないでしょう?私が囮になるわ』

『助けに来てくれたあなた様を、見捨てる訳にはいきません!私も一緒に戦います!』

『その気持ちは嬉しいけど、怪我を負っている貴方じゃ足手纏いなのよ。あそこの木に隠れている私の友達に治してもらいなさい』



ラキの他に誰かいるらしいね。でも何処に居るんだろう?さっぱり分からない。話してるのを聞く限り、ラキは俺のところに向かうように言っているけど。



『承知しました!では、ご武運を祈ります!』

『ありがとう。ほら、さっさと行きなさいな』

『はい!』



そろそろこっちに来そうだね。さてどんな動物が来るのかな。


 あっ。えっと、この子なのか?まばたきしたあとに居たから、びっくりした。ここの動物みんな速過ぎだと思う。


 気を取り直して、良く観察する為にしゃがむ。この動物の外見は、十センチくらいの大きさのハムスターさんに見える。


 綺麗な銀色だな。点々と金色があるのも良いね。それにしても、あちこちに傷があって血は出てはいないけど、辛そうだ。


 手のひらサイズって奴だね。怪我が治ったら絶対可愛い。もふもふしたい。



『ライハイト殿が言っていた友達とは、あなた様ですか?』



話しかけられている!もふもふしたいなんて思っている場合じゃない。ラキが頼ってくれたんだから、ちゃんとしないと。


 あそこに居る人間には聞こえないように小言で喋る。



「そうだよ。でも君が俺に治して欲しくないなら、治さないけどどうする?」

『どうしてそんな事を聞くのですか?あの人間とあなた様は関係ないでしょう。それに私の助けに応えてくれたのはお二方です。私は感謝こそしますが、拒否する事などありえません。是非、自信を持って私を治してください!』



ハムスターさんに説教されてしまった。確かに助けに来た奴がその状況を打開出来るのに、変に頼りないと不安にあるよね。良し、今度からは問答無用で治してやる!


 そうと決まれば、やる事は一つ。このハムスターさんを治すぞ!


 治れと念じて、どこからか来た光がハムスターさんに入る。どんどん傷が塞がっていく。そして最後に毛並みがさらさらになった。触り心地良さそう。



「怪我は治ったと思うけど、体の調子はどう?」

『心なしか怪我する前よりも、体の動きが良い気がします。ここまでしてもらい、ありがとうございました!』



ペコリと頭を下げられて、治して良かったと思える。良い事したな。


 もしや、このまま動物たちを治し続けたら、もふもふがこの世界に増えていくのでは?想像が止まらない。ニヤけそうになるのを抑えて、聞いてみる。



「もしも俺が怪我を治す場所を作ったら、君は来てくれる?」

『勿論、絶対に行きます!お礼をしたいので、何処か教えてください!』

「お礼はしなくても良いよ。場所だけ覚えてもらえたら、それで十分だから。それで場所なんだけど、ここからあの方向に向かったところに……って居ない!」



辺りを見渡してもハムスターさんは見つからない。えっと、もう行っちゃったのかな?気が早過ぎるよ。行ってしまったものは仕方がないね。


 そういえば、大声出しちゃった。ハムスターさんを狙ってきた奴に気付かれているはず。だから速くここから逃げなきゃいけない。急いでダッシュだ!



『エリ、走らなくても大丈夫よ。人間は始末しておいたから』

「そうなの?良かった。あまり体力に自信がないから、逃げ切れるのは難しいかなって思っていたところだよ」

『……なら大声で喋らないように、注意しなさい。私が居なかったら危ないじゃない』



ごもっともな意見です。でもあれはびっくりするって言いたいけど、俺がこれに慣れるしかないんだよね、きっと。なるべくびっくりしないように気を付けよう。



「うん。これから気を付ける。でも一つだけ言わせて。俺は友達じゃなくて彼女!これだけはどう言おうと譲れないものなの」

『分かっているけど、説明する時は友達の方が分かりやすいでしょ。第一、彼女の意味なんていちいち説明している余裕ないわ』

「そうだよね……」



それはそうなんだろうけど、なんか納得できない。これじゃあ俺の一方的な気持ちの押し付けになってる。多分、実際そうなんだろうけど。


 あー!頭の中がぐちゃぐちゃだ。どうしていいか分からない。


 とりあえず森を探索しよう。それで気が紛れると信じたい。


 ん?そういえばハムスターさんは多分俺たちの家に向かったんだよね。待たせるのは駄目じゃない?家に帰った方が良いかな。



「ねえ、ラキ。一旦家に帰ろうよ。さっきのハムスターさんがきっと家で待っていると思うんだ」

『それもそうね。でもエリ、あの種族はハムスターではないわ。メートという種族名よ。素早い種族ね。普通は人間の攻撃が当たる訳が無いのだけど。不思議だわ』



足が速いんだ。道理で、移動しているのが見えないはずだよ。それもきっとラキには見えているんだろうな。なんだかモヤモヤしてきたから、ラキをもふもふしよう。



「ラキ、もふもふして良い?」

『良いわよ。でも家に帰るんでしょう?仕方ないわね、大きくなるから背中に乗りなさい』

「やったー!」

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